【徳間書店】
『ぶたぶた』

矢崎存美著 



 すごいネーミングセンスである。「ぶた」ではなくて、「ぶたぶた」。ためしに、口に出して言ってみるとよくわかると思うが、「ぶた」と言うと、なんだか誰かの悪口を言っているようで、あまりいい気分にはなれないのに、「ぶたぶた」と同じ言葉を繰り返すと、とたんに愛嬌というか、親しみが湧いてくるのだから、なんとも不思議なものである。

 理屈で考えれば、ごく単純なことにすぎないのだ。同じ単語を1回だけ使うか、2回つづけて言うかの、たったそれだけの違い――だが、物事の真理というものは、しばしば驚くほど単純なものの中にこそ隠されていたりするものである。めまぐるしいまでの勢いで変化していく価値観、ますます複雑になっていく世の中の仕組みのなかで、私たちは知らないうちに、何か大切なものを見失ってしまったのではないか、という問いかけは、とくに今にはじまったことではないが、その「大切なもの」は、きっと「ぶた」と言うか「ぶたぶた」と言うか、ということの違いと同じくらい単純な、しかしそれゆえに、ともすると忘れてしまいがちなものであるに違いない、と本書『ぶたぶた』を読み終えて、ふとそう思うのだ。

 ぶたぶた――本名山崎ぶたぶたは、ピンク色のぶたのぬいぐるみである。新品ではない。いかにも年季のはいった、くたびれた感じのする、バレーボールくらいの大きさのぬいぐるみなのだが、そこらへんのぬいぐるみとはちょっと……というか、かなり異なっている。ひとことで言ってしまえば、彼は他の人間たちと同じように生きているのだ。私たちと同じようにものを考え、食事をし、仕事をこなし、コミュニケーションをとる。外見はどこをどうみてもただの小さなぬいぐるみなのに、まるで人の心が宿っているかのような行動をとるのである。

 人間でないものが、人間社会のなかで、まるで人間であるかのようにふるまう、という作品は、SFやファンタジーの世界ではわりとオーソドックスな分野だ。たとえば、木根尚登の『P』という作品は、小学校のクラスにコウテイペンギンが転校してくる、という話だし、なかには嶋本達嗣の『バスストップの消息』のように、バス停が突然バスに乗って旅に出る、といった破天荒なものもあるが、こうした作品において重要になってくるのは、明らかに異質な存在である彼らをまのあたりにした人間たちが、どのようにそれを受け止め、そのことによって自分の心にどのような変化が生じたか、ということであろう。

 ピンク色の小さなぶたのぬいぐるみがトコトコと歩き、ビンを傾けて牛乳を飲みほしたり、ほつれた自分の体を修繕したりする姿を、ちょっと想像してみてほしい。それは、普通に考えれば不気味以外のなにものでもない光景なのだ。あるいは人によっては可愛らしい、と思うかもしれないが、じっさいに本書のなかに出てくるぶたぶたを見て思うのは、きっと不気味だというよりも健気だ、という印象だろう。それはおそらく、彼がぬいぐるみであるにもかかわらず、タクシーの運転手をしていたり、一流シェフとして料理をつくっていたり、ある会社の営業マンとしてはたらいていたりする、しかも、背伸びして人間と同じようにふるまおうとしているのではなく、まるでそうするのが当然であるかのように、ごく自然にふるまっているからに他ならない。

 ぶたぶたの身になって考えてみれば、恐ろしいほど理不尽なことなのだ。そして、同時に孤独なことでもある。世界でただ1匹、生きたぬいぐるみである自身の存在――もちろん、ぬいぐるみなだけに、人間だったら死ぬようなことをされても案外平気だったりするのだが、それがぶたぶたにとってどんな慰めになるのか、ごく普通の人間である私には、はかりかねるものがある。

 だが、ぶたぶたはそんな自分の姿をとくに否定するでもなく、ありのままを受け入れて生きている。そして、心の中ではどのように思っているかはわからないが、自分以外の誰かのためにはたらこうとしている。本書の中でぶたぶたと出会った人たちは、そのことによって、自分の中の何かが変わったことを知る。いろいろな悩みや苦しみを抱えていた人たちが、一歩前へ進むための勇気――ぶたぶた自身、とくに特別な力があるわけではないのだが、ともすると自分のことしか考えられなくなる、自分勝手で弱い人間たちに、その一歩を踏み出すきっかけを与える存在だと言うことができるだろう。そしてそれは、自分がぶたぶたのようなぬいぐるみではない、という優越感からではなく、ぶたぶたの追跡調査をおこなった私立探偵が感じたように、彼が「そこらの出来損ないの人間と比べたら、ずっと上出来」な人間らしさをもっているがゆえであるのだ。

 賢い人間は、彼を最後の逃げ道だなんて思わない。彼は、愚かな人間だけに与えられた、多分、人生最大の幸運――たった一つの。

 はたして、ぶたぶたとは何者なのか。もとは人間だったのか、それともやはり生きたぬいぐるみなのか――だが、ひとつだけたしかなことがあるとすれば、本書を読んだ人はきっと、自分もぶたぶたと出会いたいと思うに違いない、ということだ。そんな不思議な魅力が――彼がぬいぐるみであるとか、そんなことが小さなことのように思えるほどの、人間としての魅力が、ぶたぶたの中にはたしかにある。(2002.07.07)

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