【文藝春秋】
『少年時代』

ロバート・R・マキャモン著/二宮磬訳 



 お子様をお持ちの方や、保母(今は保育士か)などといった子供を相手にする職業に就かれている方はご存知だろうが、子供はときに、大人をも仰天させるような想像力を発揮することがある。きっと、子供たちにとっては、毎日が冒険の連続であり、世界はさまざまな魔法で満ち満ちているに違いない。常識と教育とで凝り固まってしまった私たち大人とは違い、子供たちの柔軟な心は、魔法の存在を信じる力を持っている。昼なお薄暗い森の中に、自分が大切にしているおもちゃや人形に、ひきだしの中にしまい込んでいるコレクションに、静けさをたたえた池の奥深くに、彼らは確かな魔法のきらめきを感じとる。おそらく、子供たちがその気になれば、架空の英雄とともに冒険を繰り広げることも、動物や精霊たちと話をすることも、そして自由に大空を飛びまわることさえ、けっして不可能ではないのだ。

 本書『少年時代』は、コーリー・マッケンソンという、どこの町にもいるような普通の少年と、そんな彼をとりまくゼファーという、アメリカ南部の小さな町で起こるさまざまな出来事を綴った物語である。町そのものは、人口千五百人たらずの、本当に小さな田舎町ではあるが、十二歳の少年コーリーにとっては、彼の知りうる全世界である、美しい自然と温和な住民たちの町、ゼファー ――そんな町の南にあるサクソン湖の近くで、牛乳配達をしていた父とコーリーは、一台のトラックが湖に転落するのを目撃する。運転手を助けようと湖に飛び込んだ父だったが、彼がトラックの中に見たのは、明らかに誰かに殺されたとわかる死体であった。被害者の身元はけっきょくわからずじまいだが、ただひとつだけ確実なのは、自分たちの住む町のなかに殺人犯がいる、ということ。そのとき現場の森の中に立っていた怪しい人影、そしてその現場に残されていた緑色の羽――これらの手がかりをつかんだコーリーは、死者の悪夢にうなされるようになった父のためにも、町の住民の誰が犯人なのかを調べようと決意するのだが……。

 ひとつの殺人事件をメインに、いくつかの冒険を通して少年たちの心の成長を描くというストーリーは、S・キングの超有名作『スタンド・バイ・ミー』を彷彿とさせるが、本書の魅力はそれだけにとどまらない。本書の舞台となるゼファーは、コーリーにとって、そして著者にとって、まさに「あの素晴らしい魔法の王国」なのだ。コーリーの好奇心旺盛な視線は、洪水の夜に川の中から姿を現わした謎の巨大生物をとらえ、また深夜の街道を猛烈な速度で疾走する黒いレースカーの幽霊をとらえ、隕石にのってやって来たインベーダーを、見世物小屋から逃げ出した太古の恐竜の姿をとらえる。また、少年は、百六歳になる黒い女王の神秘的なエメラルドの瞳がキラキラと輝くのを、新しく手に入れた自転車が自らの意思をもって乗り手を導いてくれるのを、そして、かつてOK牧場でワイアット・アープの命を救ったと語る老人が、悪党どもを前にして素晴らしい銃さばきを見せるのを目のあたりにする。ガキ大将とのとっくみあいの喧嘩や、少年たちだけで体験するキャンプ、また初恋の相手をはじめ、さまざまな人たちとの出会いと別れを経験しながら少しずつ成長していくコーリー ――そんな少年の姿を描きながら、物語は次第に、あの殺人事件の真相へと突き進んでいく。本書を読み終えた人は、きっと『トム・ソーヤの冒険』以来の興奮と感動を手にすることになるだろう。コーリーの少年時代、それは、とりもなおさず私たちの少年時代にもつながるものがあるのだ。

 古き良き時代――本書のように少なからず郷愁を誘う種類の物語と出会うたびに、私たちはふと、そのような言葉を思い浮かべる。そして、その「古き良き時代」からあまりにも遠く離れてしまった今の自分の姿に気づく。いったい、私たちはいつの間に大人になってしまったのだろうか、と。
 だが、コーリーの担任教師だったセルマ・ネヴィルはこう答えてくれる。「誰も、けっして大人になることはないのだ」と。

「みんな大人になったように見えるかもしれません」と、彼女はつづけた。「だけどそれは見せかけなの。時間がこしらえた粘土細工にすぎないの。男も女も、心のずっと深いところではいぜんとして子供なんです。大人たちも飛んだり跳ねたりして遊びまわりたいと思っているのだけれど、重い粘土のせいでそれができないの。――(中略)――世界でいちばん凶悪な男でも、その顔の下には、そこにいればぜったいに傷つけられることのないどこかの隅にもぐりこもうとしている怯えた子供がいるんです」

 私たち大人の目にはもう、子供が見る魔法の数々は見えない。だけど、心のどこかでは、そんな魔法がこの世にはあるのだという真実をちゃんと知っているはずなのだ――かつて私たちもまた、少年であり少女であったということが真実であるのと同じように。(1999.08.21)

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