【新潮社】
『ベイスボイル・ブック』

井村恭一著 
(第9回日本ファンタジーノベル大賞受賞作) 



 ベースボール、ではない、「ベイスボイル」である。それは野球と非常によく似ていながら、じつはまったく違ったスポーツだと言えなくもない。ベースボールを知っている外国人には、その光景はきっと奇異なものとして映ることだろう。だが、現地の人にとっては、「ベイスボイル」こそがまさに野球であり、それがすべてなのである。

 本書『ベイスボイル・ブック』には、ある南の島でおこなわれている野球のことが書かれている。島にはふたつだけだがちゃんとしたプロ野球チームがあり、両翼が二〇〇メートル以上もある巨大な球場もあり、そしてペナントレースさえ行なわれているのだが、それがはたして私たちの知っている野球であるかどうかは、はなはだ疑問だ。なにしろ通常の二倍以上もある球場の外野にはところどころ藪が茂っており、ボールを見失うこともしばしば、人がめったに入らない外野スタンドでは山羊が放し飼いにされ、ピッチャーの価値はいかに速い球を投げられるかで決まり、バッターは打つことよりも打ったあとに速く走ることが重要だとされているのだ。そもそも島の伝統行事とも言える「投石の祭」の代わりとして、なかば強引にはじまったこの「ベイスボイル」、さらに驚くべきことに、軍隊を解散させてつくったのがはじまりとされるプロ野球チームの一方が、この六年間ただの一勝すら(リーグ優勝、ではない)していないのである。

 島の「海上委員会」から、「ベイスボイル」のペナントレースを観察し、逐一報告してほしいと依頼されて島へやってきた「わたし」なる人物が、どうしても一勝をあげることができないウナス・ヒパ・メラグルスというチームと交流を深めながら、この島の生活風土を巧みな比喩をまじえて紹介していく、という形で物語は進められていく。メラグルスチームを勝てなくしている呪い、島の新聞記者であり、娼婦でもあるエイシャとの仲、そして主人公をつけねらう謎の動物イドリアン――物語として気になる要素は多々あるものの、じつはこれらの事柄は、たいして重要なことではない。重要なのはむしろ、その島でおこなわれている「ベイスボイル」というスポーツのことを、島の外からやってきた人間の目を介して事細かに説明する――じっさい本書を読んでいると、小説というよりも報告書を読んでいるような気になってくる――ことで、現地人にとっての現実を、非現実な世界に変換しようとしている点である。それは、たとえばテレビ番組で、スタッフが未開のジャングルに住む原住民の生活をレポートする感覚と似ているかもしれない(もっとも、テレビ番組そのものがヤラセである可能性も考えなければならないのだ、それはまた別の問題である)。

 私たちにとっての非現実、現地人にとっての現実――このふたつのバランスをうまくとりながら、物語はあくまで淡々と進んでいく。そこには、何か重要な訴えがあるわけでも、激しい感情の吐露とかいったものがあるわけでもない。「わたし」は冷静な観察者として、南の島でおこなわれているペナントレースを記録しつづける。だが、淡々としていながらも、物語の最後に何かが待ちうけているのを確かに感じることはできる。そして、もしかしたらこう思うかもしれない。その島のなかで野球がおこなわれているのではなく、野球があるからこそその島は存在することを許されているのではないだろうか、と。

 南海に浮かぶ緑の楽園、そしてその中にそびえたつ、巨大な野球場――想像するだけでも奇妙なその光景は、それだけでもひとつのファンタジーであると言えるのかもしれない。本書では、現実であると同時に非現実でもあるという、バランスのとれたあいまいさと、感情に流されることなくひとつの物語を書ききることができるという、確かな筆力でもって、その光景にたしかな存在感を与え、多くの人々を住まわせることに成功している。独自の想像力という点で高い完成度を誇る本書の世界を、ぜひ楽しんでもらいたい。(1999.05.22)

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