極私版・八方美人なベスト

「読んだ本は意地でも褒める」と誓った私ですが、読んでいてとくに燃えたり萌えたり驚いたり感銘を受けたりと、何か心揺さぶられるものがあった作品について、ごく個人的にチョイスしてみました。

物語系ベスト  感動系ベスト  インパクト系ベスト  共感系ベスト


展開に燃える! 物語系ベスト


『華竜の宮』(上田早夕里著 早川書房) Amazon
<寸評>
 陸地の大半が水没した未来の地球――人類は海上生活に適応するため遺伝子操作を受けた海上民と、わずかな陸地にしがみつく陸上民の二種類にわかれ、それぞれの文化と社会を形成していた。陸上民の青澄誠司は、日本の外交官として海上民のオサであるツキソメとの交渉に臨もうとしていたが……。
 「魚舟」「獣舟」といったSF要素もさることながら、種族間の根深い対立や政府の思惑、さらに未曾有の災厄をまのあたりにして、なお理性と知恵によって苦難を乗り越えようとする登場人物たちの生き様は、まさに人としてあるべき姿を私たちに示してくれる。

『My name is TAKETOO』(ヒキタクニオ著 文藝春秋) Amazon
<寸評>
 世界的に有名なバレエ・サーキット「ベルフェクション」で五年間頂点に君臨しつづけているフィリップ・K・武任。優秀なスタッフによるサポートのもと、彼は今年も万全の体制で優勝を狙っていたが、そんな彼の体はけっして逃れることのできない老化の兆候を表わしていた……。
 筋肉の動きひとつひとつの音さえ聞こえてきそうなバレエの描写にただただ圧倒。自らの体を改造するに等しい苛酷な近未来のバレエに対するスタッフたちの意気込み、そしてそんな競技に文字どおり命をかけて挑む選手たちの姿はまさに「凄まじい」という言葉がふさわしい。

『映画篇』(金城一紀著 集英社) Amazon
<寸評>
 変わらないと思っていた友情や、ずっと続くと思っていた幸福な時間、叶うと信じていた夢――つらい過去や深刻な問題を抱えた登場人物たちが、映画によって勇気づけられ、現実と戦う決意をする、映画を題材にした連作短編集。
 個々の短編の完成度の高さもさることながら、それらの短編が、まるでひとつの映画のようにそれぞれの役割を果たし、結果としてより大きな物語のフィナーレを飾るという構成が素晴らしい。物語のもつ力をあらためて思い知らせてくれる一冊。

『ぼくのメジャースプーン』(辻村深月著 講談社) Amazon
<寸評>
 ある日、学校で飼っていたうさぎがバラバラに切り裂かれて殺された。誰よりもうさぎを大切にしていたふみちゃんは、そのショックから今も立ち直れないままでいる。「ぼく」は自分に与えられた不思議な力を使って、その犯人に罰を与えようとするが……。
 「条件ゲーム提示能力」というアイデアもさることながら、「先生」との授業を通じて、人間がもつ悪意とどのように向かい合い、「ぼく」が最終的にどのような決断を下すのかに目が離せなくなる意欲作。

『失われた町』(三崎亜記著 集英社) Amazon
<寸評>
 何万人もの人々が「死ぬ」のではなく「失われる」――三十年の周期で起こる「町の消滅」は、管理局によってその存在自体がなかったことにされてしまう。大切な人を失ってしまった人たちに唯一残されているのは、消滅した人たちの「想い」だけ……。
 「町の消滅」という理不尽極まりない現象に対して、ほんの小さな、しかし純粋な「想い」を束ね、次の消滅を食い止めようと静かな戦いを続けていく人々の姿が涙を誘う感動作。

『シャングリ・ラ』(池上永一著 角川書店) Amazon
<寸評>
 深刻化する地球温暖化、熱帯さながらのジャングルによって侵食された東京、そこに轟然とそびえたつ超巨大空中積層都市「アトラス」――「炭素」が新たな経済単位として動いている未来の東京を舞台に、反政府ゲリラの首領北条國子は二十万の地上の民をひきいて「アトラス」を目指す!
 とにかくパワフルでしぶとい登場人物たちがハチャメチャに動き回りながらも、物語としてしかるべき結末へと導く手腕に脱帽。圧倒的なダイナミズムで読者の心を鷲掴みにする未来の創世神話。

『第三の時効』(横山秀夫著 集英社) Amazon
<寸評>
 殺人事件の最前線で活躍しているF県警強行犯捜査第一課。三つの班の班長たちは、ときに他の班への対抗意識を丸出しにし、上司の命令を無視してまで、犯人逮捕に執念を燃やし続ける。いったい、何が彼らをそこまで駆り立てるのか……。
 狡猾な犯人を追いつめていくさいの、豊富な専門知識に裏打ちされた展開の妙はもちろんのこと、彼らがどんなに人から嫌われても犯罪を憎み続けるその理由を丁寧に描きこむことで、「警察」という記号をたしかなひとりの人間として際立たせることに成功した珠玉の連作短編集。

