【角川書店】
『BRAIN VALLEY』

瀬名秀明著 



 前作『パラサイト・イヴ』のときもそうだったけど、この人の凄まじいまでの論理武装にはまったく脱帽である。そして、論理武装という点で、私はずっと昔に読んだ、山田風太郎の『甲賀忍法帖』をふと思い出した。

 『甲賀忍法帖』は、甲賀、伊賀からえり抜かれた忍者たちが、得意の忍術で戦いを繰り広げるという、某少年誌でも広く利用されている典型的な「対決もの」である。そして忍者だけあって当然忍術を使うのだが、よくありがちな火遁の術とか煙玉とかいったたぐいのものではなく、たとえば、両手足がないのに、蛇のように素早く動き、口から槍を吐き出したり、体から毒性のある吐息(だったか?)を吐いて相手を絶命させるとかいった、普通に考えれば絶対ありえないようなものばかりだ。なかには殺してもしばらくすると生き返る、などというものもあったりするのだが、そういった忍術のひとつひとつに、いかにももっともらしい、生物学的な解説が付けられていて、それが忍術に妙なリアリティーを加えていたのを覚えている。

 『BRAIN VALLEY』は、「現実世界を舞台とした、非日常的な出来事を扱う物語」である。このタイプの物語は、いかに読者に「嘘っぽい感じ」を持たせないか、ということが問題となってくるのだが、著者は圧倒的な量の専門知識を書き込むことでそのことに成功していると私は思う。あまりに専門知識すぎて理解できない、という人もいるかもしれないが、そもそもその筋の専門家でもないかぎり、書かれた知識が真実かどうかなどわかるはずもないし、すべてを理解する必要もないし、たぶん作者も専門知識を理解されることを期待しているわけではないと思う。そんなことよりも重要なのは、この小説のあちこちにちりばめられている専門知識(ときに、それに費やされるページの多さにうんざりすることもあり、それが欠点といえば欠点なのだが)が、確実に読者にリアリティーを供給する役目を果たしていることであり、その結果、この小説のおそらく最大のテーマである「神」の解明という、それだけを見ればいかにもオカルトめいた、世迷い事でしかないことにさえもリアリティーを与えている、ということなのである。

 『神』は実在するのか、その正体は何か、そして「神は死んだ」と言われたこの現代において、神を創造することはできるのか? できるとしたらどのようにして? この物語のテーマはあまりにも大きく、あまりにも難解だ。だが、著者の瀬名秀明は、UFOや臨死体験といったオカルトめいたものも含めて、科学という武器で『神』に挑み、ひとつの答えを提示しようとしている。その著者独特のテーマへのアプローチは、テーマそのものが根源的なものであるがゆえに、読者を強くひきつける。そして出てくる登場人物――ゲイの息子を持つ科学者、過去に息子を死なせてしまった美人科学者、途方もない野望に燃える老人、そして謎の美少女鏡子――はどれも一癖あり、それらの登場人物たちを巻き込んで、徐々に明らかになっていく謎に、とにかくどんどん読まされていく。文章のうまさどうこうよりも、ストーリー展開とテーマへのアプローチで勝利した小説だと言えるだろう。もっとも、著者自身、完全にテーマを見詰めきれていないようなところがあって、物語そのものの盛り上がりに反比例して、ラストはいまひとつ消化不良を起こしている感があるが、それを除けば、一度は読んでもけっして損はしない小説と言えるだろう。(1998.10.15)

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