【幻冬舎文庫】
『アルーマ』

高瀬美恵著 



 以前、何かの本で読んだことがある。UFOや霊といったオカルトを信じる心の裏側には、自分という人間の存在を受け入れてくれない現実世界からの逃避願望がある、という話――たとえば、UFOを見たことがある、という人は、自分は本当はこの星の人間ではなく、いつかUFOが迎えに来て、自分が本来いるべき世界へと連れていってくれるのではないか、という逃避願望が生み出したものである、という話だったように思う。その真偽のほどはともかくとして、欲望という業を背負って生まれた私たちは、とかく自分の思いどおりにならないこの現実世界に対して、さまざまな不平不満を抱えながら生きているようなものだと言える。アロマテラピーの流行や、CMのBGMにもなった某癒し系ピアノ曲(どうでもいいことだが、この「癒し」という言葉、私は「卑しい」という言葉を連想してしまい、あまり好きになれない)が大ヒットしたりする背景には、あるいはこの現実世界が多くの人にとって受け入れられにくい、あまり住み心地のよくないものとなっている、ということなのかもしれない。

 本書のタイトルにもなっている『アルーマ』とは、芸能界では今や知らぬ者はいない敏腕プロデューサー碓氷誠が発掘してきた少女、辻井珠姫のデビュー曲のタイトルでもある。だが、この「アルーマ」という曲、碓氷がそれまで作詞してきたような甘ったるいラブソングなどではなく――というより、まったく意味の通じない、何かの呪文のような、あるいは架空の国の言葉のような歌詞なのである。そんな前衛的な歌であるにもかかわらず、珠姫の声と結びついたその歌詞は、なぜか聴いた人の脳裏に染みこんでいき、一度聴いただけで忘れられなくなる不思議な魅力を秘めていた。「アルーマ」は、十代の女の子たちを中心にしてたちまちミリオンセラーの大ヒットをとばすことになり、それまでただの不器用な女の子でしかなかった珠姫を、一躍スターの座に押し上げることになる。しかし、それに並行して、「アルーマ」にまつわる不気味な噂が氾濫しはじめるのである……。

 珠姫のあこがれの歌手であり、珠姫と同じく碓氷誠によって発掘され、そして一年ちょっとで芸能活動を休止したあげく、火事で死亡した土岐綾乃――碓氷と恋人関係にあるのではないかとささやかれる一方で、そのプロフィールがほとんど謎に包まれたままその一生を終えてしまった彼女の霊を見た、という噂は、「アルーマ」の売上と比例するように大きくなり、ついにはCDを聴いていて不思議な幻覚を見たという人や、自殺してしまう人が出たりする騒ぎにまで発展してしまう。

 はたして、「アルーマ」は死者をよみがえらせる呪われた言葉なのか、それとも、選ばれた人間を理想郷へと導く言葉なのか、碓氷は珠姫を使って何をしようとしているのか、そして、死んだ綾乃の隠された過去とは? ホラー的な要素をもちながら、物語としては珠姫や、かつての彼女の恋人であり、あまりに頼りない性格の府川亮、そして「アルーマ」の怪奇現象に巻き込まれてしまった女子高生の篠田麻衣や水谷智香子の心の成長を描いた、さわやかな作品だと言える。有名になりたい、本当の友達をつくりたい、美しくなりたい、世の中に自分の存在を認めてほしい――彼女たちの心の中にある夢と現実とのあまりに大きなギャップ、人の心を平気でズタズタにしてしまう厳しい現実から必死になって自分を守ろうとする人たちの想いと、「アルーマ」の意味不明な歌詞にこめられた真実とがシンクロするとき、読者はきっと、現実に絶望することなく歩いていくことの意味を垣間見ることになるだろう。

 むかし観た沖縄を舞台にした映画で(タイトルは忘れた)、沖縄の住人が話す方言のイントネーションが、日本の兵隊がののしる口汚い日本語と対比される形で、とても不思議な響きとなって私の耳に入り込んできたのを今でも覚えている。そして現代でも、私たちがあたり前のように用いている日本語が、しばしば人をおとしめるために聞くに耐えない騒音となって撒き散らされている。私たちが生きているこの現実の世界は、けっしてきれいなものだけでできているわけではない。だが、それと同じように、汚いものだけでできているわけでもないことは、たとえば大勢の人を感動させる歌の存在が証明してくれている。思いどおりにならないから人生は面白い、などと言うつもりはない。ただ、美しいものと醜いもの、このふたつを兼ね備えた、自分自身と同じく永遠に不完全な、それゆえに無限の可能性に満ちた世界こそが、私たちの生きる世界なのだということを認めるべきなのかもしれない。(2000.01.22)

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