【コスモの本】
『本のある生活』
−本活のすすめ−

財津正人著 



 ブッククロッシングという活動がある。本にID番号を振ったうえで好きな場所にリリースする。リリースされた本は別の人に拾われて、読み終えたらまた別の場所にリリースする――これを繰り返していくことで、本に世界を旅させる、という趣旨の活動である。私も2009年の3月から会員となって、定期的に本をリリースしたり、公式のゾーンに本がリリースされていないか足を運んだりしているが、純粋に読書人として、つまり自分の読みたい本を探すという目的でこの活動をとらえた場合、まったくもって非合理的なものだ。「世界中を図書館に!」と言えば聞こえはいいが、ある特定の人がある特定の場所に本をリリースし、かつこうした活動を知っている人がその本をたまたま見つけるというのは、相当な運が必要であるし、他の誰かの手で捨てられたり、風雨で本当のゴミと化してしまう可能性もある。もちろん、公式のリリースゾーンを設置してくれている場所もあるが、そこに今どんな本があるのかは、じっさいに行ってみなければわからない。

 純粋に読みたい本を探すというのであれば、書店に行くのが手っ取り早い、ということになる。じっさい、ゾーンに赴いたものの、手にしたい本が見つからなかったり、せっかくリリースした本が、けっきょく行方不明になる(手にした人が、その本につけられたID番号でサイトにアクセスすれば、その履歴が閲覧できるし、あらたな履歴を書き込むこともできる)こともしょっちゅうだ。一時期はあまりの動きのなさに、活動から離れていたことさえあった。だが、にもかかわらず、いまだに私がそこから完全に手を引くことができないばかりか、最近になってまたリリースやゾーン訪問などを再開したりしてしまうのは、やはりこうした活動――これまでの本の流通とはまったく異なった本とのかかわりかたというものに、なんらかの期待をいだいているところがあるからなのだろうと漠然と思っていたのだが、本書『本のある生活』を読んだとき、その理由の一端を見つけたような気がする。

 本当に読書好きの人ならば、一〇時間自由な時間を与えられたら、まるまる一〇時間本を読んでいるのが幸せなのかもしれないが、僕は一〇時間のうち九時間は「本で遊ぶ」活動に費やし、残りの一時間で珈琲と一緒に本を読みたいタイプだ。

 ブッククロッシング・ジャパンの代表という肩書きで紹介されることの多い著者であるが、本業は書店営業代行――出版社に代わって書店をまわり、新刊を紹介して注文をとってくるという仕事だ。そしてそれ以前には取次会社、書店経営、印刷会社で働いていたという経験をもっており、それゆえに出版業界について広い視野をもって語ることのできる方でもある。本書についても、テーマはブッククロッシングのことだけにとどまらず、本に関する活動についてオールラウンドに取りあげている感があり、また自分だけの言葉ではなく、対談という形で、「本に触れる人」の声も掲載しているという特長がある。そして、著者が対談相手として選んだ面々に注目したときに、本書の書かれた意図が見えてくる。

 北尾トロ岡崎武志南陀楼綾繁――もしこれらの名前を聞いてピンと来るものがあるなら、出版業界について相当鋭いアンテナをお持ちの方だろう。というのも、本書における対談相手は、いずれも本というものについて、一風変わった活動を行なっている人たちばかりであるからだ。そしてこの「一風変わった」という形容詞は、これまでの出版業界におけるメインストリームからはみ出した活動である、ということであり、既存の価値観にこだわらない、新しい価値観を本のなかに見出していこうとする活動でもあることを意味している。

 私は著者が言うところの「読書好きの人」に含まれるが、同時に出版業界で仕事をしている人間でもある。そして、そうした業界に身を置く者として感じるのは、とにかくこのところ業界内で明るい話題をほとんど聞かない、ということである。書店は次々と潰れていく、雑誌は次々と廃刊になる、売上は伸びない、返品は高いくせにどうでもいいような本が溢れ、本離れ、活字離れという言葉が飛び交う――だが、本書を読んでつくづく実感するのは、そうしたネガティヴ思考の主体となっている人たちの視点が、じつは「読者」という、最大のお得意様のほうに本当に向いているのか、という疑問だ。活字離れというが、いったいどこを見てそんなことを言っているのか、たんに自社の売上が伸びていないことの言い訳にしているだけではないのか、という反骨精神が、著者や対談相手に共通する精神であり、そうした人たちの活動に光を当てていこうとする本書の意図も、そこから読み取ることができる。

 そうした本書の視点から、自分がなぜブッククロッシングという活動に魅力を感じるのかを考えたとき、自分もまた今の本流通のしくみについて、どこかうんざりしているところがあることに気づく。そして同時に、「本が読者の手に届きにくくなっている」という言葉に共感している自分がいることにも。じっさい、私は以前ほど積極的に書店に足を運ばなくなっていて、読みたい本を探すときは、もっぱらネットで情報を集めるという方法へとシフトしつつある。以前自サイトでやっていた「リクエスト書評」にしても、そうすることでこれまで目につかなかった本と出会えるかもしれない、という期待があったことはたしかだ。

 そしてさらに言えるのは、長引く不況でお金の使い方にシビアになっている現在において、いったい何にお金を使うべきなのか、ということだ。上述したように、たんに読みたい本を探すというだけであれば、書店に足を運べばいいのだが、ただお金を払って本を買う、という貨幣経済をまわしていくだけの行為にうんざりしている自分がいる。お金を使うことで、社会や人とのつながりをあらためて感じさせる――そうした付加価値は、残念なことに今の出版業界の流れのなかではなかなか期待できないものとなってしまっているようだ。私がブッククロッシングの公式ゾーンをめぐり、本をリリースしていくことの背景には、活動を通じて本好きな人とのつながりを求めているからこそのものである。

 読んでこその「本」。たくさんの人に読まれてこその「本」じゃないか。
 本は家に眠らせておかずに、誰かが読んでこその本にしてあげたい。
 本の原点は、「これ、おもしろいから読んでみて!」だ。

 とにかく動いてみないことには何もはじまらない、という信念のもと、ブッククロッシング・ジャパンの代表になるまでのエピソードにおける、著者のフットワークの軽さ、その行動力は凄いのひと言に尽きるのだが、そうやって本のために何かをやろうと動いている人たちのことを書いた本書は、本の未来がけっして暗いものでないことを確信されてくれる。そして私にとっても、自分のできる何かをしていこうという原動力をもらうことができた本でもあった。(2012.06.07)

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