【集英社】
『白夜行』

東野圭吾著 



 この世は金がすべてなわけではない。金ではけっして買うことのできない大切なものがたくさんあるはずだ、と頭の中ではわかっていても、それでもなお、日々繰り返される単調な生活のなかで「金さえあれば……」と思ってしまう自分がいることを、私は認めなければなるまい。それは逆に言えば、私たちの住むこの社会そのものが、いかに金を重視し、金を中心として動いているか、ということでもある。

 どれだけ表面を美しく飾ろうと、一皮むけば、そこには必ずドロドロとした負の感情――妬みや憎しみ、恨み、打算といった暗い情念が息づいており、また、欲望に簡単におぼれてしまう弱い心が存在するものだ。それがまぎれもない現実の世界、金と権力を持つ者が持たない者を、強い者が弱い者を平気で踏みにじる世界であることを、どうしようもなく悟ってしまったとき、人はいったい何を思い、どのような決意をすることになるのだろうか。たとえば、人間そのものさえ金で売買できることを知ったとき、あなたはその事実をどのように受け止めるのだろうか。

 今から19年前、大阪の小さな町で起こった質屋殺し――本書『白夜行』は、人が殺されたとはいえ、ミステリーのテーマとしてはたいしてセンセーショナルでもない、ごくありふれた殺人事件から物語がはじまることになる。といっても、その質屋殺しそのものは、笹垣潤三をはじめとする刑事たちの捜査にもかかわらず、決定的な証拠を欠いたまま、有力容疑者が交通事故で死亡することで、最終的には迷宮入りしてしまうのだが、問題なのは、本書の流れが質屋殺しそのものではなく、その事件をきっかけにはじまった、底知れぬ悪意を抱いて成長していくふたりの子供の生き様を追うようにして描かれているところであろう。ひとりは、殺された質屋の息子である桐原亮司、もうひとりは、その質屋の愛人だったのではないかと見られていた女性の娘である西本雪穂。

 普通ミステリーというと、殺人事件が中心にあり、その犯人が誰であるか、ということがメインとなってストーリーが構成されるものだが、本書の場合、一見すると、恐ろしい事件に巻き込まれた子供が、その後どのような人生を歩んでいるか、という流れがメインとなって書かれており、事件そのものは言わば置き去りにされたような形になっている。だが、それにもかかわらず、本書を読み進めていくうちに、読者はこのミステリーの核となっているのが、まぎれもなく「質屋殺し」であることに気づくだろう。なぜなら、桐原亮司と西本雪穂――お互いにけっして交わることのない人生をおくっているにもかかわらず、どこかでこのふたりがつながっていることを示す記述が本書の中にはいくつかあり、そしてこのふたりに共通するものといえば、「質屋殺し」をおいて他にありえないからである。

 四大公害裁判の結審、オイルショック、映画「ロッキー」の大ヒット、巨人の奇蹟とも言うべきV9達成、NECのパソコンブーム、ファミコンソフト「スーパーマリオ」の怪物的流行――その時代を象徴する事件や出来事を章ごとに盛り込んだ本書には、確実に時代が移り変わっていく様子がうかがえる。そして、そのときそのときの時代の流れを敏感に察知し、金のためなら犯罪となるような商売にも平気で手を出す男へと成長していく亮司と、母親の事故死の後、良家の養子になり、容姿にも才能にも恵まれた可憐な女性へと成長していく雪穂――まるで、闇と光のように対照的な人生であるにもかかわらず、そこにはどこか得体の知れない、油断できない怪しさを隠し持っている、という意味で、ふたりはどこか深いところで似ていると言うことができるだろう。そしてこのふたりがなんらかの形で接触するとき、かならず誰かが不幸になる、という呪われた結びつきの奥にあるのは、自分の幸福を維持するためなら、誰かを辱め、不幸にすることをまったくためらわない、底知れぬ悪意なのである。

 キャッシュカードによる現金引き落としが可能になった頃、亮司はそのカードを偽造して現金をだましとることに成功する。そのとき彼は、こんなふうに語っている。

「落ちてるものを拾うのと、置き引きと、どう違う? 金の入ったカバンを、ぼんやり置いとくほうが悪いんと違うか。この世は隙を見せたほうが負けや」

 また、資産家の妻となった雪穂は、その夫に向かってこんなふうに言う。

「あなたには夢ってものがないのかなと思ったのよ。野心だとか、向上心といったものがね。自分を磨く努力というものを一切しないで、そんなふうに毎日毎日同じことを繰り返しながら年をとっていくつもりなのかなって」

 人をだまし、人を貶める。あるいはその人の命さえ奪う。亮司と雪穂が共通して持っている暗い情念は、彼らにかかわる人間にとってはたしかに悪夢のようなものだろう。しかも、その周囲で不可解な不幸が連続しながらも、ふたりの立場、その結びつきは微動たりしない。まったくの偶然を装いながら、じつはその裏で周到な計画を練り、まるで運命さえも自在に操るかのように生きつづける亮司と雪穂――いったい、このふたりを駆りたてているものは何なのだろう。

 物語のなかの時間はよどみなく流れていく。しかし、物語の流れは、徐々に年老いていく笹垣刑事の執念とも言うべき捜査によって、逆に時間を遡っていく。すべてのはじまりでもある「質屋殺し」の起こった過去へと。

 はたして「質屋殺し」の真相はいかなるものなのか。そしてその事件に亮司と雪穂はどのようにかかわっていたのか、いや、その結果としてどのように変わらざるを得なかったのか。ふたりが周囲にまきちらした悪意の毒は、多くの人を不幸にした。だが、彼ら自身ははたしてどうだったのか、ということを考えたとき、あるいはこう言うことができるかもしれない。この世界を裏側で支配している弱肉強食の真理をありのままに受け入れ、かつその真理さえも手玉にとって生きていくことを決意した、かつて弱き子供だった者の決意表明である、と。

 犯罪の加害者となる、ということは、そこにどんな理由があろうとも、社会の表舞台からのドロップアウトを意味する。そして犯罪がときに悲劇的なのは、加害者だけでなく被害者もまた、その事実をどうやっても打ち消すことができない、ということでもあるのだ。どれだけ時間が流れても、けっして変えられない事実――日の当たる場所を大手を振って歩けるわけでもない、だが完全なアウトサイダーとして闇の中に生きているわけでもない「白夜のなかを行く」ような人生、それは、まさにふたりの人生を象徴していると言うことができるだろう。(2002.05.29)

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