『ニューヨーク』(ベヴァリー・スワーリング著 集英社) Amazon
<寸評>
 オランダから追われるようにしてアメリカ大陸のニューアムステルダム港にやってきた治療者兄妹。それぞれ外科医と調薬師として協力しあいながら、開拓地で新たな生活を築いていくが、それが後に、ふたつの家系を長く翻弄する火種となることを、ふたりはまだ知らない……。
 17〜18世紀のニューヨークを舞台に、人間を治療するという目的のために奮闘し、また人間のかかえる愛憎や欲望に振り回されながらも、自由であることを求めて懸命に生きていく一族の姿を描いた壮大な都市小説。

『終戦のローレライ』(福井晴敏著 講談社) Amazon
<寸評>
 第二次世界大戦末期の日本、17歳で海軍に徴兵され、極秘任務を受けた折笠征人と清永喜久雄は、転任先で戦利潜水艦「伊507」の乗組員として迎えられる。その目的は、海底に沈んだ特殊探知装置「ローレライ」の回収……。
 泥沼の戦争を終わらせる切り札「ローレライ」に隠された秘密、それをめぐるアメリカ潜水艦との息詰まる攻防戦など、とにかく熱い男たちのロマンが満載である。戦争という極限状態のなかで、それでもひとりの人間としてどのように生きるべきかを問いかける男たちの姿に魂が揺さぶられること必須の傑作。

『DIVE!!』(森絵都著 講談社) Amazon
<寸評>
 存続の危機を迎えているミズキダイビングクラブを救うべくやってきた飛込みコーチの麻木夏陽子は、そこでたぐいまれなる才能を秘めた少年たちと出会う。ただの夢だと思っていた「オリンピック」を目標にした、コーチと少年たちの特訓がはじまる!
 それぞれが強い個性を秘めている少年たちが、それぞれに抱えている悩みや苦悩を克服して、さらに前へ進んでいこうとする姿は、非常にすがすがしく、そして熱い。思春期特有の繊細な心の動きをとらえながら、読む者の心を熱くさせるスポ根ものの傑作。

『影武者徳川家康』(隆慶一郎著 新潮社) Amazon
<寸評>
 関ヶ原の戦いを目前にして起こってしまった家康の暗殺! 長年家康の影武者として仕えていた世良二郎三郎は、とっさに自身が本物に成り代わり、見事石田三成の軍を打ち破るが……。
 あくまで「自由人」としての意思を貫き、武士や戦いのない平和な世界を作り出そうと奮闘する二郎三郎たちの姿に、歴史のなかに埋もれてしまった名もなき者たちの生き様を描こうとする、著者の深い愛情が感じられる傑作時代小説。

『香水』(パトリック・ジュースキント著 文藝春秋) Amazon
<寸評>
 生まれたときからまったく体臭をもたないグルヌイユは、この世にあるありとあらゆるモノを匂いで嗅ぎ分ける驚異的な能力を有していた。彼はその能力で人々を虜にする香水を生み出していったが……。
 臭覚という、人間にとってはまったくの未知の世界を切り開いただけでなく、グルヌイユの、その能力ゆえの奇妙極まりない遍歴と、ラストのどんでん返しが見事な1冊。

『アラビアの夜の種族』(古川日出男著 角川書店) Amazon
<寸評>
 読む者を虜にし、最後には破滅させてしまうという魔術的な書物――時は1798年、ナポレオン率いるフランス軍を壊滅させるため、その「災厄の書」を求めてアイユーブがたどり着いたのは、ズームルッドと呼ばれる夜の語り部の部屋だった……。
 「翻訳」というギミックからはじまるトリッキーな本書で語られるズームルッドの物語集の、狂気とも言うべき物語構造への挑戦は、まさに「魔術的」という賛辞がふさわしい完成度を誇っていると言っていいだろう。

『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』(リチャード・アダムズ著 評論社) Amazon
<寸評>
 平穏だったうさぎの村を襲う未曾有の危機を察知したヘイズルたちは、新天地を求めて危険に満ちた放浪の旅を開始した。はたして、彼らの運命はいかに?
 それぞれに得意分野を持つ、個性溢れるうさぎたちが、お互いに協力し合いながら大きな目的を達成する冒険活劇であるが、うさぎの視点を徹底することで、私たちの身近にありながら、まったく知らない別世界を展開することに成功した真の意味でのファンタジーである。

