【集英社】
『19分25秒』

引間徹著 



 人は弱い生き物で、それゆえに誰もが寂しがりやだ。だからこそ、人は自分以外の誰かに認めてもらいたいと思い、誰かに誉めてもらうことを望む。人が新しい行動をおこし、それを継続させていくには、そういった報酬か、もしくは強烈なライバル意識が必要なのだ。
 だが、ただ純粋に、自分のためだけに何らかの行動をおこし、継続していくことができるとしたら、どうだろう。

 『19分25秒』という奇妙なタイトルの本書は、競歩という競技を題材にした小説である。そしてその中でひときわ異彩を放っているのは、真夜中の公園でたったひとりトレーニングにはげむ片足の競歩選手だ。競歩選手、と書いたが、ほんとうは選手とは言いがたい。なぜならその男は競歩の世界新記録を更新できるだけの力を持ちながら、どんな大会にも出場せず、「オリンピックで金メダルがとれる」と太鼓判を押した陸上連盟委員からの誘いも、「他人や国のために歩くのはまっぴら御免だ」という理由で断ってしまうような男だからだ。物語は、大学四年で会社への内定も決まっている「僕」が、偶然男の姿を目撃するところから始まる。その男の全身から放たれる殺気じみたエネルギーに魅かれた「僕」は、男の姿を追い、男との邂逅を通して、自分もまた競歩の世界へと足を踏み入れていく。陸上連盟委員の静波は、なんとか男を競歩選手として引き入れようと奔走する。
 そしてある条件のもとで、男は競歩大会に出場することを承諾する。世界新記録を出したら、オリンピックには出ない、というなんとも倒錯した条件で。

 はたして競歩大会で男は世界新記録を更新するのか、そしてオリンピックは? もちろんその結末にも興味は注がれる。だが、この小説の本質は、男の存在そのものにある。敵も味方もない、誰かが応援してくれるわけでも、誉めてくれるわけでもない。それでも男は黙々と歩く。それは事故で片足が奪われてもとまらない。むしろ、ますますその歩きに磨きをかけていく。いったい何のために? と思わず問いたくなるほど、ただひたむきに。

「この国の連中はロボットばかりだ。俺は左足はロボットだが、心までロボットじゃない。国や他人のためじゃなく自分のために歩くことができる。速いのは当たり前だ。誰も比肩できない」

 男はそんな言葉をさらりと言ってのける。人との交わりをまったくといっていいほど無視し、テレビのリポーターに辛辣な言葉を浴びせ、深夜の公園をたむろする不良たちを蹴りつける男の姿は、恐ろしいほど自己中心的なものだ。だが、そんな男の姿に、読者はきっと羨望にも似たまなざしを向けるに違いない。他人にへつらうこともなく、ただひたすら自分のために歩く男は、真の意味で孤高だから。それは孤独に耐えられる強さを持っているということでもある。

 私は昔、陸上をやっていた経験があり、今でもときどき夜の公園を走ったりすることがあるが、とてもじゃないけどあの男のようにはなれない。だが、男と出会うことで、恋人も、会社の内定も捨てて歩くことを決意した「僕」は、今もなお夜の公園に自分の足跡を刻みつづけていることだろう。5kmを19分25秒で歩くことができるあの男に、少しでも近づくために。(1998.11.08)

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