地球にとっての人間――『パワー・オフ』考 



 地球という惑星を一個の生命体「ガイア」として考えたとき、人間という生物は地球にとっての何なのか――最近の「ウルトラマンガイア」の例を挙げるまでもなく、さまざまな物語のテーマとしてすでに使い古された感のあるこの問いには、ほぼ決められた王道的答えが 用意されている。「人間は地球に害をもたらす。人間の体でいうなら寄生虫、もしくはウィルスのような存在だ。だが、すべての人間が地球にとって害を成すわけではない。だからこそ、地球は今もなお人間を生かしつづけているのだ」。そして人間に対して警告と救いを売 り物にする。

 井上夢人の『パワーオフ』のテーマも、まさに上述の説明に尽きる。もっとも本書の場合、地球=ネットワーク、人間=人工生命と化したコンピュータ・ウィルス、という図式を使っている。一時、世界中のネットワークをズタズタにした「進化するコンピュータ・ウィルス」は、 同じく人工生命の論理から生み出されたウィスル検疫システム(ようするに、害虫に対する天敵)によって、全滅したかに見えた。だが、ウィルス検疫システムは結果として、ウィルスに新たな進化をもたらすことになる。

 このウィスルの原型をバラまくことになった張本人は、物語の最後にこう問いかける。「なぜ、彼らを滅ぼす必要があるのか」と。そして、コンピュータ・ウィルスが既存のシステムを破壊するのではなく、うまく共生したり、むしろシステムを改善して処理速度を高めた りしている例を実証してみせる。そこで読者は、上述のテーマに思い至るわけだ。

 だが、ここで注意しなければならないのは、コンピュータの世界ではナノとかピコの単位で時間が流れ、コンピュータ・ウィルスの進化――むしろ学習といったほうがいいか――が人類のそれとはくらべものにならない速度で行なわれた、という事実である。たしかに人間 は馬鹿ではないし、自分が地球の支配者ではないことに気づきつつある。だが、それ以上に馬鹿な人間は圧倒的多数を占めているという現実、そして人間はコンピュータ・ウィルスほどの速度で進化できないという事実を考えると、「人間にはまだ救いがある」などと楽観視 していられない。かつて人間は、自分たちにとって害だからという理由で、天然痘を絶滅させた。地球だっていつ、人間を排除しようとするかわかったものではないのだ。害を成すものに対して自分を武装するよりは、相手を排除するほうが容易だからだ。

 人類は今、自分たちが考えている以上の速度で進化することを迫られている。そのことをけっして忘れてはならない。(1998.12.26)



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