『ハイペリオン』 『ハイペリオンの没落』
  『エンディミオン』 『エンディミオンの覚醒』(ダン・シモンズ著 早川書房) Amazon
<寸評>
 惑星ハイペリオンの「時間の墓標」に向けて旅だった、最後の巡礼者たち――それが、全宇宙を巻き込む壮大な一大叙事詩の始まりだった……!
 たんなるSFであることを超えて、エンターテインメントのすべての要素を盛り込み、しかもそれらを完璧な物語として仕上げることに成功した本シリーズ四部作は、まさに今世紀最後にして最高の傑作だと言っても過言ではないだろう。

『楽園』(鈴木光司著 新潮社) Amazon
<寸評>
 はるか先史時代においてはなればなれになった愛し合う男女の魂は、遺伝子レベルの激しい衝撃としてその子孫達に脈々と受け継がれ、いつしか時を越えた奇跡を生む……!
 民族の生成流転に息づいている壮大なドラマを男女の愛の物語として封じ込め、人間の意志に隠された力の強さを表現することに成功した、ダイナミックな作品。

『童話物語』(向山貴彦著 幻冬舎) Amazon
<寸評>
 強く生きようとするあまり、屈折した心を抱いたみなしごのペチカはある朝、釣り鐘塔のてっぺんで光の妖精フィツと出会う。
 典型的な成長物語の流れを踏襲しながらも、その圧倒的な世界観と魅力的なキャラクターによって、空想世界の物語の新しい境地を切り開いたハイ・ファンタジー。

『王妃の離婚』(佐藤賢一著 集英社) Amazon
<寸評>
 フランス国王ルイ十二世の一方的な離婚裁判に、なすすべもなく汚辱にさらされようとしている王妃ジャンヌ・ドゥ・フランス。傍聴席にいた弁護士フランソワは、彼女の父である前国王との確執に今は目をつむり、高らかと王妃の弁護を名乗り出る……。
 権力を盾にした国王側の論証を次々と論破していく様は、まさに爽快の一言に尽きる。正義とは何か、誇り高く生きるとはどういうことなのか、あらためて自身に問うてみたくなる西洋歴史小説。

『エバ・ルーナ』(イサベル・アジェンデ著 国書刊行会) Amazon
<寸評>
 密林の捨て子だった母とインディオの間に生まれたエバは、その身にただひとつ、物語を語る力のみを授けられて波乱万丈の人生に立ち向かっていかなければならなかった。
 個性あふれる様々な登場人物と、エバの想像力が紡ぎ出す物語の世界を、ダイナミックなストーリーテリングで語りきった、物語小説の最高傑作。


心震える! 感動系ベスト


『1/2の騎士』(初野晴著 講談社) Amazon
<寸評>
 アーチェリー部主将の女子高生マドカが恋してしまったのは、女装がよく似合う男の子の幽霊だった。そしてその出会いは、マドカが住む町で次々と起こる恐るべき怪異との静かなる戦いの幕開けでもあった……。
 ひとりでは無力な幽霊「サファイヤ」と、同じく一介の女子高生でしかないマドカ――ふたりでひとりの「騎士」として、その知恵と勇気を振り絞って得体の知れない驚異に立ち向かう様はこのうえなく熱く、心震えるものを感じずにはいられない。

『悼む人』(天童荒太著 文藝春秋) Amazon
<寸評>
 殺人現場や死亡事故のあった場所ばかりを訪ね歩き、そこで死んだ人の過去を聞いてまわる人がいる。誰ともなく「悼む人」と呼ばれるようになったその男、坂築静人は、いったい何のためにそんなことを続けるのか……。
 ともすると嘘臭くなる設定でありながら、彼と周囲の人との関係をつぶさにとらえることで、その嘘臭さを払拭するばかりか、人が死ぬということ、誰からも忘れられていくということに真摯に向き合った本書のテーマは、理屈ぬきに共感せずにはいられないものがある。

『聖の青春』(大崎善生著 講談社) Amazon
<寸評>
 幼くして難病を患いながらも、驚異的な集中力と意志の強さで将棋の世界を駆けのぼり、名人位を得ることに文字どおり命をかけた棋士、村山聖。「怪童」と呼ばれ、そのあまりに短い命を激しく燃やし尽くした生涯をつづったノンフィクション。
 将棋という世界を通じて生きるということ、死ぬということの真髄を見据え続けた彼の将棋は、まさに「魂の将棋」と呼ぶにふさわしい激烈さと、病ゆえの底知れない優しさを併せ持ったものであり、心揺さぶられずにはいられないものがある。

