【講談社】
『七回死んだ男』

西澤保彦著 



 私は以前、「月極」というのは「げっきょく」と読み、全国チェーンの駐車場経営会社の名前だとばかり思い込んでいたことがある。この言葉の正しい意味を知ったのは、たまたま大学生のときに旅行した北海道で、「月決」と書かれた看板を目にしたからだったのだが、こんな恥ずかしい勘違いをしていたのは私だけだろうと思いきや、じつはけっこう多くの人たちが同じような勘違いをしていたことを、ネット検索をしていて知ることになった。

「とぐろ」を「どくろ」だと思っていたり、「台風一過」を台風の家族だと思い込んでいたり――なかには冗談ではないかと思うような、盛大な勘違いをしでかすことのあるのが人間という生き物なのだが、こうした恥ずかしい勘違いが勘違いだとわかるのは、自分以外の、同じ環境を共有している他人と比較する機会を得たり、または辞書や百科事典で調べたりすることがあるからこそである。だから、もし仮に、自分ひとりだけしか体験できない事、たとえば幽霊やUFOを見たとか、異世界にとばされたとか、あるいは特別な能力に目覚めたとかいう、きわめて特殊な環境のなかで起こった出来事については、それが真実なのか、それとも自分の勘違いの所産なのかを判断するのは、自分の主観以外に頼るものがない以上、不可能だと言わなければならない。そう、とくに本書『七回死んだ男』のような状況においては。

 本書の主人公である大庭久太郎は16歳の高校生であるが、彼には生まれつき、ある不思議な「体質」が備わっていた。彼自身「反復落とし穴」と呼んでいるその現象は、まるでレコードの針がとんで何度も同じフレーズを繰り返すかのように、同じ一日を何度も繰り返してしまう、というものである。しかも、その繰り返しを意識しているのは久太郎ただひとりであり、彼以外の人間は、たとえ何度同じ日を繰り返しても、最終的にその日の出来事が「確定」されないかぎり、つまり、反復現象の最終日にならないかぎり、それまであった事柄のすべてがリセットされた状態になってしまうのである。

 それゆえに、久太郎は主観的時間を人より多く過ごすことを強要され、高校生のくせに妙に人生を達観した、ちょっと年寄り臭い雰囲気をかもしだす人物となってしまったのであるが、そんなある年初め、祖父の渕上零治郎の邸宅で一家そろって正月を過ごすという恒例行事の日に、例によって「反復落とし穴」にはまってしまう。そのこと自体、彼にとってはとくに特別なことではない。ただひとつ、反復がはじまった最初の日にはおこらなかったはずの祖父の殺人事件が、反復を繰り返すたびにおきてしまうということを除けば……。

「反復落とし穴」などという、特殊きわまりない状況のなかで、あえて殺人事件をおこしてしまうという本書において、そのミステリーとしての要素を成立させるのは、祖父を殺した犯人が誰で、どのようにして犯行がおこなわれ、そしてその動機は何なのかという、ごく普通のミステリーが提示する謎ではない。極端なことを言ってしまえば、一日の反復現象にはまっている久太郎にとって、それらの謎はその「体質」ゆえに容易に解決できる事柄でしかないからだ。本書の最大の読みどころは、久太郎が祖父殺害を食い止めようと、反復するたびにいろいろと策略をめぐらせていくにもかかわらず、まるでそれが既成事実であるかのように、彼の予想もしない人物が殺人犯となって次々と祖父の殺害を実行してしまう、という点の謎である。

 どうしても殺人事件をふせげないのはなぜなのか? ネタばれになるのであまり多くは語らないが、ひとつだけたしかなのは、「反復落とし穴」という特殊な時間の流れで物語が進行していくがゆえに、ふだんなら謎にもならない部分が謎となり、謎になるべき部分が謎として成立しない、というある種の逆転現象によって、ネタとしてはまったくもってオーソドックスなものでありながら、まったく新しいミステリーの形を生み出すことに成功している、ということである。本書のなかで久太郎自身が語っているが、彼の「反復落とし穴」は能力ではなく「体質」であり、けっして彼の意思によって自由にその力をふるえるわけではない。繰り返される回数は9回、繰り返される時間は午前零時からきっかり24時間、反復のおこる一番はじめの日――本来ならそれが正しい日という意味でオリジナルの周――に起こった出来事を、反復する日においても繰り返そうとする等々、特殊な現象ではあるが、そこにはきっちりとした約束事がもうけられている。

 そういう意味では、本書はきわめて非科学的な設定をもちいながら、きわめて論理的な構造で謎を提示し、それに対する回答を用意しているミステリーだと言うことができる。というよりも、むしろ自分からあえて特殊なルールを設けたうえで、そのルールのなかでのみ通用する論理で謎を解決していく、そんな自己完結型ミステリーなのだ。それゆえに、よくよく考えてみれば、本書が示す回答はふつうであれば禁じ手ですらあるのだが、その設定の特殊性ゆえにすっかり物語世界にとり込まれてしまっているのと、その謎解きがあまりに見事にまとまっているがゆえに、読者はもはやぐうの音も出なくなってしまうのである。

 同じ一日を何度も繰り返してしまう。それゆえに、久太郎の行動いかんによって、登場人物たちのさまざまな側面がいろいろと垣間見えてしまう。便利なようでいて、じつはあんまり便利でもないこの「反復落とし穴」の力は、はたして殺人事件の発生を阻止することができるのか? そして久太郎の淡い恋の行方は? 殺人事件を解決することはできても、殺人そのものをふせぐことのできない「探偵」の活躍するミステリーではなく、殺人そのものを阻止することを主体としながら、さらに謎解きの面白さをも見せてくれる本書に、私は最大の賛辞を与えたい。(2004.11.20)

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