【講談社】
『月の影 影の海』

小野不由美著 



 注意! 本書評には、ストーリーのネタばらしをしている箇所があります。

 あなたが生きて生活を営んでいるこの現実世界――あなたにとっては唯一絶対のこの世界に、あるいは違和感を覚えたことはないだろうか。いや、「違和感」などというはっきりとした感覚でなくてもいい。なんとなく、漠然と、自分の居場所は本当にここなのだろうか、自分のいるべき場所はどこか別のところにあって、誰かが自分の来るのを待っているのではないないだろうか、という、多分に空想的な疑問は、自分という人間の存在に絶対の自信を持っているような強い人間でないかぎり、おそらく誰もが多少なりとも想像せずにはいられない性質のものだ。

 それは、ちょうどUFOの存在を強く信じている人たちの心の中に、この現実世界への拒否感――いつかUFOが迎えに来て、自分を本来いるべき場所へ連れていってくれるはずだ、という願望が隠されている、と判断したある心理学者の言葉を思い出させる。彼らにとってのUFOとは、たんなる宇宙人の乗り物というだけではなく、まさに異世界からの使者そのものなのだ。

 本書『月の影 影の海』は、小野不由美の代表作「十二国記」の記念すべき第1弾であり、異世界ファンタジーとして多くの読者の心をとらえているシリーズであるが、私が本書を読み終えて強く感じたのは、現実世界に対する強い違和感、そして小説という虚構世界において、UFOの象徴するものを実現させたいという願望だった。それは、ごく普通の女子高生だった陽子の前に突如、謎の金髪青年ケイキが現われ、多少強引な形で彼女を異世界に連れ去ってしまう、というストーリーをとってみても、認めざるを得ない要素だ。

 本書の中における陽子は、もといた世界においてはおとなしくてひかえめな、自己主張といったものをほとんどしない、容易に周囲の状況に流されてしまう、弱くて不安定な存在として描かれている。そんな彼女が連れてこられた異世界でたったひとり、何もわからないままに妖魔に襲われ、人々に追われたり裏切られたりして、徹底的に孤独な立場へと押しやられていく展開は、たしかに読み手にとってはスリリングであり、心も体も傷だらけになりながら、それでも自分がここにいる理由を、もとの世界に帰るための方法を、そして何より自分をここに連れてきたケイキを求めて、少しずつこの世界のことを知り、行動していく陽子の姿は、それまで何者でもなかった人間が、まぎれもない自分を見つけるためにはじめた壮大な旅――成長物語としても充分通用するものであると言える。

 だが、ここでひとつ注意しなければならないのは、四面楚歌の状態からようやく出会った信頼すべき友人、半妖の楽俊の力を借りて、異邦人の陽子にとって安全な雁国へと辿りついたときに、延王から知らされる事実――陽子がもともとはこの異世界で生まれ、蝕と呼ばれる天変地異によってもといた世界へと流された「胎果」であること、そして何より、自分がすでに麒麟によって選ばれた王という、逃れようのない役目を背負わされている、という事実である。

 中心に崇山を置き、そこから同心円を描くように四つの山、黄海、金剛山、四つの内海と八つの国、さらに四つの大きな島にひとつづつの国(これで十二国となる)を配置した、まるで曼荼羅を思わせるような「十二国」では、天帝と呼ばれる神の意志によって、それぞれの国の王が決められる。王を見つけ出し、その王に仕えるためだけに生まれてくる麒麟に王として認められるその過程において、選ばれし者本人の意志はまったく反映されない。けっして変えることのできない宿命であるかのように陽子に課された、陽子にしかできない大きな使命は、彼女自身の出生の秘密や、ケイキに与えられた水禺刀が見せる、もといた世界の幻――それは陽子に、向こうの世界でももう居場所はないのだ、という残酷な事実を見せつけるのだが――などとともに、陽子を逃れられない糸で縛りつけていく。
 そういう意味で、本書はUFOへの憧れというより、むしろ、当然のものとして認められるUFOに連れていかれた後の物語、陽子が認め、受け入れざるを得ない宿命を受け入れるための物語であると言えるだろう。

 小野不由美の作品については、以前に『屍鬼』を読んだだけであるが、どうも著者は、ちっぽけな人間の存在をはるかに圧倒するような、大きな流れに対して、人間がどう考え、行動するか、というようなことをテーマに据えているように思える。それはあるいは、著者自身が女という性について感じていることと関係があるのかもしれない。物語が進むにつれて、陽子という存在から女という性が薄れ、最後には話し方にいたるまで無性的なものへと変化していくという書かれ方を、現代のジェンダーの問題として取り上げるのはさほど難しいことではないが、それよりも重要なのは、本書がたんなる「異世界ファンタジー」ではなく、「異世界へと還っていく」ファンタジーである、という点なのだ。

 陽子と同じくもといた世界から王として連れてこられた延王は言う。景麒を取り戻すことができれば、もといた世界に帰ることは可能である、と。そのラストにおいて陽子がどのような選択をしたのかは書かれていないが、たとえ景麒を取り返すことができたとしても、おそらく陽子がもといた世界へ帰ることはないだろう、と私は確信している。それは人間の、人間としての可能性を信じたいと願う私にとっては、なんとも言えない哀しさを感じずにはいられない物語なのである。(2001.07.31)

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