八方美人でない随筆


きわめて特殊な状況下でも本を読みたい人に

 君は読書が好きだ。三度の飯より本が好きで、いつでもどこでも、すぐ本が読めるような状況にないと、ストレスがたまって大変なことになる――そんなふうに仮定してもらいたい。

 さて、外へ出かけようとすると、あいにくの雨だ。君はカバンを片手に持ち、もう片方の手で傘を指して外に出る。しばらく雨のなかを歩いていると、ふと君のなかの本の虫が騒ぎだした! 本が読みたい! しかし両手がふさがっていて本を読むどころか、カバンから取り出すことすら難しい。これは困った。

 そんな君の強い味方を紹介しよう。その名も「ヌーブレラ」だ。

 傘を「指す」のではなく、頭から胴体をドーム状の傘で覆い、肩で固定することで急な突風にも耐えるというすぐれもの。収納はイカしたショルダータイプのケースに収め、ハンドルを引けば簡単に開くようになっている。これなら雨の日でもハンズフリー。本だってラクラク読めてしまいます。さあ、雨の日も外で本が読みたいと思っているそこの君、今すぐ上記リンク先にアクセスだ! 今なら送料無料で\12,600!

 というわけで、近未来的なドーム型傘「ヌーブレラ」ですが、今回この商品を本のネタとして扱ったのは、どっかの新聞で「雨の日でも歩きながら読書ができます」という文句でこの商品が紹介されているのを見たからです。いや、たしかに私はよく本を読むほうだと思うのですが、さすがの私も雨の中を歩きながら本を読んでやろうと思うほど豪の者ではありません。それくらいだったら、どこかのサテンに避難して、そこで本を読みますよ。じっさいサイトを見てみると、読書家向けというよりも、できるビジネスマン向けの商品、という位置づけのものが多かった(雨の中でも携帯電話に出ることができる、とか)。

 それともうひとつ、この発想と似たようなことを、じつは小学生の頃にやってたことがあります。それは、傘を手に持つのではなく、ランドセルと背中のあいだに傘の柄を差し込んでしまう、というもの。「ヌーブレラ」を知ったときに、まず思い出したのがそんな過去の思い出でした。

 どちらにしろ、読書グッズとして結びつけるにはかなり無理がある気がしないでもない「ヌーブレラ」。この商品が本当に訴えているのは、あるいは雨の中を歩くという、きわめて特殊な状況においてさえ本を読んだり、携帯電話に出なければならないという余裕のなさ、読書などが本来もっているその楽しさを忘れ、時間に追われてばかりいる現代人のかかえる闇なのかもしれません。(2009.06.27)

ブッククロッシングゾーンをめぐってみた(その2)

 JR中央線の阿佐ヶ谷駅を下りて、繁華街からは少しはずれた、奥まった細い道を少し歩くと、そのお店はある。

 「あさがやイネル」――いっけんすると、何かの雑貨屋のような雰囲気のある小さな小さなお店であるが、食事や飲み物、軽いお菓子などを味わうことができる場所である。


 じっさいにお店は小さいのだが、ことさらそんなふうに感じてしまうのは、店内に置かれたテーブルが小さいから、というのもある。小学校で使われているような机と椅子が、テーブル代わりになっているのだ。そしてお店の方もどこかこじんまりとした女性で、まるで現実世界から切り離されたかのような不思議な雰囲気をもっている。

 そう、この店舗はお店というよりは、ちょっとした異空間なのだ。それも、意図的に演出しているというよりは、それこそが自然体なのだという、言ってみれば物語の世界。だからこそ、物語が何より好きな私は、その雰囲気に惹かれてしまう。


ブッククロッシングゾーンはカウンターの下


イネル発のリリース本は、ラベルもオリジナルのものだ


 喫茶店でありながら、手作り感の溢れるちょっとした食事もとることができ、またいろいろな展示や講習会のようなことも行なえるギャラリーでもある。もちろん、ブッククロッシングゾーンも、お店を形づくる要素のひとつとしてとけ込んでいる。日常の喧騒にちょっと疲れたようなときに、気分転換にブラリと立ち寄ってみたくなる、あまり多くの人には知られたくない秘密のお店――ここなら、何年経っても常連として迎えてくれそうな気さえする。(2009.06.20)


