【早川書房】
『猫は殺しをかぎつける』

リリアン・J・ブラウン著/羽田詩津子訳 



 昨今、ごくオーソドックスな小動物からハ虫類系、昆虫系にいたるまで、じつに様々な生き物が人間のペットとして成り立つような時代であるが、なかでも誰もが思い浮かべる代表的なペットと言えば、やはり犬か猫、ということになるだろう。
 ところで、みなさんは犬と猫のどちらが好きだろうか。私はその好き嫌いはともかくとして、もし飼うとしたら犬だろうと思っている。もともと群れで行動する犬は、飼い主である自分をボスだと認めさせさえすれば、忠実なパートナーとして、ともに生きていけそうな予感を覚える生き物だと思うからだ。単独行動を主とする猫には、どこかその本質的なところで他者と迎合しようとしない、よく言えば孤高な、悪く言えばわがままな動物だ、と考えるのは、あるいは猫に対する偏見だろうか。

 だが、たとえば笠井潔の『バイバイ、エンジェル』でも述べられているように、もし犯罪推理においてもっとも必要なものが「直観」であるとするなら、犬と猫のどちらがより探偵として適役かと言えば、やはり猫のほうに軍配があがることになるだろう。それは、赤川次郎の「三毛猫ホームズ」シリーズの人気を見ても明らかなことだ。

 本書『猫は殺しをかぎつける』に登場するジム・クィラランは、<デイリー・フラクション>という新聞社に勤める記者だ。46歳の男やもめ、長身で恰幅が良いというには少しばかり肥満気味のクィラランは、かつては警察担当記者として、犯罪に対する勘を養ってきたこともあるのだが、本書の冒頭では、いきなりグルメ記事の担当にさせられてしまう。それが、ちょうどダイエットをしようと決意した矢先のことであることからして、あまり冴えない人物像をそこに見出してしまいそうである。

 実際、クィラランという人物は、彼ひとりではなく、彼の飼い猫を含めてはじめてひとつのキャラクターとして成り立っていると言うべきだろう。とくに、淡い褐色の毛並みを持つシャム猫のココは、彼独特の不思議な力で事件を嗅ぎ取り、すぐれた推理能力を発揮するという、人間の探偵も顔負けのスーパーキャットである。警察署長のサイン入り記者証を持ち、過去にも何度か事件の謎を解くのに活躍した実績を持つココだが、もちろん、人間の探偵よろしく、関係者を全員ひとつの部屋に集め、おもむろに推理を展開する、というようなわけにはいかない。猫であるココが活躍するためには、彼の行動の意味を正しく理解することができる仲介者の存在が必要不可欠なのだ。

 ミステリーという構造から本書をとらえたとき、その中心にあるのは、やはりココという「探偵」役を与えられた猫であり、クィラランは、たとえどれだけその物語における出演時間が長くても、けっして物語の中心ではありえない。それはもちろん、彼の人間としての魅力が不足している、というわけではなく、クィラランにはクィラランの個性があり、第六感があり、またかつての恋人と偶然出会ってロマンスを展開するだけの存在感を持っているのは間違いない。しかし、それでもなお、クィラランの存在がもっとも印象深く読者の心に刻まれるのは、やはり猫たちとからむシーンである。さりげなく体重計の縁に前足をかけてふんばっているココのことを知らず、体重計の指す目盛りにため息をついているクィラランの姿であり、安物のネコ缶を与えても見向きもしない、舌の肥えきった猫たちに、自分がダイエット中ということもあってきりきり舞いさせられるクィラランの姿であり、死んだと聞かされた猫たちが、じつは外に閉め出されただけだとわかり、無事に戻ってきたココとヤムヤムをしっかりと抱きしめているクィラランの姿なのである。

 言うなれば、名探偵ホームズに対する助手のワトソン君、それがクィラランの成すべき役割なのだ。もちろん、ココがホームズ役であることは言うまでもないだろう。コナン・ドイルのホームズシリーズでは、ホームズはたしかにすぐれた洞察力を持つ名探偵ではあったが、それ以外の日常生活や一般常識的な部分は、もっぱらワトソンに頼るところが大きかったように思う。名探偵ココが猫であり、本書の主役でありながら、あらゆる部分で助手のクィラランを頼りにしなければ(あるいはうまく動かしていかなければ)生きていけない、という意味では、上述したようにココとクィラランはふたりでひとつであり、ホームズとワトソンとの関係以上に密接なものだと言うべきだろう。

 さて、肝心のストーリーのほうだが、グルメ記者として原稿を仕上げなければならなくなったクィラランは、美食家たちばかりが住んでいるというある屋敷のパーティで、昔の恋人、今は陶芸家の妻であり、自身も陶芸家としての才能をのばしつつあるジョイと再会するという幸運を得る。かつてある芸術家が自殺したというその屋敷が、グルメにかぎって部屋を貸し出されていると聞いて、クィラランがそこへの引っ越しを決意したのは、そりの合わない夫ダンと離婚するつもりでいるジョイの影響があったのかどうか。しかし、ジョイはしばらくして、クィラランにお金を借りたまま行方知れずになってしまう。ココノ第六感は、ジョイが何かよくないことに巻きこまれたことを告げるが……。
 はたしてジョイはどこへ消えてしまったのか? クィラランとココのコンビがかぎつける恐るべき真相を、そしてふたりの活躍をぜひ楽しんでもらいたい。(2001.10.02)

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