【早川書房】
『少年』/『単独飛行』

ロアルド・ダール著/永井淳訳 



 私は基本的には作家ではなく作品そのものに惹かれる心を持っている。小説は、一度書きあがってしまった時点で作家の手から離れ、数多くの読者の目を通して独自の道を歩み始めるものだという思いがあるからだ。だが、読者にとって、手にした作品がとくに素晴らしいものであったり、非常に意義深いものであったりしたとき、その興味が作品という枠を超えて、その作品の生みの親である作者ところへ辿りつくことを、止めることは誰にもできないだろう。

 今年の初めに、私は箱根にある「星の王子さまミュージアム」を見学する機会を得たのだが、二十世紀を通してもっとも多くの人に親しまれたと言われる『星の王子さま』を書いたサン・テグジュペリの生涯について、私自身もまた興味津々だったことを、ここに告白しなければなるまい。一度作家の手を離れた作品が国境を越え、世代を越え、さらには時代さえも越えて愛され、読まれつづけていくようになったとき、作家が歩んできた人生もまた、その作品と同じように、ひとつの物語として光り輝くものとなるのかもしれない、とそのとき私は思ったのである。

 ここで紹介している『少年』および『単独飛行』という作品は、『チョコレート工場の秘密』をはじめとする児童文学作家ロアルド・ダールの自伝である。『少年』は著者が六歳から二十歳までの、文字どおり少年時代に体験したさまざまな思い出を書き綴ったものであり、『単独飛行』は、著者が入社した大企業シェルの辞令で東アフリカへ派遣されてから、第二次世界大戦における空軍パイロット時代を経て、負傷のため本国に送還されるまでの三年間を描いたものである。このふたつの作品を通して伝わってくるのは、著者自身における「不自然さ」と「自然さ」とのせめぎあいであり、そのせめぎあいの中にあって、それでもなお自然体に生きようとする、人間としての生き方である。

『少年』における著者の思い出の数々は、まるで駄菓子屋で売られている、子ども達をわくわくさせるお菓子のような輝きを秘めたものばかりであるが、それ以上に、たとえば意地悪で自分勝手な大人との確執や、先輩後輩の絶対的な上下関係から生まれる理不尽な仕打ちの数々である。もともとノルウェー生まれの著者は、イギリスの教育が世界で一番だという父の言葉を受けて、イギリスの学校で少年時代を過ごすことになるのだが、その中で、彼を震えあがらせ、かつ憤りをもたらすものとして何度も登場するのが「鞭」による体罰である。とくに、著者が通うことになった二番目の学校、全寮制のセント・ピーターズ校において、まったくの誤解から受けるはめになった鞭打ちは、ひどく印象的だ。ただ折れたペン先を貸してもらいたかっただけなのに、その行為をカンニングだと決めつけ、弁解の機会さえ与えなかったその教師の存在は、彼にとっては理不尽である以前にどこか不自然で、おかしなものなのだ。

 もっとも、少年時代の著者はあまり協調性がなく、規則や決まりごとが嫌いな生徒だったようで、叱られたり鞭打ちされたりするのは、彼がいろいろないたずらを思いつき、それを実行に移していたことが原因だったみたいである。言ってみれば自業自得の面が多いのだろうが、子どもというのは本来、大人たちの常識から常にはみだそうとするような存在なのだ。上に立つ者の機嫌を目ざとく読み取ったり、自分の内に閉じこもってしまうような子どもか多くなってきた現代において、著者は誰よりも子どもらしい子ども――自分の内にある感覚に正直に生きてきた子どもだったようである。そしてそれは、子どもとしてはまったく「自然」なことでもある。

 ところで、こうした自伝のなかには、えてして著者自身の成長を匂わせるような雰囲気が盛りこまれていることがしばしばあるものだが、この二作品に関するかぎり、そうした雰囲気はほとんど感じられない。それは、著者の心が小さい頃からの心をそのまま持ちつづけてきた何よりの証拠でもある。『単独飛行』における、東アフリカでの生活には、それまで組織の中で囲まれた、息の詰まるような生活とは対照的に、著者の驚きや感動がごく自然なものとしてのびのびと解放されている様子がうかがえるのがとても印象的だった。居心地の良かった家族の元を離れた著者にとって、外の世界はまさにワンダーランドだったらしく、船乗りたちの奇妙な行動や、思いがけないヘビとの遭遇、ライオンの人さらい事件など、読み物としての面白さでは『単独飛行』のほうがよりスケールの大きなものとなっている。しかしやがて、世界は第二次世界大戦の戦火に飲み込まれ、著者自身もパイロットとして戦闘機を操縦することになる……。

 こうして本書を読んでいくとわかるのだが、著者は基本的に、学校での生活にしろ、東アフリカでの生活にしろ、空軍での生活にしろ、そこで起こったことをけっして拒否しない。たとえば第二次大戦がはじまった直後、召使いとして働いていたムワヌムウェジ族のムディショが、敵国ドイツ人の農園主を殺してしまったことさえ、著者は受け入れてしまうのである。

 私はムディショの顔を見てほほえんだ。彼のしたことを非難する気にはなれなかった。彼はわれわれヨーロッパ人によって召使いの鋳型にはめこまれた勇猛なムワヌムウェジ族の戦士であり、いまその鋳型を破りすてたにすぎないのだ。

 こうした場面に出会うたび、私は著者が持っていた心の強さを思わずにはいられない。人間は変化に弱く、自分が予想もしない出来事に対してしばしば拒絶反応を示すこともあるというのに、なぜ著者はごく自然なもののように、そうしたものを受け入れることができるのだろうか、と。そして、もしその答えがあるとすれば、著者が毎週かかさず手紙を書いていたという母親の存在にこそあるのではないだろうか、とも。

 二作品を通して、母親が登場するのは、じつはほんのわずかだと言ってもいい。だが、自分の息子に与えられたひどい鞭打ちの罰に憤ったり、三年間を東アフリカで過ごすことになった著者を心から喜んだりするところから、母親もまた著者と似たものどおしであり、著者は何より母親の影響を受けた育ったのだろうと推察することができる。こうした親子の関係も、今ではすっかり崩れてしまっているような気がするのだが、だとすれば、父親こそ早くになくしてしまったものの、このような家庭の中で過ごしていくことのできた著者は、本当に幸運だった。しかし、そもそも著者の家族のあり方が、じつは家族としてはもっとも「自然」な形なのである。

 著者に興味のある人はもちろんのこと、著者の名前も知らない人であっても、本書に書かれたひとりの人間の心のあり方、そして家族のあり方には、必ず何か得るものがあるはずである。(2001.03.22)

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