【文藝春秋】
『長崎ぶらぶら節』

なかにし礼著 
第122回直木賞受賞作 



 たった一度聴いただけなのに、耳にこびりついて忘れようとしても忘れられない歌、というのがある。私にとってはカーペンターズの歌がまさにそれだった。そのなかでも、とくに「SING」などは、私のお気に入りの一曲である。心がうきうきしているとき、知らないうちにあの「Sing, sing a song……」というフレーズが頭に浮かび、鼻歌なんか唄っていたりする自分に気がつくこともしばしばだ。あなたには、そのような経験はないだろうか。あるいは、ひどく落ち込んでいるときに何気なく耳に入ってきた歌が、思いがけず自分を励ましてくれていた、という経験はないだろうか。ふだん本ばかり読んでいて、歌などあまり積極的に聴くこともない私でも、歌がときに人の心に大きな影響をおよぼすことがある、ということを理解するのは、さほど難しいことではない。悲しい歌は人の心をほんとうに悲しくさせるし、楽しい歌は人の心を明るくする力を持っている。だからこそ「Sing of happy, not sad(悲しい歌じゃなく、楽しい歌を唄いましょう)」と歌詞はつづくのである。

 だが、歌は人々に唄われてこそ歌として成立するのであって、たとえそれがどんなに良い歌であっても、唄われなくなった歌はいつしか忘れられ、この世から失われてしまうことになる。歌の死――それは、あるいは移り変わる時代の必然であり、その歌が担ってきた役割の終焉を意味するものなのかもしれないと考えたとき、いったいこの世にどれくらいの歌が生まれ、そして消えていったのだろうか、という歌の流転に思いを巡らさずにはいられない。

 本書のタイトルにもなっている『長崎ぶらぶら節』とは、嘉永年間に流行したといわれる長崎の歌の名前のこと。本書には、大正というデモクラシーの時代において、この失われつつある長崎の歌を発掘し、後世に語り伝えようとした一人の学者と、一人の芸者が登場する。

 長崎は丸山の芸者置場である島田家の芸者、愛八は、小さい頃から男まさりで、器量もけっして良いとは言えない女性であったが、それを補って余りある歌唱力と三味線の腕によって、五十歳を目前にしながら今もなお丸山のなかで五指に入るほどの名妓として、その名をはせていた。そのことに生き甲斐を感じ、誇りさえもっていた愛八だったが、その一方で形ばかりの夫しか持たず、子供もつくらず、恋らしい恋もしないままここまで来た自分の人生、せっかく稼いだお金も、花売りや相撲のふんどし担ぎといった弱い立場の者を助けずにはいられない性格ゆえに気前良くわけてやり、まとまった蓄えはおろか家や家具といったものすら持っていないという自分の人生に、どこかむなしさも感じていた。
 そんなとき、愛八が出会ったのが、古賀十二郎という四十代の男性だった。遊び人でありながら、同時に長崎の対外交渉史の研究に関する第一人者であり、芸者の総揚げなどという馬鹿をやって家の財産を浪費するかと思えば、学問に対する情熱を熱く語ったりする古賀の無邪気さ、高尚さに心惹かれるものを感じた愛八は、長崎の古い歌を探すという古賀の研究の手伝いをするようになる。そしてそれは、今まで芸一筋に生き、何も生み出すことのなかった愛八の人生にとって、大きな転機をうながすことになる。

 歌というのは、詩と音楽によって生み出される芸術であり、詩だけでも、また音楽だけでもけっして成り立たない。代々つづいてきた家の財産を食いつぶして買い込んだ古今東西の文献に囲まれて、日々言葉と格闘してきた古賀と、結婚して子供を産み、ひとつの家庭を築くという、女として当然得るべき幸福を犠牲にして、芸者という道をひた走ってきた愛八が、お互いの心に似通ったきらめきを感じ、お互いの詩となり音楽となって古い歌の収集に努め、時の流れに埋もれかかっていた長崎の歌を再発見し、さらにそこから新しい歌を生み出していくという、その構成の対照的な美、その物語の展開は、非の打ち所がないほど見事なものであると言わなければなるまい。また、作中に数多く引用されている歌の文句も、その当時の雰囲気を色濃く反映する役目をはたし、その歌詞にどんな音楽がついていたのか、読者の想像力をかきたててくれる。

 そういう意味でも、愛八と古賀との出会いは、一種運命的なものであり、とくに愛八の側に立ってみれば、本書を恋愛小説のひとつと称しても、あるいは間違いではないのかもしれない。だが、本書のタイトルからも察せられるように、本書の中心にあるのは、やはり歌であり、自分の好きな長崎という街にふさわしい歌を見つけたい、という情熱である。愛八と古賀――このふたりの生き様を見ていると、あらためて何かを極めることの困難さ、そのために支払わなければならない代償の大きさについて、考えさせられてしまう。ある意味、愛八も古賀もつねに世間というものと戦ってきた。それは自分という存在を認めさせるための戦いであり、同時に自分自身との戦い、自分をより高みへと昇らせるための戦いでもある。だからこそ、愛八の生き様、古賀の生き様は美しい。とくに、自分の直感を信じ、金や人情に対して潔くあることを良しとした愛八の人生に、歌という芸術が結びついたとき、はじめてそこに、ひとつのものを極めた者だけが得ることのできる真の歌――古賀の言うところの「人間と神との共同の創造物」たる歌が生まれてくる。

 ああ、歌をつくりたい。
 愛八は突然そう思った。今まで沢山の歌を収集して歩いたが、そのあいだに一度も湧いてきたことのない発想だった。
――(中略)――この世に自分の命の跡形を一つでも残しておきたいという本能だったのかもしれない。名もない虫けらのような命でも燃やせばきっと燃えるに違いない。

 残念ながら、私には新しいものを生み出すための力はないし、それができるほど長く生きてきたわけでもない。ただ、私の今までの人生を語るとき、カーペンターズの曲がその役割をはたすことになるのは間違いない。私の人生の一部は、カーペンターズの歌が語ってくれるのだ。歌を唄うと歴史がよみがえる、という古賀の言葉は、少なくとも私自身のことを語る場合には、けっして誇張ではないのである。(2000.06.02)

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