【徳間書店】
『駆けぬけて、テッサ!』

K.M.ペイトン著/山内智恵子訳 



 何かひとつの事柄に懸命に打ち込んでいる人、ひとつの夢を叶えるために努力している人の姿というのは、それが犯罪的行為でないかぎり、何かしら人の心を打つものがある。もっとも、真保裕一の『奪取』のように、明らかな犯罪行為でありながらも、その確固たる矜持や信念に魅力を感じるという例外もあるが、そうした何かに打ち込むという姿勢に私たちが共感を覚えるのは、それが私たちにとって稀有な事柄だからという事情が関係していると言える。

 寝食を忘れるほど何かに夢中になれるものというのは、人生において何かひとつ見つけることができれば幸運なほうだろう。それでなくとも、私たちは常に何か新しい事柄に挑戦しては、しだいに飽きて放り出してしまい、また別のことに手を出すということの繰り返しが圧倒的に多いものであるし、逆に何かに生涯かけて取り組んでいくには、多かれ少なかれ勇気と覚悟が必要となってもくる。ときに、その対象が自分の家族の幸せといったものとなる人もいるが、今の時代においてかならずしも誰しもが家族という単位に価値を見いだせるわけでもない。今回紹介する本書『駆けぬけて、テッサ!』を読んだときに、私がこんなことをつらつらと思ったりしたのは、何より本書に登場する女の子テッサの、一頭の馬に対する何の打算もない純粋な思い入れに対して、ある種の感慨深さを抱いたからに他ならない。

 テッサは生まれてはじめて、心の底からやりたいことができたことに気づいていた――この廐舎にいたい。役たたずで見下されているピエロの世話をしたい。ピエロとテッサは同類だ。どちらもよけいもので、いつくず籠に放り込まれてもおかしくない。

 本書の内容をおおざっぱに説明するなら、ある女の子が胸に抱いた、ひとつの大きな目標への奮闘の物語である。グランド・ナショナル大障害レース――それは、競馬発祥の地イギリスにおいてもっとも有名で、かつ苛酷なレースのことであるが、他ならぬそのレースに最終的に挑戦することになるのが、この物語のヒロインであるテッサだ。まだまだ騎手は男性のもの、という考えが根深いイギリス競馬界において、その決意はただでさえ大きなハンディーを負うことを意味するわけであるが、そうした逆境にもかかわらず、テッサがそのレースへの出場を目指すことになるもっとも大きな原動力となっているのが、上述の引用にも登場する、ピエロという名の馬の存在である。

 もともと、アイルランドの小さな廐舎を経営していた夫婦の子どもであるテッサは、馬と深くかかわるような幼少時代をおくっていた。とくに、生まれたときから目が欠損していたアカリという馬とは人間以上に仲が良かったのだが、母親のマイラが夫に愛想をつかしてイギリスに渡り、欲深い企業家のモーリスと再婚したことで、彼女はアカリと引き離されてしまう。

 本書を読み進めていくとすぐに気がつくことであるが、テッサの幼少時代というのは、かならずしも幸福につつまれたものではなく、むしろ苦労や困難、我慢すべきことやいらいらさせられるようなことばかりが続いていく。学校にはうまくなじめずに、問題を起こしては放校させられてしまうし、家は家で義父モーリスはもちろん、彼の機嫌をうかがうばかりになったマイラともそりが合わなくなり、まさに自分の居場所をどこにも持てないような生活環境に置かれていた。そんなある日、モーリスの意向でスズメ農場に送り込まれることになったテッサが、そこの廐舎で思いがけず出会うことになったのが、牡馬ピエロである。そして、彼女がピエロとの出会いを「運命」だと感じとった最大の要因が、ピエロがアカリの子である、という事実だ。

 こうして、テッサとピエロを中心とする物語が展開していくことになるのだが、このピエロという馬は外見が不恰好で、とても競走馬にはなりえない駄馬だとみんなには思われている。ただひとり、テッサだけがこの馬の秘められた力や賢さ、気質といったものを直感的に理解していたのだが、ピエロに対する周囲の悪評をいかにくつがえしていくのかが本書の読みどころのひとつとなっている。そしてこのテッサの頑固なまでのピエロへの思い入れは、本書全体をつうじて彼女の行動原理にもなっている。極端な話、テッサが騎手になることを決意するのも、グランド・ナショナル大レースへの出場を目指すのも、すべてはピエロのためなのだ。不恰好で、不器用で、誰からも期待されていないピエロが、同じように誰からも見向きされない自分とともにレースに出場し、かつ優勝する――それは、もし叶うならまさに奇跡ともいうべき行幸であるのだが、もともと頑なな性格で周囲と衝突しがちな気質のあったテッサは、ピエロという夢中になれるものを見つけることによって、さらなる困難としばしば立ち向かわなければならなくなる。

 そう、本書は競馬の物語であると同時に、いやそれ以上に、ひとりの女の子の成長の物語でもあるのだ。たったひとつ、夢中になれるものを見つけたテッサが、そのたったひとつの支えを頼りに、人々との関係を築き、またさまざまな苦難や問題を乗り越えていくという物語――それはまさに、青春小説の王道とも言うべきものだと言える。

 競馬というと、どうしてもギャンブルというイメージと結びつきやすいイメージがあるが、走ることに特化した馬たちの美しさや、その力強さへの魅力、何よりレースに対する人々の思い入れや興奮といったものがあますところなく表現されているのも、本書の大きな特長となっている。とくにテッサとピエロの関係は、そうしたギャンブル性とは対極に位置するものであるのだが、その関係性は、彼女の義父であるモーリス――良い馬を何頭も所有する馬主でありながら、競馬を金を稼ぐための手段としか見ておらず、騎手や調教師、廐務員の誰からも嫌われている彼の存在との比較によって、よりいっそう際立つものとなっている。

「進みつづけるんだ、テッサ。それしかない。乗り越えるんだよ。――(中略)――努力するんだ。うんと大変なのはたしかだけど、やるしかないだろ?」

 大きな困難に打ちひしがれながらも、そこから立ち直って、もっと速く、ただひたすら駆けぬけていくような青春に身を置くことになったテッサは、まさに馬とともに障害物を乗り越えて走り抜ける競馬のイメージがよく似合う。そしてそれは、テッサとピエロの深い絆があったからこそのものであり、何ものにも変えがたい宝物である。人が生きていくうえで、おそらくもっとも至高なその宝物の輝きを、ぜひ味わってもらいたい。(2013.10.27)

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