【講談社】
『「アリス・ミラー城」殺人事件』

北山猛邦著 



 前回紹介した宮部みゆきの『震える岩』において、探偵が殺人事件の真相を解き明かすという行為は、本来人間味あふれるものであると私は述べた。ミステリーにおいて、殺人事件の被害者はその真相が明らかにされないかぎり、無意味な死を継続しなければならず、そこに何らかの意味をあたえ、被害者がたんなる死体ではなく、たしかに生きていたひとりの人間として位置づけるためにこそ、探偵は存在するというのがその趣旨であるが、では、もしその被害者の死そのものが、すでに何らかの意味を与えられるものであったとしたら、この前提はそもそも成り立たなくなる。この場合、被害者の死は死によって何かが奪われるのではなく、死によって完成するという逆転現象が生じる。したがって、探偵がそのトリックを推理し、真犯人を指摘する行為そのものが、すでに蛇足ということになってしまう。

 死そのものが目的化するというのは、誰が被害者で、誰が探偵で、そして誰が犯人でその目的が何なのかという要素を瑣末なものとして退けてしまう。意想外な、しかしきわめてロジカルなトリックを特長とする本格ミステリーにおいて、あたかもそのトリックを仕掛けるために被害者が殺されるかのような現象は多かれ少なかれ見受けられていたが、それゆえに登場人物たちが、私たちと同じたしかな人間であるという要素がどうしても薄れてしまい、現実世界としてのリアリティーを欠くという問題が常につきまとっていた。本書『「アリス・ミラー城」殺人事件』は、およそ現実にはありえない奇怪な建築物における連続殺人事件をあつかったミステリーであり、そのタイトルからして、古き良き古典ミステリーの流れを彷彿とさせるものがあるのだが、たとえば綾辻行人の「館」シリーズなどと一線を画する部分があるとすれば、事件の舞台となる「アリス・ミラー城」に集められる登場人物が、いずれも探偵を職業とする者たちだという点である。

「探偵が外から来た『部外者』である限り、名探偵でいられるかもしれん。けれどももし彼が全体に含まれてしまった場合、あるいは最初から全体に含まれていた場合、彼の結末は二種類に分かれる。被害者となるか、犯人になるか」

 何らかの理由で事業なかばで放棄され、地元の漁師も近寄らないという江利ヵ島に建てられた「アリス・ミラー城」――およそ城と呼ぶにはその外見も、内部構造も支離滅裂な混沌ぶりを見せる建築物に集められた探偵たちには、「アリス・ミラー」を探し出すという目的がいちおう与えられている。もっとも、この「アリス・ミラー」なるものがどういうものなのか、そもそも本当にアリス・ミラー城のなかにあるのかどうかすら、じつははっきりしていない。だが、その真偽はともかくとして、もしその探偵の依頼主が「アリス・ミラー」を欲しており、アリス・ミラー城にそれがあるという情報が流れれば、雇われ探偵である以上、ひととおりの調査をせずにはいられない。

 こうして、探偵たちがひとつの閉鎖空間に集まるという状況が生じることになるのだが、じっさいのところ、それは瑣末なことでしかない。重要なのは、「アリス・ミラー城」をとりまく要素が、探偵を惹きつけずにはいられないものばかりであるという一点につきる。絶海の孤島、いかにもさまざまな仕掛けがありそうな奇怪な建築物、ルイス・キャロルの著作、とくに『鏡の国のアリス』を見立てた数々のギミックに、まるで殺人予告のために置かれたようなチェス盤――そう、このアリス・ミラー城には、「さあ、これから連続殺人をはじめてください」というお膳立てがあまりにも露骨にととのえられてしまっているのだ。そしてこの露骨さゆえに、探偵たちは「探偵」という肩書きを与えられながら、上述の引用にもあるように、「部外者」として事件の謎を解く側ではなく、「関係者」として事件に巻き込まれる側に陥ってしまうことになる。

 殺人事件が起きたときに、探偵に与えられる役割はふたつ。ひとつは、密室殺人や死体のすりかえといったトリックを正しく見破ることであり、もうひとつは殺人事件の真犯人を特定することである。そして、本来このふたつの要素は対となるものでもある。トリックが解明されればおのずとその犯人が絞られることになるし、逆に真犯人がわかれば、トリックは彼から直接問いただせばよい。だが、本書を読み進めていくとおのずとわかってくるのだが、たしかに殺人事件が起こるし、それは本格ミステリーにふさわしい不可能犯罪の様相を呈したものとして提示されるものの、なぜ彼が殺されなければならなかったのか、という動機がいつまで経っても曖昧なまま、しかしその殺人のトリックを解明するというベクトルばかりが肥大していくという現象を、読者はまのあたりにすることになる。そしてそれは、よくよく考えてみればこのうえなく奇妙なことではあるのだが、何より「アリス・ミラー城」という特大のギミックがあまりに堂々と提示されているがゆえに、私たち読者もまた、そうしたありうべき殺人事件をあたり前のように受け入れてしまっていることに気づく。

 孤立した閉鎖空間のなかで、連続殺人が起きたとき、少しでもミステリーをかじった人であれば、誰もが内部の犯行を考える。だが、そもそも複数の探偵たちが「全体」として含まれ、「探偵」から「被害者」の立場に移ってしまった以上、そうしたミステリー的な展開は意味をなさなくなる。その結果、きわめてロジカルな物理トリックだけがひとり歩きし、肝心の真犯人が誰なのかという命題は置いてきぼりにされてしまうのだ。それは言い換えれば、純粋に物理トリックの妙でミステリーとしての面白さ、その完成度を高めてみせるという著者の決意の表れということになる。

 探偵は被害者になりかわり、真犯人の存在自体が無意味と化すミステリー ――はたしてあなたは、そこにどのような価値を見出すことになるのだろうか。提示される物理トリックの完成度もふくめ、ぜひとも見極めてもらいたい。(2009.05.15)

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