八方美人でない随筆

2006年に読んだ本のベスト10

 もう毎年恒例となりつつありますが、今年もこれでしめくくりです。

 2006年に読んだ本のベスト10(一応同不順)

『黄色い雨』(フリオ・リャマサーレス著 ソニー・マガジンズ)
 忘れ去られた村と、朽ちゆく生命――その孤独感が壮絶な美しさへと変貌する驚異の一冊。

『僕のなかの壊れていない部分』(白石一文著 光文社)
 この作家の、ありのままの真実を見つめようとする姿勢には良くも悪くも考えさせられるものがある。

『シャングリ・ラ』(池上永一著 角川書店)
 ブーメラン少女、最高! とにかくパワフルさで読者を引っ張る一冊。

『ホワイトアウト』(真保裕一著 新潮社)
 ダム乗っ取りという設定の意外さはもちろん、主人公の「ダイハード」ばりの奮闘に力が入る作品。

『ターミナル・エクスペリメント』(ロバート・J・ソウヤー著 早川書房)
 細かいところに妙に力の入る作家。でもその徹底さが確実に物語を面白くしている。

『AV女優』(永沢光雄著 文藝春秋)
 「サブカルチャー」の真の意味を思い知らされた作品。ご冥福をお祈りします。

『長い日曜日』(セバスチアン・ジャプリゾ著 東京創元社)
 はたしてその戦場で、婚約者の身に何が起こったのか? 女性の妄想に近い執念に脱帽の一冊。

『アウステルリッツ』(W.G.ゼーバルト著 白水社)
 ジャック・アウステルリッツの失われた過去を現出させるその手法に思わずうなる作品。

『メッセージ』(マークース・ズーサック著 ランダムハウス講談社)
 主人公のもとに送られてくるカード――彼が届ける様々な「メッセージ」が人を救うという内容も上手い。

『本格小説』(水村美苗著 新潮社)
 いかにリアリティのある小説を作り出すか、という点でまさにしてやられた一冊。

 次点

『ナンシー関の記憶スケッチアカデミー』(ナンシー関編著 角川書店)
 今年一番笑わせていただきました。人の記憶がいかに頼りないかを思い知らされる一冊。


日本生命と谷川俊太郎の詩

 ちょっと前にテレビで流れていた日本生命のCMに、谷川俊太郎の詩が使われていたのをご存知だろうか。

 そう、「保険にはダイヤモンドの輝きもなければ、パソコンの便利さもありません。」という言葉ではじまる、あの叙情的なCMだ。ちなみにタイトルは「愛する人のために」という。

 そんなの知らないよ、という方は、こちらで閲覧することができるので、ぜひとも観てもらいたいのだが、これほどいいCMが作れるのであれば、谷川さんには読書推進のPRのために、詩を書いてくれてもよかったのではないか、などと考えてしまうのである。

 もちろん、このCMが日本生命の利益にどれほどの貢献をしたのかはさだかではないのだが、もし谷川さんが読書推進のための詩を書いて、それをCMにして放送してくれたら、長くつづく出版業界の不況に「やってらんねーよ」とぼやいている人たちも、少しは自分の仕事に誇りをもって頑張れるに違いない。

 そこで、もし谷川俊太郎が読書推進のために詩を書いてくれたら、という前提で、「愛する人のために」を書き直してみることにしました。

本には映画の臨場感もなければ、
ゲームのインタラクティブ性もありません。
けれど文字しかないこの商品には、
人間の心が通じています。
人間の想像力への切ない望みが
こめられています。
人生経験を読書であがなうことはできません。
けれど本に、
知恵をこめることはできます。
道を指ししめすことはできます。
もし迷える人のために、本が読まれるのなら。
 ご清聴ありがとうございました。(2006.11.12)

ベストを選ぶことの困難さ

 このサイトには「超・八方美人なベスト」というコンテンツがある。「読んだ本はすべて褒める」という建前上、このサイトで紹介する本についてとくに五段階評価とかいった要素はいっさい設けていないのだが、それでもなお個人的に非常に印象深かった作品、これはぜひともみんなに読んでほしい、という作品について、とくに厳選して紹介するのが主な趣旨なのだが、ここに載せるか載せないかの規準はけっして明確なものではなく、それゆえに本当はどの作品をベストとして選ぶべきなのか、じつに判断に迷うことがしばしばある。

 たとえば、物語の展開として非常に興奮し、寝るのも惜しんで読んでしまった、というパワーに溢れる作品がある。あるいは、最後の展開や思わぬ伏線に心がじんわりとし、思わず涙を流しそうになった、あたたかな感動をもたらす作品がある。かと思えば、これまで想像もしていなかった物語構造や文章表現など、技術的に驚かされるような作品、文学として高い完成度がある作品があり、あるいはそこに書かれている思想について深く共感してしまった作品がある。興奮するというのと、感動するというのは、似ているようでどこか違うものであるし、それは衝撃や共感といった感情ともまた異なるものである。

 つまり、ある本を読んで心が受けとるもの、というのは、作品によって異なるものがあるのだ。しかも、読んだ直後はとくに何の心の変化もなかったが、しばらくしてふとその内容を振り返ってみると、思ってもみなかったような余韻を感じさせられるような作品もあれば、読んだ当初はすごく興奮していたのに、しばらく時間が経つともうその内容もよく憶えていない、といった作品もある。また、自分以外の人たちの評価というのも、なかなか馬鹿にできないものがある。そうしたさまざまな要因に揺さぶられつつ、かつたしかな自分の心で「これは」と思う作品を選ぶというのは、想像以上に困難な、というかプレッシャーのかかる作業だったりするのだ。

 これまでベストには載せなかったが、今にして思うと良い作品だったなあ、というものはいくつもある。ベストではないけれど――たしかにそのときはそう思った作品だが、しかしそれは今でもそうなのか? あるいは、そのときはベストとして選んだけど、今となってはちょっと……という作品はないか? という疑問は常につきまとう。自分のいう「ベスト」とは、どんな作品のことを指しているのか、その内容について、あるいはもう少し系統だてたほうが、もっと多くの作品を載せることができるのではないか、しかしあまりにもあれこれ選んでしまうと、「ベスト」を厳選する意味がなくなってしまうのではないか?

