先読みされる人生――『柔らかな頬』考



 北海道の別荘地でおこった、有香の謎の失踪事件。それは、かつて両親と故郷を捨て、今度は夫と子供を捨ててでも、何より自分が自由でありたいと望んだカスミに対する罰なのか――たんなる不倫小説かと思わせながら、その裏に深遠なテーマを付加して読者の前に突きつけるという展開が見事な、桐野夏生の『柔らかな頬』であるが、実は本書には、書評のほうには書かなかったものの、有香を探して漂流するカスミを支えるという重要な役割を果たす、ひとりの男が登場する。

 元・北海道警察捜査一課の刑事、内海純一 ――着実に身体をむしばんでいくガンによって、念願だった刑事の職を辞し、現在余命いくばくもない病人となりはててしまった彼は、有香捜索のさいの応援員として、一度だけあの失踪事件とかかわりをもったことがあった。だが、カスミ本人とはまったく面識を持ったことのない内海が、なぜカスミの有香探しを手伝おうと決意したのか?

 内海には、人生における唯一の目的があった。いや、それは野心と言ったほうがいいかもしれない。警察組織のなかで、自分という存在を認めさせること――それは同時に、犯人の検挙率を上げ、上の人間に自分の優秀さをアピールすることでもある。犯罪を、あくまで犯罪としてのみとらえ、その犯罪にどのような人間がからみ、どのような心の動きがあったのかなど、内海には関係のないこと。彼にとっての犯罪とは、出世のための道具であり、そこに自分の感情など入りこむこともなかったのだ。

 だが、そんな彼が病によって出世の道を絶たれたとき、自分のこれまでの人生がいったい何だったのか、と考えたことは、容易に想像できる。しかも、ガン細胞は確実に内海を死へと向かわせていく。内海は、心ならずも先の見える人生を送らざるを得なくなってしまったのだ。

 何もない故郷で一生を終える生活、結婚してからの、子育てと生計をたてることに費やされてしまう生活――カスミにとって、それは先の見える人生に他ならない。だが、それはあくまでカスミ自身の目から見た「先の見える人生」であって、内海のように、自分でそう思う以前に他人によって「この人はもう永くはない」と先読みされてしまう「先の見える人生」ではない。
 自分の気持ちは、自分自身にしかわからない。人はしょせん孤独、という認識――もし、カスミと内海に共通するものがあるとすれば、それはどちらも、受け入れ難い現実を前にしてもがき苦しんでいる、ということではないだろうか。だからこそ、ふたりはそれぞれに孤独感を覚えながらも、失踪した子供を捜すという名目で、いかにして現実を受け入れるべきなのかを模索する旅を共にするのである。

 この世に生を受けた以上、いつか必ず、誰にでも訪れる死――それはけっして避けられない運命であるが、だからといって自分の人生そのものが「先の見える人生」だと感じていては、生きる意味そのものがなくなってしまう。自分の人生が限られたものであることを悟った内海が、有香の失踪事件に関わった人たちを訪ねては、その感想を聞く、というスタイルは、同時に自分がその事件にどんな思いを寄せたのかを確かめることであり、これまで顧みることもなかった自分自身というものを、はじめて模索しはじめたことにもつながる。自分自身でありたいがために自分自身をなくしてしまったカスミと、等身大の自分自身を見つめはじめた内海が、長い漂流のはてに出す結論とは何なのか――本書の読むときは、そういうところにもぜひ注目してもらいたいものである。(1999.12.31)



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