【新潮社】
『獏の檻』

道尾秀介著 

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 ミステリーのなかで複雑怪奇な事件が発生したさいに必要なことのひとつとして、事件の全体像を把握するというのが挙げられる。たとえば殺人事件が起こったとして、それが偶発的なものなのか、あるいは計画的なものなのかといった違いや、仮に計画的なものであったとして、そこにどのようなトリックが用いられたのかといった要素も重要ではあるのだが、それらが事件の一部分にすぎないのであれば、たとえその謎が解明できたとしても、けっきょくのところ一部分が分かったにすぎない、ということになる。殺人とは、人間の命という貴重な財の損失であり、基本的に誰にとってもマイナス要素となるはずのものだ。だが、もし事件の全体像がわかっていれば、誰にとってもマイナスであるはずの殺人事件で、例外的にプラスとなる――誰かが死ぬことによって得をする人物が浮かび上がってくる。そしてその人物こそが、一連の事件の真犯人である可能性はきわめて高い。

 もっとも、その人物にとっての「プラス要素」が、かならずしも私たちの理解できるたぐいのものであるかどうかは、保証のかぎりではないのだが、それでなくとも人間は、物事のごく一部だけをとらえて、自分の都合のいい解釈をあてはめてしまう生き物である。いろいろな人たちがおのおのの価値判断で行動した結果、もともとは単純であったはずのひとつの事件が複雑にもつれあい、絡み合って、事件の真実の姿を見えにくくするというのも、ミステリーのひとつのパターンではある。そしてそうやって、わけのわからないものとなった「現象」は、たいていは恐怖という形をともなって人の心をとらえてしまう。昔の人は、正体不明の現象を妖怪のしわざとすることで、根源的な恐怖を取り除こうとしたが、そうした人の性質は、昔も今もさほど変わっていない。今回紹介する本書『獏の檻』を読むとつくづくそう思うし、そうであるからこそ、本書のメインの舞台となるO村の地方性や閉鎖性が生きてくる。

 化け物が檻を破って近づいてくる。
 その気配が私を包囲していく。
 思い出しても意味などない。私にはわからない。何もわからない。

 本書の冒頭で起こったのは、ある女性の電車への飛び込み事故である。それは、本書の語り手である大槇辰男の目の前で――ホームをはさんだ向かい側で起きた事故で、しかも彼女のことを辰男は知っていた。彼女の名は曾木美禰子。三十二年前、辰男の父親である石塚充蔵に殺されたのではないかと思われていた女性だった。事件そのものは被疑者死亡のまま時効を迎えており、真実はいまだ闇の中ではあったが、その事件は結果として辰男たちの住んでいた村での居場所を奪い、さらに辰男自身の人生にも大きな陰を落としていた。

 死んだと思われていた美禰子が今になって辰男の前に現われたことも不思議なことではあるが、それ以上に彼女の死もいろいろと不審なものをいだかせるものがあった。その後の報道で、美禰子の死は連日報道されはしたものの、三十二年前にO村で起こった事件のことにはまったく触れられず、ただ彼女が末期の膵臓癌であったことがわかっただけだった。わからないままであったはずの過去の事件について、おもいがけない形で対峙することになった辰男は、離婚した妻の急な出張であずかることになった息子を連れて、かつて自分が住んでいたO村に向かう……。

 辰男の目的は、もちろん三十二年前の事件の真相を知ることであり、まさにそれが本書の根幹にあるメインテーマとなっているのだが、そもそも彼にとってその事件は子どものころの出来事であり、本人の気分的には積極的にかかわりたいというよりは、目に見えないところに置いたままそっとしておきたいたぐいのものである。美禰子の唐突な登場と死が、彼をO村に向かわせる動機のひとつであることは間違いないのだが、じつのところそれだけが辰男を動かす要因というわけではない。むしろ重要なのは、彼が忘れたくても忘れなれない過去のある記憶である。

 それは、本人が無自覚に忘れようと必死になっているものであり、しかしそれを許さないたぐいの、強烈な印象として辰男のなかにこびりついてしまっている記憶だ。本書を読み進めていくと、その記憶――薬の併用のせいでかなりいびつな形となってしまっているが――のせいで、辰男は妻と離婚して家庭を放棄し、また勤めていた会社も辞めざるを得なくなった。そういう意味で、物語当初の彼は社会的に追い詰められた状態にあった。逆に言えば、そうやって追い詰められることで、辰男はようやく過去の事件の真相に、さらには過去に自分の見たものが関係していると思われる悪夢の正体に、対峙せずにはいられなくなったということでもある。

 はたして辰男がO村で何を知ることになるのかは、ぜひ本書を読んでたしかめてほしいところだが、物語冒頭での美禰子の死が象徴するように、本書全体を覆う雰囲気はけっして明るいものではない。悪夢から逃れるために薬に依存した結果、あらゆるものから逃避してしまった辰男はもちろんのこと、本書を読み進めていくにつれて少しずつ明らかになっていく三十二年前の出来事は、いずれもそれにかかわった人をどうしようもない不幸に巻き込んでしまうたぐいのものである。そしてそのある種の陰湿な空気は、長野の山奥にあるO村の閉塞的な空間を象徴するものでもある。

 かつて、武士の身分だった三ツ森六郎実允が貧しい村を開拓するため、その私財をなげうって築いた、深垣山を貫いて村に豊富な水を導く「穴堰」――O村の象徴ともいえるそのトンネルは、本来であればけっして悪い意味をもつものではないはずなのだが、三十二年前の事件によってその印象を一変させることになった。その後、ダム建設によって穴堰自体が不要になり、過去の遺物として人々の目から隠されるようになったが、その存在そのものが消えてなくなったわけではない。今回の一連の事件に陰を落とす暗い雰囲気は、そうした過去の遺物が思いがけないタイミングで人々の前に晒されることになったから、というのもある。忘れたくても忘れられない過去――はたして辰男以外のどれだけの人がそれを怖れていたのか、そしていったいどんな事情があって、三十二年前の事件に絡んでしまったのかを考えたとき、運命に翻弄されてしまう人間の弱さ、脆さというものに戦慄せずにはいられない。

 強く生きようとする人の心に食い込んでくる心の闇は、ときに事実とは異なる、その人にとっての「真実」を偽装する。ミステリーにおいて、一連の事件の首謀者ともいうべき真犯人が存在するというのは、非常にすっきりする展開ではあるのだが、現実のあらゆる事件がそんなきれいな形をとるわけではない。それこそ、どこまで過去をさかのぼれば事件の原因にたどり着けるのかもわからない、複雑に入り乱れた要因が、まさに妖怪じみた「何か」を生み出してしまった。その得体の知れない雰囲気を言葉の力で現出させた本書の表現力には、ただ脱帽するしかないものがある。

 辰男がO村に赴くことで引き起こされた一連の事件は、当然のことながら三十二年前の事件とも深いつながりをもつものであるが、その全体像を把握したときに見えてくるのは、たしかに得をしたとされるひとりの人物である。だが、その人物が手にしたプラスは、はたして本当にプラスだったのだろうかと思わずにはいられない。いや、それ以前にそもそもどうなればその人物にとっての幸福だったのか、という点に明確な答えを見いだせないのが、なんともやりきれない気持ちにさせるのだ。結果として多くの人を巻き込んでその人生を狂わせることになった事件の真相を、あなたはどこまで見据えることができるだろうか。(2014.12.17)

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