【扶桑社】
『夜が終わる場所』

クレイグ・ホールデン著/近藤純夫訳 



 人生が必ずしも楽しいことばかりでないことに気づいたのは、いったいいつの頃からだろうか、とふと思うことがある。両親や親戚の愛をあたり前のように受けて育った子どもたちは、自分が物語のヒーロー、あるいはヒロインであり、世界が自分を中心にまわっているという思い込みを、しばしば何の疑いもなく信じ込んでしまうものである。だが、そんな彼らの蜜月ともいうべき幸福な時間は、けっして長くはつづかない。いつか必ず世界は彼らを裏切り、子供たちは、世界に溢れているのは光だけでないこと、人間の心の奥に巣食う悪意が、ときに不当に自分を傷つけることもありえることを、苦い経験とともに思い知ることになる。それは同時に、自分のなかにもまた、まぎれもない闇が存在し、自分もまた加害者になる可能性がある、ということの自覚でもある。

 人生が必ずしも自分の思いどおりになるわけではない、というこの世の不条理――楽しいことばかりでなく、つらいことや悲しいことも溢れているこの世界で、それでもなお生きていかなければならないとき、かつてヒーロー、ヒロインだった子供たちに、どんな生き方が許されるというのだろう。自分の心の闇にのみこまれてしまうのか、あくまでその闇と対決していくのか、それとも闇の存在そのものを忘れ去ってしまうか――善と悪、光と闇のあいだを激しく揺れ動き、自分の犯した行為、そしてこれから犯してしまうかもしれない行為にひたすら思い悩むまぎれもない人間の姿、その生き方を描き出そうとしているのが、本書『夜が終わる場所』だと言える。

 捜査課犯罪班に所属している警官マックス・スタイナーにとって、バンク・アルバーはたんなる先輩警官であるだけでなく、小さい頃からの幼なじみであり、良き相棒であり、そして常に自分の人生における指針となってくれる、尊敬すべき人格者であり、警官としても一目を置かれる模範的存在であった。いつものように夜間パトロールを終え、デニーズで朝食を摂っていたふたりは、警察無線をつうじて少女失踪の知らせを聞く。マックにはわかっていた。少女の失踪――今から七年前に、同じように自分の娘であるジェイミーが失踪し、そのことで多く大切なものを失ってしまった経験を持つバンクにとって、この事件は特別の意味をもつものであることを。

 まだ十二歳の少女タマラの行方を求めて捜査を開始するふたり。だが、捜査が進むにつれて、今回の失踪事件と七年前のジェイミーの件との間に共通する符合が見え隠れすることにふたりは気づく。そして、それは同時に、それまでマックが知ることのできなかった、バンクとその家族の間にあったある問題――ふたつの失踪事件を結びつける重大な秘密へとつながる道を指し示すものでもあった。そして、マックの意識は過去へと飛ぶ……。

 マックの一人称を軸として、物語はタマラ失踪事件、七年前のジェイミー失踪事件、そしてマックとバンクの少年時代という、三つの時間を行き来しながら進められていく。逆に言えば、タマラ失踪事件の背後には、現代のアメリカが抱えるさまざまな問題――少年少女たちの犯罪、幼児虐待、家庭内暴力、レイプや売春など、非常に複雑な問題がいくつも絡み合っており、事件が事件とならざるを得なかった、関係者たちの複雑な心の動きをとらえるためには、三つの時代を同時進行させ、それぞれの時代で起こった出来事の因果関係を徐々にはっきりさせていくという展開にしなければ、とうてい表現しきれない、ということでもある。それだけ、本書が「本格」という名にふさわしいミステリーである、ということなのであるが、本書において間違いなく鍵となるのは、バンクという名の警官であることを忘れなければ、その本質を見失ってしまうことはないだろう。

 ユダヤ人の血を引き、本を読んでばかりいて知識ばかりふくらんだマックにとって、活発で体格もよく、少々向こう見ずなように思えるほど豪快な性格のバンクは、自分にないものをすべて持っている、特別な存在であったことは間違いない。そんな彼が、その影でどんなことを考え、何と戦い、それを自分だけの秘密として抱えていったのか――タマラ失踪事件の裏に隠された、その家庭内の特殊な事情が、はからずも七年前のバンクの家庭が抱えていた事情とつながるものがあることを知ったとき、マックは、あの事件以降、大火傷を負うのを覚悟で炎上する車から怪我人を救出したり、勤務時間外の真夜中に、犯罪の多発する場所をパトロールし、積極的に少年犯罪をとりしまったり、マスコミの取材を利用して自分の仕事ぶりをアピールしたりするバンクの行動が、ただ娘の失踪による失意の反動から来るものではなく、あるひとつの目的のためだけに行なわれてきたものであることを知ることになる。

 そしてそれは、いつもバンクに頼ってばかりで、重要なときに自分の力で何かを実行したり、選択をしたりすることを避けてきたマック自身が、けっきょくのところ心の分かち合える友人となりえなかったということを思い知る結果にもなる。マックが抱える家族もまた、ずいぶんと複雑な事情を抱えているが、その原因のひとつとして、マックの心の弱さ、問題と正面から向かい合うことから逃げていたことが挙げられるのは間違いない。そして、その代償として、娘のナオミまでもが行方不明になってしまうのだ。

 さまざまな人間のさまざまな思惑を巻き込んで、事件はバンクが独自の調査で少女誘拐犯のアジトを突き止めるところまでやってくる。そして、バンクの過去を知りながら、その驚愕すべき事実をどうしても受け入れられないまま、マックもまたバンクの後を追う。はたして、タマラとナオミは無事なのか、そして過去のすべてを清算するためにバンクがそのラストでとった、思いがけない行動とは……?

 愛とは何か、友情とは何か、そして正義とは何か? 人間が人間である以上、正義だけでも悪だけでも生きていくことはできない。自分がヒーローなどではなく、ただのか弱い人間でしかないことを知った日――だが、それでもなおヒーローとしての姿を根気良く築き上げていったひとりの警官は、その瞬間から自分の生を生きることをあきらめていたのかもしれない、と本書を読み終えて私は思う。はたして、本書を読んだ人は、どのような感想を持つのだろうか。(2000.06.24)

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