ブッククロッシングジャパンの代表と会ってきた

 ブッククロッシングジャパンの代表をしていらっしゃる財津正人さんが、6/11に「スワンカフェ&ベーカリー赤坂店」で交流会を開かれる、というニュースがサイトのトップページに載っていて、ブッククロッシングという活動の趣旨や、個人的にどのようにかかわっていけばいいのか、その立ち位置がじつははっきりしていないということもあり、そのあたりのことについてお話を伺えれば、と思い切って参加してみました。

 財津さんは非常に気さくな方で、初対面の私もすぐに打ち解けて交流会を楽しむことができたのですが、財津さんの口から私のサイトのことが出てきたのは正直びっくりしました。いや、たしかに参加表明のメールを出したときに、自サイトのアドレスがデフォルトで入るような設定になってはいたのですが、まさかここの随筆を読まれていたとは・・・。しかもその内容について、自分がなかなかうまく言葉にできないでいたブッククロッシングの趣旨を、まさに文章にまとめてくれた、と身に余るお言葉をいただきました。

 交流会のなかで財津さんが何度か強調なさっていたのは、「〜しなければならない」という縛りがまったくないのだ、という点でした。本を旅させるという趣旨があり、できるだけその旅の記録をつけていってほしいという思惑がある。ゆえに、当初は会員登録しなければゾーンから本をもっていってはいけない、といった規約が必要ではないか、と思ったそうですが、やはり本というものは人に読まれてナンボのものだという考えから、できるだけ活動を縛るようなことはしないでおこう、ということで今に到っているそうです。

 ブッククロッシングの活動に賛同し、自ら「ブッククロッシンガー」と名乗っていらっしゃるシンガーの玉城ちはるさんのこと、京都でおこなわれている移動図書館ならぬブッククロッシング・カーのこと、アーノルド・シュワルツネッガーが音頭をとったことで、カリフォルニア州で急速に活動が広がり、スターバックスコーヒーがゾーンの提供に乗り出していったというエピソードや、YouTubeでのネタ的な活動のこと・・・まだまだ日本での認知度は低く、いろいろと問題も、改善すべきところもあるのですが、それでもいろいろな方法でその活動が広がり、少しずつではあるがその成果も出てきているという話も聞けて、たいへん有意義な時間を過ごすことができました。

 ところで、今回の交流会の場所となったスワンカフェ&ベーカリー赤坂店も、じつはブッククロッシングゾーンのひとつです。


 赤坂虎ノ門というビジネス街にあるからか、土日祝日が休みになってしまうこのお店のゾーンは、店内を入って右側にある柱の裏にあって、ちょっとわかりにくいところがありますが、ゾーンをはじめるにあたって、来店なさるお客さまから広く本を集め、ひとつひとつ登録していったという熱の入れようで、その内容も文芸書を中心にけっこうなラインナップになっていました。お昼はパンやサンドイッチでランチメニュー、夜になるとアルコールも出してくれます。

 じつは、私が最初に行ったときは、まだ正式にゾーンとしてはじまっていなかったのですが、お店の方がわざわざ本を出してきてくれて、そのうちの一冊をキャッチすることができた、というエピソードがあったりします。これからの活動が楽しみなゾーンのひとつです。(2009.06.12)

ブッククロッシングゾーンをめぐってみた(その1)

 ブッククロッシングの活動において、本を安全にリリースする場所を提供してくれる「ブッククロッシングゾーン」がある。

 ブッククロッシングの活動に賛同した個人や企業が、本との出会いの場として設ける「ブッククロッシングゾーン」は、喫茶店や物販店、普通のオフィスや公共施設などどこにでも好きなように設けることができることになっているのだが(ゾーンの場所については→こちら。ただし、登録されていないゾーンや、期間限定のものもあるようです)、人が集まるところに設けることで、ブッククロッシングの活動をより多くの人に知ってもらうという意図のほかに、ゾーンを設けているということが集客につながるのでは、というお店側の意図もあるはずで、当然のことながらブッククロッシングソーンにもさまざまな特色が出てくるはずだ。

 そこで、個人的にいろいろな「ブッククロッシングゾーン」を訪れてみて、その特色などを簡単にこの場でレポートしていければと考えています。

 まずは、今のところ唯一自転車で行ける範囲内にある「夢ある街のたいやき屋The Peanuts与野店」


 ここのブッククロッシングゾーンは店舗のすぐ前に設置してあって、別にお客でなくても気軽に棚を覗き込んだりできます。わりと子ども向きの本が多いかな、と思ったのですが、子どもづれでたいやきを買いに来る人をよく見かけるので、そういう人たちが置いていくケースがあるのかもしれません。