『観光』(ラッタウット・ラープチャルーンサップ著 早川書房) Amazon
<寸評>
 もうすぐ目が見えなくなる母親をつれてはじめての旅行に繰り出す『観光』、カンボジア難民の少女との甘く切ない出会いと別れをつづった『プリシラ』など、タイの貧しい地区に暮らす人々の物語を綴った短編集。
 「ガイジンと犯罪者と観光客の天国」というタイの現状を浮き彫りにする作品であり、そこに暮らす人々の境遇はけっして良いとは言えないが、それでもなお一抹の希望が垣間見えるところに、人間の生きる力を感じさせる作品である。

『リンさんの小さな子』(フィリップ・クローデル著 みすず書房) Amazon
<寸評>
 長くつづく戦争で息子とその妻を亡くし、生まれたばかりの孫娘をつれて避難してきたリンさん――見知らぬ国で途方に暮れていた彼は、とある公園でバルクと名乗る男に話しかけられる。バルクさんの国の言葉はわからない。だが、この人の言葉にはどこか深刻な重みと悲しみがある……。
 国を失くした男と、妻を亡くした男が、言葉が通じないがゆえの誤解を抱えながらも、人生の理不尽さや戦争の悲惨さといったお互いの感情を少しずつ察していく様子が素晴らしい。言葉を超えてつながっていく人々の思いに、胸が熱くなる良書。

『ある秘密』(フィリップ・グランベール著 新潮社) Amazon
<寸評>
 鍛え抜かれた健康的なスポーツマンである両親に対してコンプレックスをもつ「僕」は、小さい頃から想像上の兄を生み出して遊ぶということを続けていたが、ある日、その兄の実在を思わせるものが屋根裏から出てきて……。
 思いがけない両親の過去と、そこに秘められた「ある秘密」――その重く苦しい秘密について、ひたすら淡々と、静かに受け入れていこうとする過程が、何より語り手の揺れ動く心とその決意をにじませている。人間の深い業と、それでもなお生きていこうとする姿を描いた一冊。

『長い日曜日』(セバスチアン・ジャプリゾ著 東京創元社) Amazon
<寸評>
 第一次大戦のさなか、五人のフランス人兵士が前線の塹壕で処刑された。その兵士のひとりの婚約者だったマチルドは、彼の死をどうしても信じることができず、処刑のあった1月8日の日曜日に何が起こったのか、その真相を求めて長い模索の月日を送ることになる……。
 かぎりなく絶望的な状況にもかかわらず、自分が納得のなく真実を知るまではけっしてあきらめようとしないマチルドの執念と、婚約者の無事を信じつづけたその結末が涙を誘う作品。

『神の名のもとに』(メアリー・W・ウォーカー著 講談社) Amazon
<寸評>
 狂信的カルト教団が引き起こしたスクールバスジャック事件。FBIと地元警察の必死の交渉も実を結ばないまま、事件は1ヶ月以上も膠着状態がつづいていた。犯罪ライターのモリー・ケイツは、交渉の切り札となるかもしれない教祖の実母を捜すために動き出すが……。
 モリーの健闘ぶりもさることながら、バスの運転手であるウォルターが人質の子どもたちに語って聞かせるジャクソンビルのお話は秀逸。不条理な運命に戸惑い、苦しみながらも、それでも力強く生きていく人間の姿に心打たれる作品。

『その名にちなんで』(ジュンパ・ラヒリ著 新潮社) Amazon
<寸評>
 アメリカ在住のベンガル人アシマが産み落とした男児――昔からの土地の伝統にもとづいて、曾祖母がつけた名前を載せた郵便は届かず、とっさに夫のアショカが思いついたのは、彼の人生に大きな意味を残した「ゴーゴリ」という名称だった……。
 遠く故郷を離れた土地で生きていく親、そして自分が何者なのかについて揺れ動く心をかかえた子の生き様を、きわめて抑制の効いた文体で綴ることで、ふたつの世界と世代を越えて伝えられていくものを描き出した味わい深い一作。

『博士の愛した数式』(小川洋子著 新潮社) Amazon
<寸評>
 脳に損傷を受けた博士は、80分しか記憶を保つことができなかった。派遣家政婦として博士のところにやってきた「私」、そして博士に「ルート」と名づけられた「私」の息子は、博士の愛した数式につつまれた、密やかで儚い世界を築き上げていく……。
 記憶を保てないがゆえに、唯一の交流の手段として何度も繰り返される数学の話題は、しかしいつも大きな驚きと、大きな哀しみに満ちている。断ち切られた未来、心の拠り所としての数学、3人によって生まれる、ガラスのように脆く、しかしそれゆえに愛しい和の世界を描いた作品。

