【新潮社】
『ブックストア・ウォーズ』

碧野圭著 



 新宿からJRで二十分ほどのところに位置する雑居ビルのなかに、その店舗はあった。
 ペガサス書房K店。老舗の書店として、またチェーン店の一号店として親しまれてきたこの書店は、しかし売上の長期低落傾向に苦しめられていた。ビル建て替えによる家賃の大幅増、閉店やむなしという上層部の意見……立ちはだかる「現実」という難敵。残された時間はあまりに少ない。
 誰もが店舗の終焉を覚悟した。
 だが、常なら注目を浴びることのなかった神たちがいた。
 現場で働く書店員、アルバイト……彼らがこの困難に、立った。
 これは、書店経営史上もっとも困難な事態に対して立ち上がった、本を愛する者たちの物語である。

 思わずNHKの「プロジェクトX――挑戦者たち」を意識したナレーションを書いてしまったが、今回紹介する本書『ブックストア・ウォーズ』は、まさに上述したような内容の作品だと思ってもらって間違いない。なにせ、半年で四百六十万の売上増、文庫本なら毎月一万冊多く売るという目標を達成できなければ、店舗は閉店になってしまうのだ。物語のなかで、前店長の尻拭いをさせられるような形でペガサス書房K店の店長に任命された西岡理子は、出版社勤務の小幡伸光と結婚したばかりの書店員である亜紀をはじめ、何人かの書店員や契約社員たちとともに、慣れ親しんだこの書店の存続のため、不可能を可能に変えるための奮闘を重ねていくことになるし、まさにその過程こそが本書最大のテーマである。

 だが、そうした物語のヤマ場を迎えるのは、じつのところ物語の後半になってからのことであって、では前半部には何が書かれているかというと、その時点ではまだ副店長だった理子と亜紀の根深い女の確執の様子だったりする。亜紀の結婚式からはじまる本書において、すでにその泥沼のような険悪な雰囲気はビンビンに感じられるのだが、そこには亜紀がかつて、同じ職場の契約社員である三田孝彦と付き合っていたという経緯があり、二股をかけたうえでより収入のいい男を選んだという同僚たちの非難があることや、理子が四十歳になってもなお独身で、完全に行き遅れているうえに、付き合っていた男にも別れをつげられたという事情が複雑に絡んでおり、いかにもドロドロとした人間関係がうかがえるような展開となっている。

 理子も亜紀も、それぞれにプライドが高く、言いたいことを臆することなく相手にぶちまけるという負けん気の強いところがあり、またいろいろと陰険な出来事があったゆえにどちらも後に引けない形となっていることもあって、もはやどうあがいてもふたりの仲を修復することは不可能なほど、その関係はこじれてしまっている。こんなふうに書いてしまうと、亜紀も理子もなんとも嫌な女のように思われてしまうかもしれないし、じっさいそうした印象をなかば意図的に植えつけようとしているふしさえある本書であるが、それでもなお本書を読み進めていくと、ふたりにはそれぞれ思うところややむを得ない事情があったこと、またふたりとも、この書店員という仕事に誇りとやりがいを感じており、そういう点では共通したところ、似たような側面があることが読者にもうかがえるようになっている。

 そう、ここまで書いていけばある程度想像がつく方もいらっしゃるかと思うのだが、ふたりの働く書店存亡の危機という逆境は、何より書店を、本を愛するというふたりの結束を固めるための一大イベントとして用意されたものであり、前半におけるふたりの仲が悪ければ悪いほど、後半における結束、同じ目的のために一致団結し、助け合うという展開を劇的なものにする。とくに店長となった西岡理子の、それまで独善的、感情的な部分をあらため、書店の売上を上げるためにどんなことでもやってみようという姿勢、意見を戦わせながらも、相手の意見にも耳を傾け、汚れ仕事も一手に受けるという態度の変化は著しいものがあり、そういう意味ではひとりの大人の女性としての成長を描くという側面も持ち合わせていると言える。

「我々は書店なのだから、なにか一発逆転なんて上手い方法はない、と思う。無駄を省き、品揃えをよくして、売り場の置き方を工夫する。接客態度をよくする。それしかないと思う」

 じっさいに出版業界に身を置いている私としては、本が薄利な商品であり、単純に売上を伸ばすということが、どれほど困難なことなのかをよく知っている。それゆえに、理子の基本を大事にするという姿勢も大切ながら、そこに亜紀たちの若い人たちの発想とパワーが加わることで、どのような変化が生じるのか――じっさいの書店の現場にかんする知識の豊富さもさることながら、そうした点が本書の読みどころではあるが、それとは別に、本書には働く女性を応援するという意味合いも強い。それゆえに、女性が仕事で上に立つことを快く思っていない男子店員や本部の役員、またその腰巾着といった登場人物が用意されており、何かの彼女たちの足をひっぱるような姑息なことをしでかしたりするのだが、こうした物語の操作、次々と困難な状況をつくっていくという物語の展開は、それまで嫌な側面ばかり目立っていた理子や亜紀たちを、一転して応援したくなるような雰囲気へと見事に変化させていくことになる。

 恋愛がうまくいかなかったり、結婚してなお働くことになかなか理解を得られなかったりと、男性である私にはわからないいろいろな悩みや苦しみを描き、女性特有の陰湿な部分を強調しながらも、なおそのもっともいがみ合っていたふたりの女性を中心にして、ひとつの目標を目指して頑張っていくという方向に物語を進めていくというのは、簡単そうでなかなかできない展開である。そしてそのとき、本書のタイトルについている「ウォーズ」――戦争という言葉が、理子と亜紀との戦争ではなく、自分たちがこよなく愛する書店を存続させるための「戦い」であることに、読者は気づくことになる。

「思いはかなう。努力する人間を運命は裏切らない。道は必ず切り開ける」というのは、「プロジェクトX」チーフプロデューサーの言葉である。はたしてペガサス書店に、理子と亜紀のふたりに、明日は訪れるのか、最初の印象とは一転、じつにすがすがしい読後を残す本書を、ぜひとも読んでみてほしい。(2008.04.30)

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