【早川書房】
『快楽通り12番地』

マーサ・コンウェイ著/米山裕子訳 

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 井上章一の『パンツが見える。−羞恥心の現代史−』によれば、女性がパンツを他人に見られることの羞恥心というのは、そもそも下着というものが腰巻程度のものしかない、和服が普段着だった時代には存在しない概念だったと言われている。陰部を隠すというパンツの役割が、それを見られることへの恥ずかしさをいだかせる要因となったと分析しているこの本の展開はなかなか興味深いものがあるのだが、これは逆にいえば、陰部を隠すという機能さえはたせれば、下着というものはそもそも見られても構わないものだ、ということにもなる。

 いわゆる「見せパン」や「勝負下着」と呼ばれるランジェリーの類の下着というものが、装飾に凝った、非常におしゃれなものであるのは、それが誰かに見せるためのものであるからだ。もちろん、その下着を身につけている女性が「誰に」見せようと考えているのか、という思惑はあるものの、非常にうがった、いかにも男の私が思いつきそうな考えを述べるなら、もし見せることが前提の下着をつけているにもかかわらず、それを見せる特定の対象が存在しないというのは、その下着本来の役割が果たされていない状態だと言うことである。本書『快楽通り12番地』に登場するニコーラという女性のイメージを語るとすれば、まさに「見せる機会のないランジェリー」というのが当てはまる。

 問題なのは状況じゃない。どんな状況でも、大事なのは、自分がどういう人間であるか――つまり、自分自身を信じることだ。私は私の求めるものを手に入れることができると確信することだ。そして今、ニコーラが求めているのは、支配する立場に回ることだ。

 ニコーラ・エリザベス・スウェイン、三十一歳、バツイチ、サンフランシスコ在住、ウェブ・デザイン会社「スラッシュ・デザイン」でデザイナーとして勤務。専門職としての仕事は好きだし、あたえられた課題にはきちんと成果を出してはいるものの、離婚後はずっとひとりで恋人もなし。三十代女性のプライベートとしては、けっして満足のいくものではない彼女の今の慰みは、ランジェリーを集めること。上司の見当はずれな説教を聞くあいだ、身につけたシルクのパンティの感触をたしかめて気を紛らわすという、なかなかに型破りなヒロインを主役とする本書は、そんな彼女を待ち受ける災難についてもかなり刺激的だ。なにせ、いきなり未成年らしき二人組の男女に誘拐され、監禁されてしまうのである。

 ニコーラという女性が、退屈な日常の繰り返しを受け入れるいっぽうで、その日常をくつがえす刺激を求めてもいるのは、見せる相手もいないランジェリーを勤務中でも身につけていることからも見て取れる。枕でも述べたが、ランジェリーは基本、誰かに見てもらうことが前提の下着であり、ニコーラのような楽しみ方は、本来的な使われ方からは逸脱したもの、どこか内にこもるようなものがある。むろん、男性との出会いがないわけではない。昼食によく利用するカフェで、彼女が「チョリソー」と勝手に名づけた男性といい関係になったりと、ランジェリーを見せることになりそうな展開は多く、また本人もそうした展開に慣れているようなところが見られるのだが、いざというときに、もう一歩前に出ることができない。そしてそのことに彼女自身が納得できない思いをいだいてもいる。

 そんな矢先に自身の身に起こった拉致監禁「騒動」は、彼女にとっての非日常への転換点として機能する。拉致監禁というと、いかにも大事件へとつながりそうな雰囲気があるが、そもそも大富豪の令嬢でもないニコーラに、金品を強奪されるということはあっても、身柄を拘禁されるという事態はちょっと想像しがたい。なにより誘拐犯ふたりの手際の悪さ、いきあたりばったり感は、冷静になってみればお粗末極まりないもので、ニコーラ自身、自分がやったほうがよっぽど「うまくやれる」と思わせてしまうほどである。

 本書のなかでニコーラを取り巻く状況は、けっして良いものではない。離婚してしまったというのもあるが、会社の上司は彼女の仕事を無駄に増やすようなことばかりするし、仕事の成果はなかなか認められない。さらに借りていたアパートの家主からは一方的な立ち退きを迫られており、途方に暮れているというのが正直なところなのだ。だが、拉致監禁によってとんでもない逆境を体験させられたニコーラは、なにはともあれ「戦う」ことを決意する。何に対して? 自分に対するあらゆる理不尽さから、自分自身を守るため。そしてそのときから、彼女にとってのランジェリーは自身を慰めるものではなく、女の武器のひとつとしての役割を果たすことになる。

 物語としては、典型的な巻き込まれ型ストーリーではあるのだが、その早い段階でニコーラはその主導権を握り、逆に攻勢に転じようと画策する。少なくともしようと努力する。とはいうものの、彼女のまわりに集まってくるのは、サバイバルキッドのマニアだったり、ハッカー少女だったり、語る夢だけは大きなダメ男の元旦那だったりする(しかも彼は彼でニコーラとよりを戻そうと画策していたりする)。そして締まるようで締まらない非日常的出来事は、しだいに殺人の絡んだ本当の「事件」まで呼び込むことになる。はたしてニコーラは、自身に降りかかるあらゆる災難から身を守りきることができるのか?

 それにしても興味深いのは、ニコーラのまわりにいる人たちは、ごくわずかな例外を除いては、どいつもこいつもろくでもない奴らばかりだということ。そのぶん、女性たちの有能さ、たくましさがいっそう際立つことになるのだが、元夫の存在もふくめ、彼女の男運のなさは本書の大きな特長と言うことができる。そしてそれは同時に、ニコーラが、自分の身につけるランジェリーを見るにふさわしい男をゲットできるかどうか、というベクトルに読者の意識をもっていくことに成功してもいる。さまざまな趣味の人たちが寄り集まるサンフランシスコという土地の雰囲気もふくめ、ぜひニコーラの奮闘ぶりを楽しんでもらいたい。(2013.08.19)

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