【角川書店】
『天使の囀り』

貴志祐介著 

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 哺乳類動物の大部分は、その成長した姿がどんなに醜悪なものであったとしても、生まれたばかりの赤ん坊の頃は小さく、可愛らしいと思わせる姿をしているという。ある一説によると、それは、生まれてなお誰かの庇護を必要とする哺乳類たちが、少しでもその生存確率を高めるための戦略だと言われているのだが、そうした考えはある意味、私たちをぞっとさせるものがある。なぜなら、もしそれが真実だとすれば、私たちが人間も含む哺乳類の赤ん坊を見て心にいだく「可愛い」という感情が、自分の意志から生まれたものではなく、たんなる生物学的条件反射によるものでしかない、ということになってしまうからだ。

 私たちは人間であるが、それ以前に地球に生きる動物の一種であり、そして生き物である以上、私たちは基本的に生き延びたいという欲求に従って物事を判断し、行動していると言える。それを、遺伝子の支配ととらえるか、人間がもつあたり前の感情ととるかは個々の判断にゆだねられるところだろうが、ドーキンスの『利己的な遺伝子』以来、ウィルスや細菌といった微小生物による脅威をテーマとした、いわゆる「バイオホラー」は、私たち人間を、他の動物たちから区別するものだと思われていた理性や感覚といったものを、その根底からくつがえしてしまう、という意味で、読者にこれ以上はない、という恐怖をもたらすジャンルとして確立された感がある。

 それまで病的な死恐怖症(タナトフォビア)だったはずの人間が、新聞社主催のアマゾン調査プロジェクトのメンバーとして南米へと渡ってから、まるで別人のように「死」に興味を抱くようになっていく――本書『天使の囀り』は、ここまでの前置きであるいはすでにお気づきかもしれないが、「バイオホラー」に位置づけられる作品である。主人公である精神科医の北島早苗は、恋人であり小説家でもあった高梨光宏が不可解なまでの人格変貌をとげたあげく、自殺してしまうという事実をまのあたりにするのだが、その不可解な嗜好の変化に疑問を抱いた早苗が調査を進めていくうちに、同じプロジェクトのメンバーが次々と異常な自殺をはかっていることを知る。はたして、アマゾンで彼らの身に何が起こったのか、そして彼らが口にする「天使の囀り」とは何なのか――その恐るべき脅威の正体については明言を避けるが、たとえその正体についてある程度の予想がついたとしても、それでもなお本書の物語が読者をひきつけて離さないものがあるとすれば、それはやはり、「未知のものへの恐怖」という材料に対する、著者の取り扱いかたの妙技にあると言えるだろう。

「未知のものへの恐怖」というのは、ホラーの基本中の基本とも言うべきものだ。たとえどんな強大な力を秘めたものであっても、その正体がはっきりさえしてしまえば、それはもはや恐怖の対象ではなくなる。本書の冒頭は、アマゾンにいる光宏が早苗に宛てたメール文書という形からはじまるのだが、少し前に世界じゅうを騒がせた「エボラ出血熱」のニュースを例に挙げるまでもなく、鋭い読者であれば、彼らの心を変容させたものの原因については想像がつくだろうと思う。だが、そこから話が進んで、彼らに「天使の囀り」をもたらすものの正体が――それらが人間の脳に取りついて、その知能を利用して人間を思い通りに操作しようとすることがあきらかになったとしても、人間の複雑な思考が究極的に予測不可能である以上、それらが人間にどんな行動をとらせ、最終的に寄生主である人間をどうしてしまうのかは、依然として未知のままなのだ。恐怖の対象たるものの正体を少しずつあきらかにすることで読者の興味をつかみつつ、さらに大きな謎を恐怖の対象として据える――ミステリーの要素とホラーの要素をうまく組み合わせることで物語を盛り上げていく著者の構成力の巧みさには、やはり舌を巻く。

 ある者はサファリパークの猛獣の前にその身を投げ出し、ある者は我が子を駅の線路に投げ落とし、ある者は何千というクモを部屋の中に飼いはじめ、そしてある者はホームページ上で怪しげな自己啓発セミナーを呼びかける――ただでさえ複雑な人間の思考を、さらに複雑怪奇なものへと変容させようとしているかのようなものに対して、主人公の早苗が精神科医である、という設定は、ある意味象徴的である。なぜなら、彼女に負わされた役割とは、人間が長年の努力と経験によって築き上げてきた学術的論理というものの無力さを思い知らせる、というものであるからだ。

『完全自殺マニュアル』を著した鶴見済の『人格改造マニュアル』は、人間の個性というものが、薬や洗脳、電気ショックといった外的要因によって、まるでパソコンにソフトをインストールするかのごとく変化してしまう、きわめて頼りない代物であることを示す本であるが、本書における恐怖の対象となるものも、人間に対してまったく容赦がない。それまで、おそらく深い思い入れがあったであろう登場人物たちが、次々と脳を犯され、避けられない破滅に向かって転がり落ちていく。ホスピスで終末期医療に携わる早苗にとって、傷ついた人の心を癒すことこそが本分であるはずなのに、本書の一連の事件のなかで、彼女は何度も自分の手にした知識の無力さを思い知らされることになる。個性とは、人格とはいったい何なのか――早苗ならずとも、自分が他の誰でもない、まぎれもない自分自身だという認識が、はたして本物なのかどうか、疑わずにはいられなくなるに違いない。

 鈴木光司の『リング』、瀬名秀明の『パラサイト・イヴ』、あるいは梅原克文の『二重螺旋の悪魔』や中井拓志の『レフトハンド』など、「バイオホラー」というジャンルの作品については、私もこれまでにいろいろ読んできたが、本書ほど人間という生き物の脆さ、儚さを思い知らされたものは、これまでにないと言ってもいいだろう。「理性も、感覚も、何一つ無条件に信頼できるものなどないことを思い知らされ」た早苗が、最後の最後にいったい何を信じ、どのような結論に達するのか――あるいは食欲減退の危機に陥るかもしれないが、ぜひ最後まで本書を読んで、思う存分戦慄してもらいたい。(2003.01.05)

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