【文藝春秋】
『ザ・ベストセラー』

オリヴィア・ゴールドスミス著/安藤由紀子訳 



 出版業界において「良い本」とは何かと問われれば、それは間違いなく「多く売れる本」、つまりベストセラーだと言えよう。書店も出版社も企業であり、慈善団体ではない以上、利益を出し、会社を存続させ、社員の生活を守らなければならないからだ。出版社はベストセラーをつくりたいと思っているし、書店はベストセラーを少しでも手元に置きたいと思っている。ただやっかいなのは、例えばパソコンなら「性能の良さ」というひとつの指標があるが、本を商品としてとらえたとき、何をもって指標とするかが恐ろしく曖昧だ、ということであろう。どんな商品においても、ある程度の人の好みは売上に影響をおよぼすものではあるが、本はその個々の好みが顕著に表われてくる。探していた本がないからといって、別の本で代用するわけにはいかない――それが本なのである。そして、出版業界におけるベストセラーが、必ずしも読者の望んでいる本、文学的価値のある本であるとは限らない、という事情は、どうやら日本の出版業界だけの問題ではないようだ。

 本書『ザ・ベストセラー』は、アメリカにおける出版業界の実情を題材にした、ベストセラーをめぐる人間ドラマを描いた物語である。
「ベストセラー」――それはどの出版社ものどから手が出るほど欲しがっている「金のなる木」であると同時に、どれだけ自社からベストセラーを出せるかがその会社の命運を決めるといっていいほどの影響力を持つものでもある。大手出版社<デイヴィス&ダッシュ>に期せずして集まった五つの原稿――書き手や編集者、エージェントと呼ばれる代理人など、さまざまな人間のそれぞれの思惑を詰め込んだ五つの物語が、紆余曲折を経て本という商品となるにいたったが、はたしてどの作品がベストセラーの栄誉を勝ち取ることになるのか……というのが、本書のおおまかなあらすじである。

 だが、それはあくまで「おおまかな」ものでしかなく、本書の物語としての魅力を語るには、もう少し言葉が必要だろう。
 たとえば、『男たちの二重性』というタイトルの小説を持ちこんできた女性オパール・オニールは、作者の母である。この作品を書いた娘は、あらゆる出版社に原稿を持ち込んでは断られる、ということを繰り返したあげく、絶望して自殺した。エージェントからの持ち込み原稿以外には見向きもしないというアメリカ出版業界の現実をふまえつつ、文学的には非常に価値のある作品だと確信したこの遺稿を、はたしてオパールはどうやって出版社に認めさせるのか?
 また、たとえば、ある小説を書き上げたイギリス人カミラ・クラップフィッシュという女性がいる。もともと美術関係の職につきたいと思いながらも果たせず、イタリアでツアーガイドとして働くかたわら、小説を書いてきたカミラの、教養はあるにもかかわらず、出身やコネの関係、そして何より女であるがゆえに現状に甘んじなければならなかった今の立場を、この原稿がどのように変えていくのか?

 言うなれば、本書は単独でもけっして色あせることのない物語を、贅沢にも五本も取り揃えたボリュームある作品なのだ。しかも、それぞれの物語が、<デイヴィス&ダッシュ>の編集者やエージェント、その関係者など、さまざまな立場の人たちを絡めつつ、本筋の中で交錯したり、一本になったりしながら、全体としてしかるべき大団円へと流れていく。そこには恋愛劇があり、離婚問題があり、友情があり、家庭問題があり、また出版界における裏工作や闇取引といった、人間のどす黒い欲望など、およそエンターテイメントとしてのさまざまな要素に溢れており、上下巻の分厚い内容でありながら、読者をけっして飽きさせない、読みごたえのある作品として仕上がっているのだ。

 かつてはベストセラー作家として一世を風靡したものの、今はすっかり落ち目となった著名な女性作家や、自分が書いたはずの原稿をいつのまにか奪われてしまい、手柄をすべて夫にとられてしまった女性など、本書は多分にジェンダー的な要素を持っていることは事実だ。不幸な境遇に置かれた女性が、男性社会のなかで一発逆転の大勝利をおさめるというサクセスストーリーは、物語の構成から言えばよくある形のひとつでしかないが、それが出版業界という、ある意味で特殊な世界の中に置かれると、また別の色を帯びてくることになる。

 作家をたんなる物語を生み出す機械としてしか見ておらず、持ちこまれた原稿を「売れる本」にするためにメチャメチャな手直しを要求してくる編集長、いかに自分の受け取るマージンを多くし、紹介した作品を商業ベースに乗せ、自分の名声を高めようかとばかり考えているエージェント、そして、何が何でもベストセラー作家としての名誉を得ようと、いろいろ姑息な策略をめぐらせる経営者――そんな腹黒い人たちと、真に作品と作家の価値を認め、よりよいものにしていくために努力することを厭わない人や、物語を生み出すことを何より愛する作家たちとの攻防は、読者にとってわかりやすい勧善懲悪の図式であると同時に、本を「商品」ととらえるか、「文化」ととらえるかの攻防でもある。そのとき、本書に登場する五つの原稿のうち、どれがベストセラーになるか、という大きな流れ以上に、何が本当に大切なのか、ということが見えてくる。はたして誰が最終的に笑い、誰が泣くことになるのか、そして真に賢かったのは誰で、愚か者は誰だったのか――そこにこそ、本書の真髄がある。

 読書は経験に代わるものではなく、かといって経験からの逃避でもない。正しい読書はそういうものだ。読書は自分自身の経験の限界を超え、他者の経験に深くかかわる唯一の方法なのである。

 現在、日本の出版業界は再販制度の撤廃をめぐって大きく揺れている。そのとき出版業界の重鎮の口からさかんに飛び出す言葉が「本は文化」というものであるが、そのうちの何人が、その言葉の本当に意味するところを理解しているだろうか。ヘアヌード写真集や醜悪な暴露本など、売れるものであれば何でも本にするという考えは、より長い目で見たときに、読書の好きな人たちを失望させ、結果として「本は文化」という意識を読者から奪っていったのではないか? 読者は出版業界が思っているほど馬鹿ではない――本書のタイトル『ザ・ベストセラー』とは、たんに出版社を儲けさせてくれるベストセラーであることを超えて、読者を夢中にさせてくれる素晴らしい作品にこそ冠せられる言葉なのである。(2001.03.16)

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