【東京創元社】
『午前零時のサンドリヨン』

相沢沙呼著 



 ミステリーのなかで提示される謎をしばしば「トリック」と称するように、マジックや手品といった娯楽とミステリーという小説の分野が、意想外な相性をもっているというのは、たとえば薄井ゆうじの『青の時間』や、あるいは自身が奇術師でもあった泡坂妻夫の『生者と死者』といった作品を読んで感じていたことである。いずれも、一見すると不可解としか思えない不思議な出来事を扱っているという共通点があり、手品における奇術にしろ、ミステリーにおける密室などの謎にしろ、そこにはかならず何らかのタネなり仕掛けなりが存在する。ただ、手品の場合はその魔法のような不思議や、人間技とは思えない超絶テクニックを楽しむものであり、対するミステリーは提示された謎を解き明かすことを楽しむものだ。そしてこの点にかんする限り、両者は対極的な位置づけにあると言うことができる。

 遊園地のお化け屋敷のアトラクションは怖がることが目的であって、それらの仕掛けが白日の下に晒されてしまっては、お化け屋敷としての存在意義は失われてしまう。またミステリーにおいて、トリックがまったく解明されないまま終わってしまったら本末転倒だと言われても仕方がない。そんなふうに考えると、重要なのは不思議や謎といったものが、何のために使われているのかという点に集約されていくことになる。手品そのものは、見ているぶんには楽しいものであるが、そのテクニックがなんらかの悪意をもって、あるいは何かの誤解によって使用され、そのせいで誰かが不利益をこうむってしまったとなれば、その謎はなんとしても解明しなければならなくなる。ミステリーが基本的に殺人事件と絡んでいるのは、人の死が取り返しのつかない犯罪行為であり、事件の犯人は何らかの形で罪を償うべきという思いがあるからに他ならない。

 今回紹介する本書『午前零時のサンドリヨン』では、探偵役として登場する酉乃初が高校生にして凄腕のマジシャンという設定である。そしてこのマジシャンであるという彼女の設定は、たんに彼女の人物設定の点だけでなく、本書という物語の根幹にも大きなかかわりをもつ重要な要素となっている。

「マジックはその名前の通り、魔法なの。観客はその魔法を観て楽しむのよ。マジックにタネがあるのは誰だってわかっている。わたし達は観ている人に、それを踏まえて不思議を楽しんでもらいたいの。せっかくかけた魔法なのに、自分からそれを解こうとはしないで」

(『空回りトライアンフ』より)

 全部で四つの作品を収めた連作短編集である本書で扱われているのは、いわゆる「日常の謎」と呼ばれるものである。一冊を除いてすべてが逆向きに収められた学校図書館の書架、机の表面に彫られた三つの「f」の文字、そして去年の夏に飛び降り自殺をした高校生の幽霊が出るという噂――放っておいてもなんてことのないように見える、日常のちょっとした不思議について、その真相を解き明かしていくというのが本書の趣旨となるわけだが、上述したように、探偵役の酉乃初は探偵である以前にマジシャンという立ち位置にある。そしてマジシャンの基本は、自身の手品について種明かしをしたりはしない。謎は謎のままであったほうがいい、というのが、酉乃のスタンスだと言うことができる。

 だが、本書がミステリーであり、謎が解明されることが前提にある以上、これでは話が進まない。そこで、狂言回しとしての役割を担う登場人物が必要となってくる。それが一人称の語り手でもある須川だ。しかしながら、彼が酉乃との関係を築くことになるきっかけは、彼女の探偵としての才能でも、また彼女のマジシャンとしての腕でもなく、じつは彼の一目惚れの相手が酉乃だったという理由から来ている。

 学校ではいつも憂鬱そうで、どこか人を寄せつけない雰囲気を漂わせている酉乃への一目惚れがまず最初にあり、その後、とあるきっかけで立ち寄ることになったレストラン・バー「サンドリヨン」で、パフォーマンスとしてのマジックショーを披露している酉乃の、まるで別人のような微笑に、あらためて惚れてしまうという段階を経たうえで、須川の酉乃へのアプローチが発生している。つまり彼は、なんとかして酉乃ともっと親しい間柄になりたいわけだ。そのあたりの、いかにもうぶな高校生らしい須川の言動は、むしろ青春小説、恋愛小説といってもいいほどのもどかしさがあり、その点も間違いなく本書の読みどころではあるのだが、ここで重要なのは、須川が絡んでくることによって発生する、酉乃とマジックとの関係性、しいては彼女とのその他の人間との関係性である。

 本書を読んでいくといずれわかってくることであるが、酉乃のマジックに対する思い入れには、なかなかに複雑な事情があり、それはそのまま本書の根幹となるテーマともつながっている。そのあたりの事情は、ぜひ本書を読んでたしかめてもらいたいところであるが、それを私なりの言葉にするなら、彼女のかかえる純粋な夢、ということになる。困っている人を助けたい、何かの力になりたい――シンデレラに登場する魔女のように、魔法のような力でそれができたら、という思いが彼女にはある。その過程で酉乃が見いだしたのが、マジシャンとしてのテクニックである。そしてそれは、彼女の想像する以上にそれを見る人に大きな影響をおよぼすものだった。しかしながらその影響の大きさは、彼女ひとりだけでは理解することが難しい。

 だが、ここにそんな酉乃に惹かれてしまい、その距離を縮めたいとアプローチをつづける須川が登場する。タネも仕掛けもあるマジックを魔法のように感じ、そしてじっさいに彼女だからこその魔法だと思っている須川は、言ってみれば酉乃の狭い世界を広げるための扉なのだ。

「うまく話すのが苦手なら、自分なりの方法で会話すればいいっていうことだよ」――(中略)――「そう、酉乃さんの方法だよ。酉乃さんはマジシャン――魔法使いなんだから」

(『空回りトライアンフ』より)

 じっさい須川が絡むようになってから、酉乃のマジックを披露する場が「サンドリヨン」だけでなく、学校内にも広がっていくのは、ある意味で象徴的である。そしてそこには、人間関係には臆病な一面をもつ彼女が、少しずつ本来の自分に自信をもち、人間関係をより良いものにしていこうという意思がある。もちろん、すべてがうまくいくわけではない。酉乃にかぎらず、本書に登場する人たちは幼くて経験が足りず、それゆえに思いを伝えることができなかったり勘違いしたり、あるいは必要以上に嫉妬したりしてしまう。だが、そうした面をけっして飾らない言葉で綴った本書は、それゆえに人の心を大きく揺さぶるだけのものを確かにもっている。それは、かつて若かった私のなかにもあった、幼稚ではあるが純粋で、何よりも輝いていたものでもある。

 ミステリーとしての構成はなかなかのもので、とくに最後の作品『あなたのためのワイルド・カード』にいたっては、それまでの三篇に張られた伏線を一気に回収するという仕掛けとなっていて、サプライズ的な意味でも読み応えのあるものとなっている。だが、それはそれとして何より気になってしまうのは、じつは語り手たる須川の、恋愛に関するウブな少年心であり、また女の子の太ももが気になって仕方がないという、いかにも十代の高校生らしい健全な気持ちだったりする。はたして須川と酉乃との関係がどうなっていくのかも含め、今後の展開が楽しみな作品である。(2014.06.27)

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