【文藝春秋】
『バガージマヌパナス』

池上永一著 
第6回日本ファンタジーノベル大賞受賞作 



 ストーリーそのものを完全に押しやってしまうほどの、圧倒的なまでにパワフルなキャラクター。私にとって池上永一の書く小説は、沖縄地方の風習とか民話とか、はたまたここ数年のミュージック界や文学界における、沖縄出身者の活躍とかいった社会現象がうんぬんよりも、まずこの一点において評価される。

 主人公の仲宗根綾乃は、他の同級生たちが島から離れて日本の都会へと出て行くなか、進学も就職もせずぶらぶらとのんきに過ごしている十九歳の女の子。彼女は暇さえあれば、なかば浮浪者のようなオージャーガンマーという老婆とユンタク(おしゃべり)したり、いたずらをしたりして自由奔放に遊びまわるという毎日をおくっていたが、そんなある日、彼女の夢のなかに島の神様が現れてユタ(巫女)になるように告げる。面倒くさいことが何よりも嫌いな綾乃はその神託をのらりくらりとかわしつつ、なんとかユタにならずに済む方法を考えるが……。とまあ、こんな感じで話は進んでいくのだが、そんな話などどうでもよくなってしまうほど、綾乃の破天荒ぶりがすさまじい。私もけっこう本は読んできたつもりだが、屁をする美女を小説のなかで見たのははじめてだ。ほかにも畑のパイナップルを荷車いっぱい盗もうとしたり、水牛に轢かれたり、何百本ものロケット花火を他人の家に打ち込んだり……と数えあげたらそれこそキリがない。またオージャーガンマーや、その姉のオージャーホンマーのおとぼけぶり、島で最高のユタでありながら守銭奴のカニメガや、いやに人間臭い神様の存在も、なかなかいい味を出して る。そんな彼女たち(そう言えば女ばっかりだな)の行動は、南の島という環境が本来もっているおおらかな雰囲気とマッチして、読む者の心をとらえて離さない。

 ひとりの女の子の成長物語、現代を舞台にした沖縄(厳密には沖縄ではないが)のおとぎばなし、日本という、文明大国でありながら心の貧しい国に対するアンチテーゼ……この小説に関してはさまざまなとらえかたがあると思うが、しいて言うなら、やはり生まれ故郷の大切さ、ということになるのだろうか。物語のなかで、島から出ていった同級生たちに対して、綾乃が「ついに無国籍になったか。ヤマトンチュー(日本人)にも、ウチナンチュー(沖縄人)にもなれない人たちよ」と哀れみをこめて言う個所があるが、同じく故郷を離れてひとり、まさに無国籍となっている私にとって、その一言はズシリと重く心にのしかかる。まあそんなことはともかく、純粋にストーリーを追っても(ラストは泣けます!)、キャラクターたちの行動に一喜一憂しても、充分楽しめる作品であることは間違いない。

 ただひとつだけ私にとって不幸だったのは、同じく池上永一の『風車祭(カジマヤー)』を先に読んでしまったことだろうか。この小説も『バガージマヌパナス』以上に登場人物がパワフルで、それでいてストーリーもしっかりしていて面白い。ただ、内容はどちらもたいした違いがないのだ。新潮社主宰の日本ファンタジー大賞に興味があるなら本書を、少し時間がかかってもいいから(けっこう分厚いうえに二段組である)池上永一の生み出す小説世界を堪能したいなら『風車祭』を薦める。(1998.11.29)

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