ひかり小説館
『アクロバティック0.75』

こーき著 



 私がインターネットという仮想空間にこの読書系サイト「八方美人な書評ページ」を立ち上げたのは1998年の10月頃である。この期間がサイトの存続期間として長いのか短いのかはなんとも言えないが、少なくとも今にいたるまで、良くも悪くもいろいろなことが起こった、ということだけはたしかである。なかでも、私と同じように本が好きだという人たちと知り合い、言葉を交わすことができたのは、インターネットを使いはじめて得たもののなかでも、もっとも大切にしたいもののひとつであることは間違いない。おそらくインターネットがなければ、生涯知り合うこともなかったであろう多くの人たち――周囲にあまり本を読むような知り合いがおらず、また本のこと以外の話題もたいして持ち合わせていない私にとって、自分の好きな本のことを話題に人と話をすることができる、というのは、じつに大きな驚きであり、また喜びでもあったのだが、ときに、そうしてつながったと思っていた方々との関係は、じつは非常に危うく儚いつながりでしかないことを思い知ったりすることもある。

 たとえば、いつのまにか消滅してしまったリンク先。たとえば、常に何か書き込みをして自分がここに来たということをアピールしなければ、存在しないのと同義として扱われる掲示板やチャット、あるいは電子メールというコミュニケーションツール。たとえば、あまりに開かれすぎているがゆえに、誰もがハンドルネームという偽名を使ってアクセスするインターネットの匿名性。たとえば、文字しか存在しないがゆえに起きてしまうさまざまな誤解や齟齬――たしかに、インターネットにおけるコミュニケーションなど儚いものであるのかもしれないし、その気になればいつでも消え去ることのできる場であるからこそ、ここまでインターネットが普及したという側面もあるのかもしれないが、しかし私たちが忘れてならないのはそんな特性などではなく、どのような形であれ、そしてどれだけ短い時間であれ、私たちはお互いに人として――人であるということ以外のどんな社会的身分もとっぱらった裸の人として、たしかにつながったという事実なのだ。

 今回紹介する『アクロバティック0.75』という作品は、インターネット上で公開されているWeb小説であるが、ただたんにミステリーとしての要素だけでなく、ひとつの物語としても、そして現在私たちが利用しているインターネットによるコミュニケーションというテーマ性においても、非常に質の高い作品として仕上がっていると言うことができる。

 物語は、基本的に登場人物たちの間でやりとりされているメールの内容を読む、という形で進められていく。ある出会い系サイトに「一緒に死んでくれる人を募集します」という書き込みをした「理由」という人と、その書き込みに反応した「ひろこ」、「棒太」、「山勢修三」、「壱ゐ」の4人――「理由」の心中してほしいという思いに対する反応はそれぞれ異なるものの、彼らもまた自分の人生においてそれなりに深い悩みをかかえており、インターネット上に発された「死」という言葉をたんなる記号としてではなく、ひとつの重いメッセージとして受けとった人たちである。はたして、「理由」はほんとうに彼らとともに心中してしまうのか。それとも、何か別の思惑があってのことなのか……。

 さきほども書いたことだが、インターネットでは自分から積極的にアプローチしないかぎり、透明人間のように消えうせることができる世界である。メールはたんなるメールでしかないが、そこに「死」という重いものが加わったとき、同時にそのメールにも同じだけの重みが加わることになる。「理由」の心中募集の書き込みに対して、もし誰もがただのいたずらか愉快犯であると判断したなら、きっと「理由」への返事はなく、この物語も成立しなくなってしまう。著者がメールを100通載せる、という形でこの物語を構成したのは、もちろんメールのみの対話だからこそ成立するミステリーを仕掛けたかった、というのもあるだろう。だが、本書がただそれだけのアイディア小説であると判断するのは、あまりにも早計である。

 じつをいうと、この作品のなかで私たちが読めるのは、基本的に「ひろこ」、「棒太」、「山勢修三」、「壱ゐ」の4人のメールの内容だけであって、心中相手を募集した「理由」が、おそらくこの4人にあてて書いたであろうメールの内容までは読むことができない。それは4人の返信メールから判断するしかないのだが、そこには「理由」の言葉によって大きく揺さぶられる4人の心情が、じつに巧妙に書かれている。メールにかぎらず、インターネットを利用したコミュニケーションツールによる言葉のやりとりは、相手の顔色を気にすることなく、言いたいことを冷静に書くことができるいっぽうで、ひどく感情的な文章や、面と向かっては言えないような罵詈雑言を容易にあびせる武器としても機能してしまうものであるが、その理性と感情のあいだを大きく行き来する彼らの心の動きは、おそらくインターネットを会話の場として使っている時間が長い人であればあるほど理解できるのではないかと思うのだ。そういう意味においても、この作品は新しい形の小説だと言うことができるだろう。

 インターネットという仮想空間でやりとりされる、有象無象の言葉たち――それらはたしかに何の信憑性もない、言ってみれば誰かもわからないものの発した独り言のようなもの、塵芥のようなものでしかない。だが、私たちはしばしば忘れてしまうのだが、よほどのことがなければ実際に会ってたしかめることができなくても、私たちはたしかにその膨大な網のその先に、私たちと同じ世界で生きて生活している人間と、一瞬とはいえつながったのである。そして、たとえどのような形であっても、人と人とがつながったとき、そこから素晴らしい人間ドラマが生まれてくる。その可能性を示すことに成功したこのWeb小説に、私は大きな賛辞を贈りたい。(2004.01.22)

アクロバティック0.75


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