【集英社】
『いちご同盟』

三田誠広著 



 思春期の少年少女というのは、それまで漠然と、無意識レベルでたゆたっていた自我を、他の誰でもない、まぎれもない自分自身のものとして意識しはじめる時期である。自分はいったい誰なのか、自分は他の人とどう違っていて、何に喜びを感じ、何に怒りを覚えるのか――肉体的にも子どもから大人へと成長していくこの時期の少年少女は、まるで体の成長に心を追いつかせようとするかのように、確固とした、何物にも揺らぐことのない自分というものを、知性でもって定義づけようと思考錯誤する。自分を認識すること、それはとりもなおさず、他者の存在、さらには自分をとりまく環境そのものを認識することに他ならない。そして、そうした自他のせめぎあいのなかで誰かを傷つけ、また誰かに傷つけられたりしながら、人はいつしか大人になっていくのである。

 本書『いちご同盟』は、そんな思春期の少年――自分は何者なのか、ということを思い悩む少年の成長を描いた、まさに青春小説の王道のような作品だと言うことができるだろう。本書に登場する北沢良一は、区立の中学校に通う三年生。ピアノ教師をしている母親には内緒で高校ではなく、音楽学校への受験を考えている良一は、ピアノを弾くのが好きだという自分の気持ちは知っているものの、そこから自分のこれからの人生をどのように発展させるべきなのか、思い悩む14才の少年である。自分にはピアニストになるだけの才能がない、もし仮に、多大な努力の結果、有名なピアニストになったとしても、死んでしまったらすべておしまいではないか――かつて自殺した少年に関する記事や、本の中から手に入れた、観念としての「死」のイメージにとらわれていた良一は、しかしある他者との出会いによって、大きくその立場を揺さぶられることになる。ひとりは同じ中学の野球部のエース、羽根木徹也、そしてもうひとりは、徹也の幼なじみであり、現在重い病気で入院している上原直美である。

 自分自身を精神的に確立するための思春期という期間――それゆえに、思春期の少年少女たちはいろいろなことを試してみたり、難しいことを考えたり、その結果として自分の無力さを思い知って悔しがったりするものであるが、そうした青臭い、しかしどこか大人たちには懐かしさを感じさせる思春期特有の雰囲気を、本書は見事にとらえている。著者はけっして余計な説明はしない。登場人物たちのちょっとしたしぐさや、彼らが目を向ける何気ない景色といったものに、その心情をそっと織り込んでいくような文章を書く。そういう意味で、本書は何よりも読者に「察する」ことを望む物語だと言うこともできる。そして実際に、たとえば直美に見せるためのビデオカメラの前で、強豪チームを相手に劇的な勝利を演出しようと頑張る徹也や、自分の感情を大事にしようとするあまり、不用意に抑揚をつけ、テンポを崩した演奏をしてしまう良一の姿に、思春期の少年たちの、言葉では言い表せない純粋な感情のせめぎあいを、読者はたしかに感じ取ってしまうのだ。

 この世に生まれてきた以上、けっして避けることのできない絶対的な死への恐怖は、人間であれば、一度ならず考えずにはいられない問題でもある。だが、いったいだれにその答えを出すことができるというのだろう。ましてや思春期の少年、人一倍繊細で、まだもろくて容易に壊れてしまいかねない良一の自我の前に、「死」が抱える闇、人間の理性を受けつけない闇は、あまりにも重いものだ。それゆえに、良一の考える「死」の闇は、しばしば自分が練習しているピアノへの心情と結びついていく。彼にとって「自分は何のために生きているのか」という問いかけは、「自分は何のためにピアノを弾いているのだろうか」という問いかけと、基本は同じなのである。
 それは、けっして不謹慎な考えではない。良一にとって、「死」とはリアルなものではなく、あくまで観念的なもので、それ以外に判断材料がない、というだけのことなのだから。だが、「死」というリアルな現実を背負った直美と出会ったとき、彼はいったい何を感じ、直美に、そして自分自身にどのように向かい合うことになるのだろうか。

「可能性のある人がうらやましい。自殺のことを考えるなんて、贅沢だわ」
 そう言って、直美はぼくのほうに目を向けた。涙でうるんだ大きな目が、じっとぼくを見つめていた。この眼差しには、どんな言葉も対抗できない、とぼくは思った。

 悪性の腫瘍のために片足を切断し、さらにそれだけではすまないだろうと察している直美には、自殺する権利すらない。そうした圧倒的な、リアルな現実を象徴する直美を前にしたときに、私たちにできるのは、自分に誠実になることくらいではないだろうか。良一と徹也にとっては、それは最終的に、同盟を結ぶという形で結実することになる。百まで生きて、直美のことを覚えている、という同盟。

 私はときどき、自分がいつ大人になったのだろうか、と考えることがある。いつも自分ひとりのことで手一杯で、気がつくと今の場に自分が立っていた、という意識の強い私の精神は、あるいはほんとうの大人として成熟していないのではないか、という気さえする。なぜなら、成長するというのは、自分の人生を自分のためだけでなく、自分以外の誰かのために分け与えようと決意することでもあるからだ。そして良一は、たしかにそのときから大人としての道を歩き始めたのだと言えるだろう。そんな想いを、良一の弾くピアノの演奏に封じ込めることに成功した著者の力量は、見事だという他にない。

 本書のタイトルとなっている『いちご同盟』――そこにあるのは、食べ物の「いちご」が持っているような、甘ったるいものではない。そこには、傷つきやすい思春期の少年たちが、それでも彼らなりの大人への一歩を踏み出すことへの想いが込められているのだ。そんなタイトルの真の意味を、そして良一の心の成長を、ぜひ見届けてもらいたい。(2001.06.25)

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