 一度などはなぜか映画のビデオテープが置いてあったこともありました。ブッククロッシングのラベルの貼られていない本もあったので、あまり細かいことは気にしないで活動しているところがあるようです。

 画像でもわかりますが、店舗自体はものすごく小さいです。お店のなかで食べるという感じではないです。そして「およげ! たいやきくん」をはじめとする懐かしのBGMが流れてます。

 スタンダードなあんこ入りのたいやきの他に、カスタード入りのものと、お好み焼き入りのものがあります。あとプチたいやきと称するセットには、チョコ入りやキャラメル入りのものがある他に、季節限定品やアイスクリームなんかも売っています。


なんともめでたい「昇運」の文字。裏は「開運」

 ちなみに、私のお気に入りはカスタード入りのたいやき。いや、あったかいカスタードクリームとたいやきって、意外に合うんだなあと思いましたよ。

 ここは私の住む場所から一番近いブッククロッシングゾーンなので、本のリリースもここからすることが多いです。今後もちょくちょく立ち寄って行きたいところです。(2009.06.08)

本をキャッチ&リリースするという考え

 ブッククロッシングという活動に、最近注目している。

 本を愛する人たちによる「本に世界を旅させる」活動、というのがそのおもな趣旨で、読み終えた本を登録してシリアル番号を取得したうえで、好きなところにその本をリリースする。それを別の誰かが偶然キャッチして読み、読み終えたらまたリリースする……ということを繰り返していくうちに、その本がどこをどう旅して行ったかがインターネットを通じて追跡できるようになる、というのが基本的な仕組みだ。

 たまたまインターネットで調べものをしているときにこの活動のことを知ったのだが、この「ブッククロッシング」の活動が世間に浸透していけば、やがて世界中の街中が図書館と同じような機能をもつようになる、という考えが一読書家としても非常に魅力的で、ともかく参加してみよう、ということで会員登録を済ませ(登録は無料)、これまでに何冊かの本をリリースしたり、またキャッチしたりしてきた。もちろん、これからも機会を見つけてつづけていくつもりであるが、このブッククロッシングという活動が、その本来の目的のほかに、どのような付加価値というか、思わぬ事態を呼び起こすことになるのか、という点が、じつは個人的に気になっているところである。

 本来の目的というのは、「本に世界を旅させる」というものだ。だから、ブッククロッシングをつうじてキャッチした本は、いずれリリースするのが基本なのだが、その本がどうしても手放せない、ということであれば、そのまま自分のものとして本棚にしまってしまってもかまわない、ということになっている。というか、この活動には「〜しなければならない」という条項がほとんど存在しないのだ。手にした本をどうするのかは、その人の意思にゆだねられている。ようするに、この活動は人々の善意がものをいう、ということになる。

 本をリリースする場所も、とくに決まってはいない。公園のベンチでも、カフェのテーブルでも、どこでも自由だ。だが、この活動のことを知らない人にしてみれば、ゴミとして処理されたり、落し物として扱われたりしてしまう可能性もあるため、全国に「ブッククロッシングゾーン」という場所が設けられている。だがそれでも、その気になればいくらでも本をもっていくことが可能であるし、その本を古本屋に売ってしまう、ということも、やろうと思えばできてしまう。

 「ブッククロッシングゾーン」における本の需要と供給とか、人間の悪意の問題とか、活動に対する無知とか、いろいろと問題がありそうなブッククロッシングであるが、個人的にその活動に参加してみて思ったのは、おそらくこの活動自体が、ものすごく長いスパンを想定したものなのだろう、ということだ。なんといっても「本に世界を旅させる」のだ。きっと何年という長いスパンをもって見ていなければ、それなりの成果は表われてはこないだろう(現に、私がこれまでリリースした本は、ネット上においては動いた形跡がまだない)。人間の善意によって成立する、制約のほとんどないこの活動は、おそらく制約がないゆえに今後どのようにでも展開していく可能性を秘めているとも言える。

 短気的には悪い面や問題点が目立ってしまったとしても、より長い目で見たときに、少しずつ何かが良くなっていく――私がブッククロッシングに期待しているのは、そういう長期的な期間でのゆるやかな変質なのかもしれない。この活動が、あたりまえのマナーとして浸透している世界を、私は望まずにはいられない。(2009.05.31)

