【講談社】
『カタコンベ』

神山裕右著 
第50回江戸川乱歩賞受賞作 

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 小さい子どもにとって、「秘密基地」というのはじつに甘美な響きをもたらすものである。私も昔は秘密基地と称するものをつくったことがあるし、たとえそうでなかった人でも、自分だけの秘密基地をもってみたいという望みは、とくに男性の方であれば、多かれ少なかれ胸に秘めていたに違いない感情であろう。

 秘密基地がその人にとって魅力なのは、それが他の人は知らない自分だけの秘密であり、その秘密を知っているということが、他人との差別化を推し進めるからに他ならない。自分だけが知っている、自分だけが使うことができるという秘密は、優越感や特権意識といった感情と容易に結びつくものだ。言うなれば、秘密基地において重要なのは、「基地」の部分ではなく、「秘密」の部分だということになる。ましてその「秘密」が、当人にとって利益をもたらすものであるとすれば、なおさらのことだ。

 ところで「秘密」というものは、かならずしも当人に利益をもたらすものばかりとは限らない。その秘密を知ってしまったことで、当人にとって不利な状況を生み出してしまうこともある。極端な例として挙げると、殺人現場を目撃した人にとって、犯人の姿を知っているという「秘密」は、その事件を解決したいと思っている人たちにとっては重要な情報であるが、当の本人にしてみれば、いつ犯人に狙われるかわからない状況をかかえこんでしまったことになる。さらに言うなら、殺人犯自身にとっても、殺人という事実をあくまで「秘密」にしておきたいと考えるのであれば、殺人を犯したという事実は大きく重い「秘密」としてのしかかることになる。

 ミステリーにおいて提示される「謎」というのは、登場人物たちにとってマイナスの「秘密」――あばかれることを歓迎しない秘密と等しいものがある。今回紹介する本書『カタコンベ』は、新潟県西部にあるマイコミ平であらたに発見された鍾乳洞を舞台とした作品であるが、文字どおり人跡未踏の秘境というべきその洞窟は、存在自体が大きな秘密であると同時に、その洞窟にかかわることになる登場人物たちが、それぞれの思惑を胸に「秘めて」いる、という意味において、二重の秘密をかかえこんでおり、それが本書の魅力のひとつとなっているのは間違いない。

 洞窟での潜水を専門に行なうケイブダイバー東馬亮は、相棒というべき付き合いのつづいている大学生の相田宗治から、洞窟調査員の募集の話を受ける。マイコミ平で大規模な鍾乳洞が発見され、大掛かりな調査に乗り出すことになっていたが、優秀な人材が不足しているのだという。当初乗り気ではなかった東馬が、その詳細な位置を確認して考えを一転、参加を承諾したのは、ごく個人的な思惑があってのことだった。マイコミ平はいくつもの鍾乳洞が発見されていることでも有名な場所であるが、そのうちのひとつ「ヒスイ洞」は、東馬にとっていろいろな意味で因縁深い場所でもあった。

 いっぽう、大学院生の水無月弥生もまた、指導助教授の柳原から洞窟調査員のひとりとして要請を受けていた。柳原は古生物学の研究者であり、今回の鍾乳洞で発見された動物の骨が、もしかしたらヤマイヌ――絶滅したニホンオオカミかもしれない、ということから、随行を希望されたのだ。水無月の父親は熱心なケイバー ――洞窟探索を楽しむアウトドアスポーツの愛好家で、彼女自身もそうした経験は皆無ということではないのだが、その彼女の父親は、五年前のケイビング中の事故で帰らぬ人となっていた。そしてそのとき、彼と組んで地底湖に潜っていた人物こそ、東馬亮その人だった。

 こうして物語は、東馬亮と水無月弥生それぞれの主体を行き来しながら、それぞれの思惑や因縁をいだきつつ、今回の鍾乳洞調査のために集まることになるわけだが、この主要なふたり以外にも、何人かの登場人物が今回の調査においてそれぞれの思惑をひそかに抱えている、という伏線が張られていく。未踏の洞窟というきわめて特殊な環境を、まるで異世界を髣髴とさせるような多彩な描写で表現していく様子は圧巻で、まさに洞窟小説ともいうべき迫力と、ケイビングにかんする豊富な専門知識に支えられたリアル感をもっているのだが、本書のなかで特徴的なのは、悪天候によって生じた崖崩れによって水無月弥生や柳原助教授といったアタック班が洞窟内に閉じこめられるという状況が、奇しくもミステリーにおける「絶海の孤島」と同じような状況を生み出してしまっている、という点である。

 登場人物たちにとって洞窟内に閉じこめられるというのは、当然のことながら予期せぬ事態であり、だからこそ彼らは脱出のために行動を起こすことになるし、遅れて到着した東馬亮もまた、水無月弥生という因縁深い女性が洞窟内に閉じこめられたという事実を知り、まさに命がけの救出活動を決意することになるのだが、たとえば「絶海の孤島」ミステリーにおいて、犯人はあらかじめ意図して登場人物たちをひとつの場所に集め、そして彼らが容易に脱出できないようなシチュエーションを用意するものである。本書の場合、洞窟内に閉じこめられたアタック班のなかに殺人犯がまぎれこんでいるわけだが、彼にとって崖崩れといったアクシデントは、じつはなかば意図していたものだったということになる。

 はたして真犯人というべき人物は、人跡未踏であるはずの洞窟に、どのような秘密を隠しているのか。レスキュー隊による救出作業が難航しているなか、東馬亮はどのようにして彼らと合流し、救出の手助けをしようと考えているのか――ただでさえ極限的な状況からの脱出を強いられている本書であり、それだけでもスリリングな展開であるうえに、閉じこめられたアタック班のなかに、全員を事故に見せかけて殺害しようという意図をもった人物がまぎれこんでいるという要素をかかえこんでおり、その臨場感は読者を物語の世界に引きずりこむのに充分な緊迫感をもっている。

 本書のタイトルにもなっている『カタコンベ』とは、中世ヨーロッパにおける地下共同墓地のこと。鍾乳洞を形成する石灰岩が、死んだ生物たちの結晶であるという薀蓄から、水無月弥生が思わず連想した言葉であるが、それは、この世に生きる誰しもが、何かの犠牲のうえに成り立っているということの象徴でもある。そしてその連想は、そのまま東馬亮のこれまでの生き方にもつながっている。五年前、自身の不注意によってケイバーだった弥生の父親を死なせてしまった彼は、それでもなお生きるということについて、何らかの理由を探し求めているところがあった。そして今回の一連の事件は、彼にとってある種の汚名返上の機会であったことはたしかであるが、それがはたして彼にとって死に場所を求めるものだったのか、それとも、なお生きようとする気持ちに納得する答えを見出すことになるのか――犯人探しや、未踏の鍾乳洞で過去に何が起きたのかといった謎もさることながら、そうした人間ドラマとしても極上な本書を、ぜひとも楽しんでもらいたい。(2009.09.03)

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