【角川書店】
『楽園のつくりかた』

笹生陽子著 



 人生というのはなかなか自分の思いどおりにならないものであるし、またゲームみたいにやり直しがきくものでもない。だからこそ人生は面白いのだと言うのは簡単だが、何が起こるかわからない、何が起こっても不思議ではない、という状況は、少なからず人を不安にさせるものであることはたしかだ。人は昔から正体不明のもの、わけがわからないものに対して、とりあえず何らかの名前をつけることによって、はっきりとしたもの、理解できるものとしてそれを自分の世界に取り込んできた。妖怪などはその顕著な例だと言えるし、自分でも説明することのできない衝動を「魔が差す」と表現することも同様である。そして、それはたしかに人が、何が起こるかわからない世界を生きていくための知恵でもある。だが、昔であればともかく、今の世の中において、たんに名前をつけるだけのことが、どれだけ物事の真実と拮抗しえるものであろうか、とふと考えることがある。命名はあくまで命名であって、それ以上でもそれ以下でもない。命名された「もの」が本当に実在するのかどうか――それこそ、目に見えないウイルスやニュートリノといった物質が、本当はどのようなものであるのか、実感するのが難しくなりつつあるのが、じつは今の世の中の特徴でもあるのだ。

 本書『楽園のつくりかた』に登場する星野優は、中学二年の男の子。両親の都合でとつぜん住み慣れた東京の都会を離れ、父の実家のあるド田舎へと引っ越すことになってしまった。中高一貫の私立に入り、塾で一流大学合格のための勉強をつづけつつ、友人たちと偏差値を競っていた優にとって、この引っ越しはまさに予定外の事態だ。周囲にあるのは自然と畑ばかり、実家の祖父は軽い痴呆でしょっちゅう優を父親の博史と間違えるし、転校することになった中学校は分校、同じ学年のクラスメイトは三人しかおらず、それぞれバカ丸出しの男子、だんまり屋の女子、そしてオカマという取り合わせ。いい大学に入るための勉強もあまりの環境の変化に思うようにならず、母親の涼子の妙に高いテンションとは対照的に、優のテンションは下がるばかり。はたして、彼の未来はどうなってしまうのか。

 そう、ぼくの希望はエリートコースをまっしぐらにつき進むこと。中学受験突破組から中高一貫教育をへて、一流名門大学へ進み、一部上場企業に就職。ぼくは計画を立てるのが大好きで、予定どおりにならないことがきらいだ。家庭の事情ごときで輝く未来を台なしにされちゃたまらない。

 とにかく、目にうつるものすべてがスローテンポで、それゆえに周囲の人たちがみんな程度の低い人種のように見えて仕方のない優の視点は、ことあるごとに自分以外のすべてのものを見下すようなものばかりであり、できるだけかかわりにならないように苦心する様子を描きつつ物語は展開していくのだが、そんな自分の世界に閉じこもるような優の態度が、周囲に人たちにとっても――そして自分自身にとっても、好ましいものであるはずがない。なにより、自分の立てた計画どおりに物事がはこばないと気がすまない、という性格は、その頑なさを強調するエピソードのひとつとも言えるものであるが、じつはそんな鼻持ちならない優の態度が、物語のある時点からまったく違った意味合いを帯びてくることになる。そして、その転換点こそが本書最大の読みどころでもある。

 優自身が本書の冒頭で述べているように、「まったく世の中、なにが起こるかわかりゃしない」ものである。どんな人生設計を立てたとしても、すべてがその計画どおりに進むわけではない。世の中には常に不測の事態というものがありうるものであるし、それがいつ、どのような形で起こるか誰にもわからない以上、どのような準備を整えていてもけっして充分ではない。何が起こるかわからない世の中への不安――もし私たちにできることがあるとすれば、そうした不測の事態が起こりえるという事実に目をつぶって生きていくことだけなのかもしれない。

 星野優という少年は、けっして頭の悪い子どもではない。そもそも、一流大学へ入って一流企業に勤めるという「人生計画」が、今の時代において何の保障も魅力もない、じつにつまらないものでしかない、ということに、彼はうすうす気がついているように思える。たとえばそんな優の「人生計画」を訊いたオカマの一ノ瀬が、利己的でくだらないと一蹴するというシーンが良い例だ。優は一ノ瀬のその言葉に少なからず動揺するのだが、もし彼が本当に相手を見くだしていて、自分の計画に絶対の自信があるのなら、それこそ歯牙にもかけないに違いないのだ。そして、そんなふうに考えたとき、星野優が自分の立てた計画にことのほかこだわり続けるという態度が、一種の防御壁の役目をはたしているのではないか、という可能性が見えてくる。まるで、名前をつけさえすれば、目の前にあるわけのわからないものが自分の世界に属するものへの変化すると、頑なに信じている弱き者のように――そしてその「わけのわからないもの」は、けっして父親の実家に転校しなければならない、というささいな出来事ではないのだ。

 物語が進むにつれて、分校のクラスメイトを指す言葉が微妙に変化していったりと、こまかい部分での言葉の使い方に一目をおくものがある本書の性質を、それでも言葉で言い表すとすれば、それはひとりの少年の世界を見る目が変化していく、という物語である。そしてそこには、少なからぬ痛みがある。その痛みをどのようにして乗り越えていくのか、という無言のメッセージが、本書を読み終えた私にはたしかに届いたように思う。(2007.01.27)

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