『ドゥームズデイ・ブック』(コニー・ウィリス著 早川書房) Amazon
<寸評>
 21世紀のオックスフォード大学で中世史を学んでいる女学生キヴリンは、実習の一環として危険度の高い14世紀のイギリスへと時間跳躍されたが、その直後、担当の技術者が原因不明のウィルス倒れ、大学は閉鎖状態に……。はたして、キヴリンは無事に元の時代に帰って来れるのか?
 時間跳躍が歴史研究に取り入れられるようになった未来を舞台に、まるで運命に導かれるように過去へと跳んだキヴリンを通じて、歴史の「真実」を知ること、歴史を学ぶことの本当の意味を問う意欲作。

『ドスコイ警備保障』(室積光著 アーティストハウス) Amazon
<寸評>
 廃業した力士たちが再就職に苦労することのないよう、元力士たちによる警備会社をつくろう――相撲協会の理事長となった元横綱の提案に、社会人となった同郷の友人たちが呼応した。はたして、この会社の運命は如何に?
 力士という特殊な体格の持ち主にガードマンの仕事をさせるというユーモアはもとより、不器用であっても、何かひとつのことに懸命に取り組むことが、その結果いかんに関係なく人としての幸せにつながるはずだというメッセージにもおおいに共感できる。

『いちばん初めにあった海』(加納朋子著 角川書店) Amazon
<寸評>
 住んでいるアパートからの引っ越しを決意した堀井千波が、その荷造りのさいに見つけた一冊の本――『いちばん初めにあった海』というタイトルのその本のページには、「YUKI」という差出人からの、未開封の手紙が挟まっていた……。
 同時に収録されている『化石の樹』との連携の妙はもちろんのこと、人を弾劾するためでなく、傷ついた心をやさしく包み込むためにこそ展開される推理の言葉に、人の想いは必ず相手に届くことをあらためて確信させてくれる感動のミステリー。

『ペイ・フォワード』(キャサリン・ライアン・ハイド著 角川書店) Amazon
<寸評>
 ある少年が考えた、世界を変える方法――それは、三人の困っている人間を助け、見返りを求める代わりに別の三人を助けると約束してもらう、というものだった。はたして、少年の素朴な計画は本当に世界を変えるものなのか?
 「人を信じる」という単純だけど難しいこと、しかしそれこそが「世界を変える」というとてつもなく大きなことへとつながっていくことを信じたくなってしまう作品。

『神々の山嶺』(夢枕獏著 集英社) Amazon
<寸評>
 山岳カメラマンの深町誠は、カトマンドゥの店で古いコダック製のカメラを発見する。もしそれがG・マロリーのカメラであれば、ヒマラヤ登山史を大きく覆すスクープになるはずだった。だが、羽生丈二との出会いが彼の運命を大きく変えていく……。
 とにかく天才クライマー羽生丈二の存在感が圧倒的である。山に人生のすべてをかけた男が挑む、前人未到のアタックに、魂が熱く揺さぶられること間違いなしの山岳小説。

『闇の守り人』(上橋菜穂子著 偕成社) Amazon
<寸評>
 かつて、父を殺したログサム王の手から逃れるため、父の親友のジグロに連れられて離れてから二十五年――女用心棒のバルサは、再び故郷のカンバル王国へと戻る決意をする。ジグロの不名誉な汚名をはらすため、そして自分の過去に決着をつけるために……。
 生きるために、バルサを守るために、親友だった追手を殺しつづけたジグロと、そんな彼の悲痛な姿をじっと見つづけてきたバルサの心の叫びが深く胸を打つ傑作ファンタジー。

『秋の花』(北村薫著 東京創元社) Amazon
<寸評>
 高校時代の母校で起きた、生徒の痛ましい墜落死……。親友だった津田真理子を失った和泉利恵の、尋常でない憔悴ぶりに、先輩の「私」はその事件の真相を突き止めようとするが……。
 本格ミステリーでありながら、たんに真相を推理するだけでなく「運命の悪意」にもてあそばれ、けっして許されない罪を犯した魂の揺れ動くさまと、その魂の救済を描いた、円紫師匠と「私」シリーズ第三段。

『海は涸いていた』(白川道著 新潮社) Amazon
<寸評>
 男はかつて、殺人を犯していた。事件は迷宮入りしていた。だが、孤児施設時代の友人が犯した殺人は、思わぬ形で男の身を、そして彼が命にかけても守りたいと思った者たちの破滅を招こうとしていた……。
 思いも寄らぬ不幸に振りまわされ、極道の世界に足を踏み入れながらも、ほんのささやかな幸福のために悲壮な決意をする伊勢孝昭の心に、涙なくては読めない傑作。