自分の読書状況を管理したい

 検索エンジンで「読書管理」をキーワードに検索をかけてみると、けっこういろいろな読書管理サービスがひっかかってくる。それこそ、その日に読んだ本のページ数から購入金額まで管理できるような高機能のものもあって、世のなか便利になったものだと思いながらも、こういうサービスが生み出され、それなりに運用され活用されているということは、それだけ読書という行為に関心をいだいている人がたしかにいる、ということであって、個人的には嬉しくなってくる。

 私の場合、併読はほとんどしないので、自分が今何を読んでいるのかを管理しなければならないほどではないのだが、問題なのは「未読本」の管理だ。よく似た言葉に「積読本」というのがあるが、それとはちょっと違う。

 「積読本」とは、購入したもののまだ読んでいない本、ということであって、現物の本が手元にあることが大前提となっているのだが、「未読本」となると、購入さえしていない本も含まれてくる(と勝手に定義している)。インターネットの発達によって、本屋や図書館といった特定の場所のほかに、Web上でもいろいろな本の情報に接する機会が圧倒的に多くなっていて、それらの本の情報に接して、「読みたい!」と思うことも多いのだが、いろいろな事情で読みたいという気持ちが即購入とか、即読書につながらない場合がある。つまり、今すぐ読むというわけではないが、なんとなく気になる本、いずれは読んでみたいと思う本が、かなり多くなってきているのだ。

 以前は、常に持ち歩いているメモ帳に本のタイトルなどを書きとめておいて、機会があればメモ帳を開き、そうした未読本のなかから次に読む本をチョイスしたりする、といったことをやっていた。こうした曖昧な感情について、考え方はいろいろあるだろう。即購入につながらないのであれば、自分にとってはその程度の本なのだと判断することもできなくもない。私もそんな風に考えていた時期もあった。だが、それはもしかしたら、せっかくの読書の機会をみすみす逃してしまっているのではないか、という思いのほうが、最近は強くなってきている。

 そこで、せっかくWeb上における読書管理サービスが充実しているのだから、ということで、私も主として未読本管理のために利用してみることにした。で、選んだツールが「Stack Stock Books」。

「ゆる〜い感じの積ん読指向読書管理システム」ということで、積読本管理に特化した読書管理サービス。積読本のISBNコードを入力して本を登録、「まだ読んでない」「いま読んでいる」「もう読み終えた」「いつか欲しい」のいずれかのカテゴリをセットするだけという簡便さと、本に対して何か物申す「つぶやき」機能が、たしかに肩肘張らない感じでなかなか良いです。Amazonとも連携されているので、手元に本がなくても、ブックマークレット機能をもちいて見つけた本を簡単に登録することもできる。とりあえず、これだけあれば自分的には充分な機能だ。

 上述したが、今はけっこういろいろな読書管理サービスがある。もしこの随筆をお読みの方で、自身の読書ライフにいろいろ不満とかあるようであれば、こうしたサービスを利用してみるのもひとつの手だろう。(2009.04.17)

小説に登場する音楽を聴きたい

 最近、少しずつではあるが音楽を聴くようになってきている。

 音楽を聴く、といっても、どこかのコンサートに出かけてじっくり鑑賞する、というような聴き方ではなく、私の場合は大抵が本がらみのことだったりする。というのも、小説のなかに出てくる音楽や歌が、物語のなかで重要な意味合いをもつような場合が多々あるからである。

 たとえば、最近読み終えたばかりの貴志祐介の『新世界より』では、「家路」という歌が何度も流れる。「遠き山に日は落ちて」で始まる、小学校の下校の時間などによく流れているあの曲であるが、これがドヴォルザークの交響楽「新世界より」の第二楽章がもとになったものだということを知ったのは、本書を読んでからのことである。そうなると、本書のタイトルにも使われている交響楽の「新世界より」がどんな音楽なのか、気になってくるのが人情というものだ。

 昔であれば、図書館で借りるなり、CDショップで購入するなりして聴いてみる、ということになるのだが、こうしたクラシック音楽であれば、大抵はYouTubeなどの動画サイトにアップされていて、てっとり早く視聴することができたりする。Googleで検索すると、そうした動画情報がひっかかってくることさえあるのだ。著作権的な問題もあるそうなので、こうした音楽の楽しみ方が正しいのかどうかはなんとも言えないのだが、ある本を読んで、そこに書かれている事柄――たとえば音楽なり、絵画なり、あるいは映画などといった別の趣味や作品へと手軽につながっていける、デジタル情報としてじっさいに見たり聞いたりできるというのは、今のネットの発達がもたらした大きな恩恵のひとつだ。

