【文藝春秋】
『ボーン・コレクター』

ジェフリー・ディーヴァー著/池田真紀子訳 



 私は今勤めている会社でおもにシステム開発の仕事にたずさわっているが、どれだけ開発段階で完璧につくったと思ったシステムでも、いざ本番稼動させてみると、テストのときには見られなかったいろいろな不具合が生じることがある。システムとはいえ、開発そのものは人間の仕事である以上、こうした事態はある程度は仕方のないことではあるが、その原因を追求した結果、なんてことのない、ごくささいなミスによるものだった、なんてことが明らかになると、およそ人間的な融通というものがまったく通じないコンピュータを相手にする仕事の怖さというものを、あらためて思い知ったりする。しかし、それは何もコンピュータの世界にかぎったことではない。

 ほんのちょっとした差や違いが、その後の事象を大きく変えてしまう、という現象は、私たちの人生全般においてもあてはまることである。たった数歩、先を進んでいたかどうか、あるいはほんの1、2分、外に出るのが遅かったかどうか――そうしたささいな事柄によって左右された運命に対して、運不運という言葉で片付けてしまうのは簡単だ。だが、その「運不運」によって大切な人の命が奪われてしまったり、自身が大怪我を負わされたりしたとなったとき、その人は「運不運」という言葉にどんな思いをいだくことになるのだろうか。そんな言葉に、はたして何を納得できるというのだろうか。

 本書『ボーン・コレクター』という作品について、語るべきことは多くあるが、本書の大きな本質は、まさに上述したような「ほんのちょっとした差や違い」によって振り回される人々の姿を効果的に描き出した物語、という位置づけにこそある。

 ニューヨークのウェスト・サイドを走る線路脇で、生き埋めにされた死体が発見された。被害者は昨夜、ケネディ空港で行方不明になった男女のひとりで、これみよがしに片手が地面から突き出されていたという。そのころ、リンカーン・ライムのところには、まさにその事件のことで、ふたりのニューヨーク市警殺人課刑事が訪れていた。元IRD部長で、現場鑑識における徹底した調査力と、そこから得られた情報をさまざまな知識に照らし合わせ、見えない証拠を探り出す洞察力では、右に出る者のいなかった、天才的な頭脳の持ち主であるライム――だが、彼はすでに現役を退いた身であった。三年半前の現場鑑識での事故により、首から上と左手の薬指を除く、全身の神経が麻痺した重度の障害者となってしまっていたのだ……。

 物語は、ニューヨーク市警のたっての願いにより、しぶしぶながら現役復帰をはたしたライムと、たまたまその現場に急行することになった美人の女巡査アメリア・サックスが、それぞれ頭脳と手足となって、あきらかにニューヨーク警察に対して挑戦的な犯行を繰り返す「ボーン・コレクター」なる犯人を追いつめていく、という形で展開していくことになるのだが、まず驚かされるところがあるとすれば、現場に残された目につく物件はもちろん、ふつうの人間であれば見逃してしまいそうな埃ひとつ、塵や砂粒にいたるまで、犯人を特定する手がかりになりそうなものは徹底して分析し、そこから犯人の身に着けていたもの、行動範囲、居場所や接触した人間との関係、その性格や特徴的な性癖にいたるまで推理してしまうライムの驚異的な能力と、その驚異的な現場鑑識をもってしてもなかなか尻尾を出さず、さらに次の犯行の予告を連想させる物件をわざわざ残していきつつ、なお予告どおりの犯行を繰り返すボーン・コレクターとの、まさに息詰まるような心理合戦、化かし合いの妙だろう。ちょっとでもそれらの物件に対する推理を間違えば、拉致された被害者の命はない――そんなぎりぎりの、まさに一分一秒を争うような綱渡り的展開の連続は、まさにジェットコースターのように読者を一気にとらえて離さない力をもっている。

 はたして犯人は何者で、何の目的があって犯行を繰り返すのか? 全体として非常にスピード感があり、FBIの突然の介入をはじめとする急転直下の展開や、読者の予測を見事に裏切ってくれるどんでん返しの存在など、エンターテイメントとしての要素の強い本書であるが、もともと頭脳明晰で毒舌家だったうえに、「アメリカ合衆国大統領が部屋に入ってきても立ち上がって敬意を示す必要のない」身分となってからは、ますますその辛辣さと我を通すことに磨きをかけた、自殺志願者であるライムと、そんなライムに無理やり慣れない現場鑑識をまかされ、あまつさえ被害者の救出よりも犯行現場の保全のほうを優先させたりする、人道を無視するような態度に大きな反感を抱いている、スピード狂のサックスをはじめとする登場人物たちの魅力も本書の大きな特長だ。そしてこのふたりが、立て続けに起こる事件を通じてどのようにして認め合い、心を許す存在となっていくかの変化もまた、本書を読む楽しみのひとつとなっていくのだ。

 一刻も早く、この凶悪な犯人を捕らえなければならない、という警察であれば当然もつべき情熱――静と動、文字どおりの対極にいるライムとサックスが、それぞれが抱えるけっして軽くはない過去を振り切って、徐々にお互いの存在に影響されていく様子は、人間ドラマとしても一級品だと言うことができるだろう。「ほんのちょっとした差や違い」によって、過去に重大なミスを犯し、「ほんのちょっとした差や違い」によって第四頚骨を損傷、不運も四肢麻痺患者となったライムだからこそ、犯人をとらえるために「ほんのちょっとした差や違い」を絶対に見逃すまいという強靭な意志にサックスは惹かれるし、またそんなライムが自殺したがっているという事実に驚き、本気で感情をあらわにし、やめさせようとする。また、およそ他人の前で自分を繕おうという努力を放棄して久しいライムが、徐々にサックスにだけは格好悪い姿を見せたくはない、という人間としてとうぜんの感情を取り戻していく。はたして、ライムは本当に安楽死を果たしてしまうのか、そしてそのときサックスはどうするのか、という点も、本書を読んでいくときには見逃せない要素だ。

 残り数分で決定される被害者の命、ほんの数粒の塵から暴かれる犯人の手がかり、ほんの数ミリ逸れていたら変わっていたであろうライムの運命、そして犯人の運命――ときに、運命を大きく狂わせてしまうこともある「ほんのちょっとした差や違い」に一喜一憂する卑小な人間たちの、しかしだからこそ眩しいほどの輝きを見せることもある人間たちの生きる姿を、ぜひたしかめてもらいたい。(2003.11.18)。

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