『りかさん』(梨木香歩著 偕成社) Amazon
<寸評>
 誕生日にようこが祖母からもらったプレゼントは、リカちゃん人形ではなく、市松人形の「りかさん」だった。その「りかさん」がある日突然ようこに話しかけてくると、ようこの目にはそれまで見えなかった人形たちの世界が広がって……。
 人形に宿された人々の想いを、ようことりかさんがそっと包み込み、癒していく様子を描いた感動作。

『からくりからくさ』(梨木香歩著 新潮社) Amazon
<寸評>
 祖母の死をきっかけに、女子学生の下宿として貸し出されることになった古い家に、まるで運命に導かれるようにして集まった女性たちは、市松人形「りかさん」のルーツを巡って各々に宿された過去と対面することになる……。
 何気ない日常生活を描きながら、その中に時の流れを縦糸に、人間関係を横糸にした壮大な物語を織り上げていった作品。

『光の帝国−常野物語−』(恩田陸著 集英社) Amazon
<寸評>
 人の心や過去の記憶を「しまう」者、未来を予知する者、自由に大空を舞う者――普通の人にはない特殊能力ゆえに迫害されてきた「常野一族」の力は、なぜこの世に存在しなければならないのか。
 運命という大きなものの流れを意識しつつ、閉塞した現代に生きる人々の心にじわりと染み込む10の短編を収録した傑作集。

『ななつのこ』(加納朋子著 東京創元社) Amazon
<寸評>
 『ななつのこ』という本にすっかり魅せられた短大生の駒子がファンレターを出したところ、おもいがけずその作者から返事が返ってきた! しかもそこには、駒子が体験した謎に対する見事な解答編が……。
 普段私たちが何気なく見過ごしているちょっとした事柄に光をあて、ふと立ち止まるきっかけを与えてくれる傑作ミステリー。

『夏のロケット』(川端裕人著 文藝春秋) Amazon
<寸評>
 「いつか火星まで行けるようなロケットを作ろう!」 五人の高校生が思い描いた壮大な夢は、大人になっても色褪せることなく、むしろ実現に向けて本格的に動きはじめていた……。
 低コストのロケット打ち上げを軸に、夢の実現を目指して団結し努力することの素晴らしさを描いたさわやかな作品。


思わず唸る! インパクト系ベスト


『フェルマータ』(ニコルソン・ベイカー著 白水社) Amazon
<寸評>
 三十五歳で未婚のさえない男アーノルドには、じつは自由に時間を止めたり動かしたりする力があった。だがその力を使って彼がすることといったら、こっそり女の子の裸を観賞したり、胸やお尻を触ったりといったことばかりで……。
 ある意味最強の力をもちながら、その力をしょうもないことにしか使わない小心な男の、しかし自身のささやかな欲求に対する偏執的で涙ぐましい努力が馬鹿馬鹿しくも笑いを誘うユーモア小説。

『ディスコ探偵水曜日』(舞城王太郎著 新潮社) Amazon
<寸評>
 迷子探し専門の私立探偵、ディスコ水曜日は、わけあって日本で最初の仕事のターゲットだった山岸梢と暮らしていたが、体から抜け出た彼女の意識を追ううちに、日本の名探偵たちが勢ぞろいしている「パインハウス」での殺人事件とかかわることになるが・・・。
 時間跳躍、幽体離脱、物理法則のねじまげなど、本来ならミステリーをミステリーとして成立させなくなる要素をあえて取り込むことで、これまでのミステリーの概念を完全を超越したミステリーの形を示した本書は、間違いなく読者に絶大なインパクトを与える怪作と言えよう。

『黄色い雨』(フリオ・リャマサーレス著 ソニー・マガジンズ) Amazon
<寸評>
 過疎化が進んで打ち捨てられたアイニューリェ村に、たったひとりで暮らしている老人――まるで時の流れが止まってしまったかのような日々のなかで、老人はかつての村の住人のこと、そして今はもういない妻や子どもたちのことを回想する。まるで、そうすることで村を忘却から救おうとするかのように……。
 たったひとりの老人の回想が、現実と幻想の境目はおろか、老人自身の生死さえもあやふやなものへと変えていき、やがて忘却が村全体を覆い尽くしていく様は圧巻のひと言に尽きる。自分の拠って立つ現実を大きく揺さぶられること間違いなしの力作。

『探偵術教えます』(パーシヴァル・ワイルド著 晶文社) Amazon
<寸評>
 通信教育で探偵講座を受講しているお抱え運転手のピーター・モーガンは、そこで習得した探偵術を使ってみたくて仕方がない。すっかり名探偵気分で行く先々で騒動を巻き起こすが、まわりの迷惑をよそに、彼の暴走は止まらない!
 担当講師とのやりとりで語られる短編集だが、そのやりとりのズレっぷりもさることながら、ピーターの行動がいつのまにか犯罪を未然に防いでしまうというオチも心地よい、爆笑間違いなしのミステリー。