 落語の小説を読むと、なんとなく寄席を聴きたくなるし、ジャズがテーマの小説を読めば、なんとなくジャズが聴きたくなってくる。そうすることで読んだ小説の世界をより深く楽しむことができるのではないか。だから、去年あたりから本の書評をするさいに、それに関連しそうな音楽などのアフィリエイトをAmazonをつうじて紹介するようにしている。Amazonで販売している音楽CDは、その曲の一部を視聴できる機能があるのを知ったのは最近のことであるが、そういうところをとってみても、Amazonのサービスは半端じゃないなと思ってしまう。

 最近はあまり本に関係なく、クラシック音楽をネットを介して聴くことも多い。そういえば昔、タイプライターを楽器代わりにした曲があったなあ、と思って検索をかけてみると、それがルロイ・アンダーソンのズバリ「タイプライター」というか楽曲であることがわかった。そしてこの作曲家のほかの作品をいろいろと視聴してみると、なんだか聞いたことのある音楽が多くて、私たちは知らないうちに、いろいろな場面で音楽と触れているんだなあ、などとあらためて感慨深く思ったりするのである。(2009.02.28)

今年の年賀状ネタ

 みなさま、あけましておめでとうございます。本年もこの「八方美人な書評ページ」をご贔屓にしていただければ、サイト管理者として望外の喜びでございます。

 ところで、私はここ数年、年賀状にはその年の干支にちなんだ小説を紹介する、ということをやっております。単純に、「どうせ年賀状を書くなら、自分の好きなことを書いたほうがいいんじゃないか」という自分勝手な思い込みからはじまったことですが、送られた方は文字ばっかりの年賀状、それも、年賀の挨拶が申し訳程度にしかないような年賀状をもらって、さぞかし面食らっていることでございましょう。ですが、ありきたりな年賀の挨拶なんかよりは、まだしも面白みがあるのでは、ということで、どうかご容赦願います。

 さて、この年賀状をはじめたのは戌年のことで、犬が出てくる小説ならいくらでも紹介できたのですが、その後イノシシ、ネズミとなると、なかなかその対象に合致する小説が見つからず、このサイトの掲示板でみなさまのお知恵をお借りするようになりました。その節はいろいろお世話になりましたこと、この場を借りて感謝いたします。で、今回は「年賀状が見たい」という要望がけっこうあったこともふまえまして、今年の年賀状に何を書いたのかを載せることで、今年最初のサイト更新としたいと思います。

 まずは、こちらをご覧ください。

 今年の干支は牛ですが、牛というと「家畜」の代名詞で、例えば真保裕一の『連鎖』のように牛肉とか、あるいは牛乳といった形で登場することが多いのですが、マリー・ハムスンの『小さい牛追い』のように、ノルウェーの自然の中で生きる牛たちの姿はなかなか心和むものがあるし、本岡類の『夏の魔法』は日本の牧場が舞台で、引きこもりの青年に「エンジェル」と名づけられた子牛がペットのように可愛がられたりします。
 ただ、これはあくまで人間側の視点。井上剛の『マーブル騒動記』では、牛たちが人間並みの知能を持ち、自分たちを殺して食べるのは止めろと主張するし、マンロー・リーフの絵本『はなのすきなうし』に登場する「ふぇるじなんど」は、スペインの闘牛だけど花の匂いを嗅いでいるのが好きだというマイペース振りです。
 あ、遅ればせながら、あけましておめでとうございます。今年もよろしく。

 ・・・いや、なんというか、本当はじっさいに年賀状に書いたものをイメージ画像にして載せようかと思ったのですが・・・正直なところ、自分の字のあまりの汚さに絶望してしまいまして・・・。おそらく見てみても、何て書いてあるのか読みにくいだろうということで載せてみました。書いてあることは上述のとおりです。

 できれば、これで勘弁してほしいところなのですが・・・どうしても納得いかない、という方がもしいらっしゃるようでしたら・・・。こちらからどうぞ

 たぶん、イメージ画像で年賀状を載せるのは、これが最初で最後です。はぁー、今年はペン字の通信講座でもやろうかなあ。(2009.01.03)

 

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