【角川書店】
『二重螺旋の悪魔』

梅原克文著 



「無知は罪である」などと、いったい誰が言ったのだろう。この世には知らなくてもいいこと、むしろ知ってはならない真実が、確かに存在する。にもかかわらず、人は知を求めてやまない。なぜ、人はここまで知的好奇心を発達させ、知ることへの欲求をつのらせるのだろう。
 遺伝子産業華やかなりし近未来、DNAの中に存在する、一見無意味な塩基配列であるイントロン配列。だが、その遺伝情報の謎を解き明かしたとき、封印を解かれた未知の生物との果てることのない戦いへと人類は引きずりこまれてしまう――というストーリーの本書『二重螺旋の悪魔』を読み始めたとき、私はふとそんなことを思った。

 主人公の深尾直樹は、遺伝子操作監視委員会の"C部門"調査官。物語は、ライフテック社の遺伝子研究施設で発生したバイオハザードの調査、そしてそこで生み出された上述の怪物との死闘という、冒頭からアクション映画さながらのハイテンポで進められていく。緊迫した場面の連続のなかに、主人公の過去と"C部門"の存在、そしてその目的などが挟み込まれるような構成――つまり謎の提示とアクション、そして謎に対する回答という三段構えがうまく機能していて、読者を冒頭から魅きつけてしまう。
 昨今、遺伝子を題材にした小説は多い。読書好きな方は「また遺伝子モノか」と思われるかもしれない。また、第一部や第二部などでは、話の内容がある程度予想できてしまう人もいるかもしれない。だが、そのような小さな謎解きにこだわっていると、著者が仕込んだより大きな謎に足元をすくわれることになるだろう。その間にも、主人公はピンチの連続、怪物はますますパワーアップしていき、問題はどんどん大きくなって、ついに人類存続の問題にまで発展してしまう。誤解を恐れずに言えば、鈴木光司の『リング』『らせん』『ループ』をひとつづきにし、そこに瀬名秀明の『パラサイト・イヴ』と『BRAIN VALLEY』、さらにプレイステーションのゲーム版『パラサイト・イヴ』の要素を加えたような物語――それが本書『二重螺旋の悪魔』なのである。

 もっとも、ご都合主義的なストーリー展開もあるにはある。登場人物たちもそのことがよほど気になるらしく、「まるでハリウッド製のホラー映画だ」とか「そんな都合のいい話ってあるもんなのか」とかいったセリフを連発しているし、また専門家の目から見れば、本書に出てくる科学技術の理論に矛盾があるのを発見するかもしれない。だが、物語に隠された二重三重の謎、急展開するストーリーと、どんでん返しの連続――ここまで濃い内容を原稿一六〇〇枚に収めたこの作品は、やはり文句なしに面白い。

「無知は罪である」などと、いったい誰が言ったのだろう。この世には知らなくてもいいこと、むしろ知ってはならない真実が、確かに存在する。だが、本書を読み終えた私は思う。もし、人が知ることへの欲求を持たなければ、おそらくは神のきまぐれによって、人類はかつて恐竜がたどった道をまっすぐ突きすすむことになっていただろう、と。知ることへの欲求は、ときに人を大いなる悲劇へと突き落とす。だが、多くの不幸を救うのも、やはり知ることへの欲求であることも事実だ。大切なのは、真実を知ったあと、私たちがどのような行動をとるか、ということ――本書には、あるいはそんなメッセージが隠されているのかもしれない。(1999.01.10)

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