『クラウド・コレクター』(クラフト・エヴィング商會著 筑摩書房) Amazon
<寸評>
 「雲、賣ります」という奇妙なコピー文、それは、現商會の主人の祖父、吉田傳次郎がかつて訪れた遠い国「アゾット」を指し示していた。はたして「アゾット」とは何なのか、そしてそこに何があるというのか?
 どこか奇妙で、しかしどこか懐かしさを覚える奇妙奇天烈なモノや人々で溢れる架空世界「アゾット」を、祖父が残した手帳の記録をもとに、旅行記風にまとめた一冊。読むだけでなく、見ているだけでも楽しくなる本である。

『ウォーターランド』(グレアム・スウィフト著 新潮社) Amazon
<寸評>
 歴史教師である語り手の妻が起こした嬰児誘拐事件と、彼が子どものときに起きたある少年の死――歴史教師は、事件の真相を語る代わりに、自分の過去のことを、生まれ育った湿地帯の歴史について生徒たちに語りはじめる……。
 いっけん何の関係もなさそうなふたつの事件を軸として、大小無数の物語、無数の歴史が少しずつ寄り集まって、いつしか大きな物語の流れとたしかな歴史を形成していく過程が見事な一冊。

『文体練習』(レーモン・クノー著 朝日出版社) Amazon
<寸評>
 メモ書き風、美文調、女子高生風――まったく同じ内容の文章を99通りの方法で表現しているという、ただそれだけの本であるが、にもかかわらず強烈な印象を読者に残す本書には、おそらく人間が生み出した言葉というものの無限の可能性が秘められている。

『葬送』(平野啓一郎著 新潮社) Amazon
<寸評>
 音楽家フレデリック・ショパンと画家ウージェーヌ・ドラクロワ――同時代を生きたふたりの天才芸術家にとって、生きることそれ自体が尽きない創作意欲との戦いであった。人間である以上に芸術家であり、それ以外の何者にもなりえない存在の人生は、はたしてどんな運命を引き起こすのか。
 華やかさとは程遠い苦悩と不遇、満たされない愛を抱えながらも、なお彼らが生み出す芸術のこのうえない美しさに、思わず圧倒されてしまう一冊。

『魍魎の匣』(京極夏彦著 講談社) Amazon
<寸評>
 箱の中に詰められた人間の手足、正方形の形をした奇怪な研究所、箱の中の少女の物語、そして魍魎を封じ込めるという「御筥様」を祭る新興宗教――怪奇の匂いただよう未曾有の事件に、憑き物落としの京極堂が挑む!
 殺人事件に必ずともなう「動機」づけそのものに疑問をいだき、人の心の中にひそむ闇の部分に目を向け、そのうえで人を救おうとする姿勢に大きな共感を覚える、「京極堂」シリーズの第2段。

『誰も死なない世界』(ジェイムズ・L・ハルペリン著 角川書店) Amazon
<寸評>
 人間の科学技術は、いつかきっと「死」を克服することができる――不老不死にあこがれた医師のベンは、来るべき未来に再び甦ることを期待して、死の直前に自らの体を冷凍睡眠させた。そして、83年後に目を醒ましたベンが見たものは……。
 けっして避けることのできない運命だと思われていた「死」への概念を、そしてそこから発するあらゆる価値観を、根底からくつがえすことに成功した、人類の飽くなき挑戦を記した驚愕の一冊。

『神の汚れた手』(曽野綾子著 文藝春秋) Amazon
<寸評>
 「戦後最大の産業」と呼ばれる中絶手術――湘南にある小さな産婦人科医院で、日々あらたな生命の誕生と死をその手で取りしきってきた野辺地貞春は、人間の露骨なエゴと生命の神秘的な力のはざまで、いったい何を思うのか……。
 中絶という医療行為が、ひとつの命の可能性を絶つことだという認識から、その命の存在意義がどこにあるのかを問わずにはいられないひとりの産婦人科医の苦悩と救いを、産婦人科の実態とともに鋭く問いかける意欲作。

『体の贈り物』(レベッカ・ブラウン著 マガジンハウス) Amazon
<寸評>
 エイズ患者の宅を訪問し、身のまわりの世話をするホームケア・エイドの「私」とエイズ患者との交流を描いた本書は、読者の大半にとっては非日常であるはずの現実を、あくまで日常生活を語るかのように淡々と描写していく。
 だが、近いうちに死を迎えなければならないという彼らの現実をつうじて、生きるとは、人を愛するとはどういうことなのかを突きつけてくる鋭さは、他の追随を許さない激烈さを持っていると言えよう。

