【河出書房新社】
『星を創る者たち』

谷甲州著 

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 宇宙開拓は私の大好きなテーマのひとつではあるが、では人類の科学技術や資金体勢が向上し、月や火星に人が進出できる条件が整ったとして、具体的にどんな施設を、何のために建築していくのか、そのさいにどのような問題が発生するのかといった部分については、なかなか想像するのが難しいことに気づかされる。もちろん、現実に実現していないことである以上、それもあたり前のことではあるのだが、それ以前に、宇宙という広大な世界を考えたとき、私たちはあまりにも地球の常識にとらわれてしまい、なかなかそこから抜け出すことができないというのが、じつは根本にある。それは、たんに知識や情報として宇宙を「知っている」というだけでは、どうにもならない部分だ。

 こうした、人類の宇宙進出を書いた傑作としては、小川一水の『第六大陸』がある。そしてそこには、宇宙への本格的な進出がけっして手の届かない夢物語ではなく、じつはあとほんの少しで実現可能なものである、というロマンがあった。今回紹介する本書『星を創る者たち』は、同じく人類の宇宙進出を書いたSFであるが、そこにあるのはロマンではなく、ひとつのリアルとしての宇宙開拓の姿であり、同時に人類が遭遇するであろうさまざまな困難の形でもある。

 大事に使えば千年単位で機能を維持できる基幹インフラを、わずか数年の工事期間で完成させるのは無理があるような気がします。まして施工領域は、我々にとって馴染みのない世界です。地球なら経験や知識が蓄積されているが、ここにはそれもない。

(『コペルニクス隧道』より)

 表題作をふくめ、全部で七つの作品を収めた短編集である本書は、いずれも地球以外の惑星や衛星における施設建設の現場をとり扱った作品である。月の地下に建設中の鉄道用トンネル、火星の水資源確保のための与圧ドーム、水星の資源を運搬するための大型射出軌条や、木星の上空を浮遊する巨大建造物など、SFというジャンルではむしろ背景や設定として物語のなかに埋没してしまいがちな部分に焦点をあてているのだが、読んでいてまず圧倒されるのが、そうした建築物やそれらをとりまく環境に対する設定や知識のリアルさである。

 言うまでもないことだが、宇宙というのは私たちのにとって未知の領域である。地球のほとんどの人たちが金星や火星はおろか、地球の衛星である月へすら行ったことがなく、宇宙から地球を「見る」という行為さえ、今のままでは果たせずに一生を終えそうな雰囲気がある。地球とはかけ離れた、地球しかその環境を知らない私たちにとってはまさに驚異である世界を表現するのがSFというジャンルの醍醐味であるが、本書はまるでその現場を目にしてきたかのような説得力と臨場感に溢れている。

 たとえば最初の作品である『コペルニクス隧道』では、月面の地下に鉄道を通すための隧道が掘られているのだが、なぜ空路ではなく陸路、それも地上ではなく地下なのかが、じつにさまざまな視点から説明されている。それは月面の表土の状態はもちろん、重力、気温差、そして工事にたずさわる企業側の思惑やコストの問題といった人間くさい部分も含めて多岐にわたっており、それゆえに本書はSFというジャンルにありながら、私たち読者の乏しい想像力を最大限かき立てることに成功している。

 宇宙でしか見られない情景描写の巧みさも、本書の大きな特長のひとつだと言える。『熱極基準点』における水星の、何十日も太陽が昇らないどころか、途中で夜空が逆回転する現象や、『ダマスカス第三工区』における、土星の第二衛星であるエンケラドゥスの、氷を噴き出す火山など、じつに驚異に満ちた世界が展開されている。そして、そんなふうに考えたときに、本書に収められている短編のすべてにおいて、なんらかの予期せぬ事故が発生していることも、ある種の必然のように思えてくる。私たちが知る常識とは、あまりにもかけ離れた世界――そこではおよそ、どのようなことが起こっても不思議ではない、というのが共通認識であり、そのための設定や知識なのだ。

 本書に登場する人たちは、そうした過酷な現場の最前線で働く人たちが大半である。あるいは技術主任として現場に設置された機械の不具合を調整し、あるいは安全管理者としてちょっとした違和感に反応し、あるいは建築機器の整備士として、現場で機械を操作する。じっさいの工事現場では無人化技術が進んでおり、危険な作業の大半は高度化されたロボット施行機械が人間に代わっておこなっているのだが、本書の登場人物たちは、それに納得しない。データではわからない何かの兆候をつかみ、重大な事故の未然に防ぐ――それが技術者としての、あるいは担当者としての矜持だという思いは、じつはすべての作品を貫く大きなテーマにもなっている。

 重大な事故や労働災害は、かならず些細な齟齬をともなっている。日常的な作業に生じたわずかな不具合が、いくつも重なって破局をもたらすのだ。そのような事態を回避するためには、普段から前兆を見逃さない姿勢が重要だった。

(『極冠コンビナート』より)

 予感があったからだ。このまま事態を放置しておけば、いずれ取り返しのつかない事故が発生する。
 具体的に何が起きるのか、わかっているわけではなかった。それを調べるために、単身で乗り込むのだ。

(『メデューサ複合体』より)

 彼らのこうした矜持は、けっして私たちに理解できないものではない。本書ははるかな未来を舞台にした作品であり、人類はときに人体強化を行なうことも普通に行なわれている気配がある。地球からはるか離れた場所に居続けても、たとえば平谷美樹の『エリ・エリ』のように、精神を病んでしまうようなこともない。だが、それはまさしく、彼らがそうした業務を日常としてきたからこそのものであり、それを支えているのが、これまで彼らがまぎれもない人間として向き合い、培ってきた科学技術である。そう、それは、私たちの身近にもあるものだ。そう確信させるだけのものが、本書にはたしかにある。

 壮大な宇宙を舞台としながら、土木建築という地味なテーマに焦点をあてた本書は、確実なリアルを積み重ねながらも登場人物たちが遭遇する驚異の世界を存分に味わうことができる作品だと言える。最後に収められた表題作の怒涛の展開もふくめ、きわめて硬派なSFの世界を体験してもらいたい。(2014.09.11)

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