 世の中に変わらないものなんて何ひとつない。明確な答えはまだ見つかってはいないが、文字通り少しでも本当の意味での「ベスト」に近づけるためには、とにかくあがいてみるしかない。「超・八方美人なベスト」というコンテンツについて、ここらあたりで見直す必要があるのかもしれない。(2006.09.19)


「ほんつな」のしおりちゃんに本を探してもらおう

 「ほんつな」というサイトがある。本の情報をつうじて今まで知らなかった多くの本とはもちろん、本と人、さらには人と人とをどんどんつなげていこう、という趣旨のもとに運営されている本のポータルサイトである。

 読者の立場として見てみると、本に特化したブログを提供しているサイト、ということになるが、そのブログに出版社や書店関係者も多く参加していること、そして気になるキーワードや思いついた言葉をそのまま入力していくことで、より自由で柔軟性のある検索結果を出すことのできる独自のサーチエンジンをもっていることなどが大きな特長となっているのだが、最近、そのサーチエンジンをより有効的に活用するための新しいコンテンツが追加されていたので、ここに紹介したい。


助手と本を探すトップページ

 ハイ、メガネで白衣なドジっ子属性(?)の助手「しおり」ちゃんというキャラクターをナビゲーターとして、探したい本を見つけるためのサポートをしていくというコンテンツなんですが、とにかく探したい本のイメージを入力していくと、あとはしおりちゃんが入力した単語についていろいろ質問してくるので、それに答えていくうちに望みの本の情報へとつながっていくという対話型のシステムである。

 しかしこのシステム、誰が考えたのかは知らないのですが、狙っているというか・・・。ただ単に質問に答えていくだけでなく、ときにしおりちゃんのほうから「○○とくれば××も関連しますよね?」とか、「一番関係ありそうなものはどれでしょう?」と言ってキーワードを選ばせたり、あまつさえ「私は一番上だと思うんですけど」などと意見を述べたりしてくれる。これがけっこう楽しい。というかしおりちゃんの反応がいちいち凝っている。ともすると、本を探しているという本来の目的すら忘れてしまいそうですらある。


「ふむふむ、とすると・・・」


「いいと思ったんだけど・・・」


「今、頼りになるな、って思ったでしょ」


 ほんつなに寄せられているデータの問題か、あるいはシステム上の限界なのか、しばしばとんちんかんな質問や、あまり関係なさそうなキーワードを選ばせたりすることもあるが、まあ助手だから仕方ないよなあ、と思わせてしまうところが、じつはこのシステムの最大の功績なのかもしれない。まだまだ改善の余地は多々あるシステムだが、「かわいい助手と一緒に本を探したい」という願望をもつ方は、一度試してみてはいかがだろうか。(2006.07.17)

東京国際ブックフェア2006

 去年は諸所の事情で行くことのできなかった「東京国際ブックフェア」、今年はなんとか時間をつくって見学してくることができました。

 おととしの随筆にもこのブックフェアのことを書き、そのときは「電子書籍の未来」について、ちょっと否定的な見解を述べたのだが、今や携帯電話の普及と高性能化という時代の流れとともに、電子書籍に対してどこも本格的に力を入れようとしている姿勢が顕著だった。

 今年もいろいろなブースを見て回ったのだが、今回の一番の収穫は、なんといっても「ボイジャー」ブースで富田倫生さんの講演を聴けたことに尽きる。富田倫生さんはあの「青空文庫」の構想を最初に考えた方で、言ってみれば書籍の電子化の道をひた走ってきた第一人者。青空文庫でこれまでやってきたテキストの電子化におけるルール作りの苦労話や、そこから現在、さまざまな可能性が広がりつつあること、そしてAmazonやGoogleなどの大手企業が強力に押し進めていこうとしている「全書籍電子化計画」の可能性と問題点など、やはり現場にたずさわっている方ならではの、非常にリアルで面白い話を聴くことができた。

 それにしても青空文庫って、じつはとんでもなくすごいことをしていたんだなあ、とつくづく思いましたよ。ただ著作権の切れた書籍を電子化しているだけかと思ったらとんでもなかった。たとえば、古い書籍に出てくる傍点やルビ、返り点といったさまざまな組版の情報をひとつひとつルール化していくという地道な作業が、現在たとえば目の不自由な人のための、機械による音声朗読システムや、大活字本の製本などにも使われつつある、という話を聴くにつけ、古い書籍の情報をできるだけ正確に後世まで残していきたいという情熱あっての青空文庫だったんだなあ、とつくづく思い知らされた。

 そして一時間半もの時間を、えんえんと熱く語り続ける富田倫生さんを見ていると、どれだけ電子化の波が出版業界に訪れようと、本当に良いものをつくりたい、後世に残していきたいという人間の心がなければ、最終的には上辺だけのものに終わってしまうのかもしれない、とも思った。

 良い技術は、必ずしも市場原理で勝ち残っていくというわけではないし、あるいは大手IT企業のパワー戦略の前には成すすべもないのかもしれないのだが、青空文庫のような草の根の活動は、おおいに応援していきたいものだ。(2006.07.08)

 

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