『TUGUMI(つぐみ)』(吉本ばなな著 中央公論新社) Amazon
<寸評>
 生まれたときから病弱で、ちょっとしたことですぐ体の具合が悪くなる美少女つぐみは、しかし悪魔のように意地悪で、狂暴でひねくれた性格の持ち主だった……。
 破天荒なつぐみの、ひたすら自分に正直に生きようとする姿と、そんなつぐみに振りまわされながらも彼女を愛せずにはいられない人たちの、心温まる恋愛小説。

『奪取』(真保裕一著 講談社) Amazon
<寸評>
 暴力団にだまされてこしらえてしまった一千二百六十万円の借金、返済期限は一週間! 手塚道郎と西嶋雅人は銀行から金を騙し取るために、ATMの目を欺くことができる偽札づくりに着手するが……。
 「偽札づくり」という犯罪行為を、人間のあくなき挑戦へのロマンにまで昇華することに成功した傑作小説。

『千日の瑠璃』(丸山健二著 文藝春秋) Amazon
<寸評>
 森羅万象のさまざまな事物が語り手となり、瑠璃色の魂を持つ少年世一と、哲学的な思考を展開する一羽のオオルリとの心の交流の千日間を描いた代表作。
 そのダイナミックでありながら緻密な視点と、重厚な文体は、文学作品という観点から見てもこれまでにない傑作と言える。


これが私を変えた! 共感系ベスト


『賢者はベンチで思索する』(近藤史恵著 文藝春秋) Amazon
<寸評>
 ファミリーレストラン「ロンド」に週に何度かやってくるいかにもよぼよぼの老人は、しかし近くの公園のベンチに座っているときは、まるで賢者のように明晰な視点と行動力を示し、物事の真実をとらえていく。はたして、この老人は何者なのか?
 いわゆる「日常の謎」ミステリーだが、理詰めで組み立てたと思っていた思考がかならずしも客観的なものとはかぎらず、ときに物事の真実を遠ざけてしまうことを教えてくれたという意味で、意義深い作品だと言える。

『僕のなかの壊れていない部分』(白石一文著 光文社) Amazon
<寸評>
 大手出版社に勤めて高給をもらい、驚くべき知識と記憶力をもち、何人もの女性と関係を結ぶ松原直人――しかし、その心のうちにあるのは、生きること自体を心底億劫に思う気持ちと、死の向こう側にあるものを見極めなければ、という思いであった……。
 自身の存在について何らその価値観を認めていないような生き方をつづけ、人はいずれ死ぬという事実と常に向き合っているその生き様は、欲望にまみれずにはいられない人間の性への挑戦のように思えてならない。

『背教者ユリアヌス』(辻邦生著 中央公論新社) Amazon
<寸評>
 キリスト教を国教と定めたローマ帝国――その立役者であるコンスタンティヌス大帝の甥として生まれたユリアヌスにとって、その生は常に教会勢力との戦いにつながるものだった。幽閉同然の生活を強いられてきたユリアヌスは、どのようにしてローマ皇帝として君臨することになるのか?
 人間の愚かさ、悪辣さを見せつけられながら、それでもなお人間はあくまで自由であるべきだとするその強い信念は、今もなお私の胸を強く打つものがある。人間肯定、人間賛歌の歴史長編。

『本という不思議』(長田弘著 みすず書房) Amazon
<寸評>
 読書とは、たんに本を読むという行為だけを指すわけではない。もっと積極的に精神をはたらかせる行為であり、もっと自由自在な形をした広がりをもつ行為でもあるのだ……。
 言葉ともっとも真摯に向き合ってきた詩人である著者が、さまざまな角度から「本」についてとらえようとした本書は、きっと読者に「本を読むということ」への認識を新たにしてくれるに違いない。

『首飾り』(雨森零著 河出書房新社) Amazon
<寸評>
 小さな世界の中で、少しずつ育った三人だけの悲劇――虹沢のたった三人だけの子どもたちは、肉体の成長とともにその関係が少しずつ変わってしまっていくのに気づく。なぜ、僕たちは昔のままでいられないのか……?
 美しい自然を舞台に、子どもから大人へと成長することの切なさ、哀しさを描いた著者渾身の処女作!

『月の裏まで走っていけた』(雨森零著 河出書房新社) Amazon
<寸評>
 どんな途方もない夢でも、必ず叶うと信じていた、あの頃。QとRは同じ夢を目指すかけがえのない親友だった。だが、Rの持つ才能には絶対にかなわないと悟ったある日、Qは……。
 著者独特のもの悲しくなるほど美しい物語とともに、人間が成長することの意味を問うた渾身の作品。




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