【文藝春秋】
『武士道シックスティーン』

誉田哲也著 



 あらゆる物事に優劣をつけるというのは、個人的にはあまり好みではない。それは、「読んだ本は意地でも褒める」という名目のもと、たとえば五段階評価といった「優劣づけ」を拒否しつづけているこの書評サイトの方針からも納得してもらえることだと思うが、とはいえ、私たちが生きているこの現実世界においては、大半のことが優劣づけされ、いっぽうが勝てばもういっぽうが負けるという構造がさまざまな局面で成立している、という厳然たる事実がある。

 むろん、優劣をはっきりさせること、順位づけするという考え方そのものを否定しているわけではない。私とて順位づけをしない運動会はあきらかにおかしいと考えているし、段階評価にしても、読書家の方々の本選びという点では非常に有意義なシステムだという思いはある。重要なのは、順位づけにしろ段階評価にしろ、あるいはそうした優劣づけをあえてしないという姿勢にしろ、それらはあくまで対象となる事物の一側面を切り出すだけであって、けっしてそれがすべてではない、という認識である。だが私たち人間は――とくに、人生経験という意味でも未熟な10代の少年少女たちは、とかく偏ったものの見方によって世界をとらえてしまいがちであるし、それゆえにちょっとしたことで悩んだりくじけたりもする。その躓きは、大人である私たちからすればほんのささいな躓きにすぎないのかもしれないが、逆にそうした経験を積み重ねていくことによって、少年少女が世界の多面性、人間の心の複雑さについて学んでいく、というのは、ある意味青春ものの王道でもある。

 奴に勝つために、自分は何をしたらいい。
 パワーもない。出す技は基本的なものばかり。フェイントや小技もさして多くはない。強いていえば、構えが真っ直ぐでいい。でも、自分より勝っている点がどこにあるのかが分からない。だから、対策の立てようがない。

 本書『武士道シックスティーン』は、ふたつの視点が交互に行き来することで成立している作品である。そして、そのふたりはそれぞれ剣道の選手であり、物語のなかでは好敵手としての関係を築いていくことになる。とはいえ、そうなるまでの道のりはけっして平坦なものではない。とくに、語り手のひとりである磯山香織にとっては、ともすると一人相撲をとっているような状態が長くつづくことになる。

 母親以外は全員が剣道経験者であり、小さい頃は警察官だった父親の憲介から、長じてからは近所の剣道道場で厳しい鍛錬をつづけてきた磯山香織は、宮本武蔵の「五輪書」を愛読し、恐ろしいまでに勝つことへの執念を燃やす女の子であるが、そのせいか立ち居ぶるまいや考え方すら一介の剣士であるかのようなクセがついてしまい、剣道に対してもスポーツや精神鍛錬の手段というよりは、「斬るか斬られるか」といったきわめてストイックな姿勢を貫いている。実力は中学においては全国大会で準優勝という腕前なのだが、そのことを誇るよりは、優勝できなかったことへの苛立ちが先立ってしまうほどの勝気な、まさに剣道界のサラブレッドである。

 そんな彼女が、地元横浜の小さな地方大会に出場したのは、全国大会で優勝できなかった憂さ晴らしに近いものがあったのだが、そんな大会の四回戦で、予想外の敗北を喫してしまう。相手の名前は甲本早苗、それまでの大会でも聞いたこともない、いっけんすると素人同然の動きのように思える相手に、なぜか一本もとることができなかったばかりか、逆に相手から一本とられてしまったのだ。そしてこの敗北が、磯山香織の高校進学の方向性を決定した。おそらく甲本某がいるはずの東松学園高校への推薦――そのとき彼女の頭にあったのは、自分を負かした相手へのリターンマッチのことだけだった……。

 こうして、甲本早苗に対して異常なまでの対抗心を燃やす磯山であるが、その当の本人は、剣道を勝負事とは異なるレベルで楽しみたい、というある意味でお気楽な性格で、もともと日本舞踊から剣道に転向したという経緯もあって、その型を極めたり、技をより深めていったりするような剣道を好む傾向にあった。そして自分が高校入学以前に、全国二位にいた選手を打ち負かしていたことも、磯山自身からそのことを持ち出されるまでは思い出すことすらなかった。

 剣道に対して、これ以上はないというほど対極的な考え方をもつふたりの選手――本書における香織と早苗の関係は、たとえば百田尚樹の『ボックス!』における、鏑矢義平と木樽優紀の関係を髣髴とさせるものがあるのだが、当初から鏑矢の強さに憧れの念をいだき、彼を目標としてきた優紀とは異なり、本書の場合、自分を一度打ち負かしたということで、香織のほうが一方的に早苗をライバル視するような展開となっていく。にもかかわらず、そのライバルたる早苗の剣道はちっとも強そうではなく、明らかに格下の相手にあっけなく負けたりする。それまで誰よりも強くなるという揺るぎない信念で剣道をつづけてきた香織にとって、勝負事にこだわろうとしない早苗の剣道はひとつの大きな謎であり、また彼女を苛立たせる元凶でもあった。

「嫌なんだよ……お前が……あたしが、本気で負けたと思ったお前が、実は弱かったなんて……あたし、そんなふうには、思いたくないんだ……」

 本書を読みすすめていくと、なぜ香織があれほど勝つことにこだわるのか、また早苗がなぜ勝負事にこだわろうとしないのか、その理由の一端となったであろう過去の経緯が見えてくることになるのだが、とにかく早苗に強くなってもらいたい(そしてそんな彼女を打ち負かしたい)香織と、そんな彼女の異常なこだわりになかば振り回されつつも、その強さにある種の敬意をいだくようになる早苗が、同じ高校の剣道部での活動をつうじてどのような関係を築いていくことになるのか、そして自身の剣道に対する姿勢がどのように変化していくことになるのかが本書の読みどころのひとつである。そしてそれは、語り手であるふたりにとっては、対極の価値観をもつ相手の姿勢を受け入れていくことへとつながっていく。

 本書は剣道を主体としたスポーツ小説ではあるものの、主人公たちがいかに強くなっていくかという過程であるとか、ライバルとの勝敗がどうなるかといった視点は、じつのところさほど強くはない。むしろ自分のもつ価値観は、けっしてそれがすべてというわけではなく、あくまで物事のとらえ方の一側面にすぎない、というテーマ性をもつ本書は、自分自身との戦いという側面のほうが強いと言える。本書のタイトルにも入っている「武士道」は、けっして勝敗や強さだけがすべてではないという本書のメッセージを雄弁に物語るものであると同時に、ふたりの――とくに磯山香織の進むべき方向性を象徴するものでもある。ふたりの女剣士の今後の成長が非常に楽しみでならない。(2010.07.10)

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