2002.4.13

日本キック連盟破壊シリーズ



松浦信次 対 木浪"シャーク"利幸

  5RKO

 私と石毛、そしてキャリーは、ほぼ同時期にジムに入った、いわば「同期」である。そのころ北星ジムには、北星三羽ガラス(延藤さん、松浦さん、小林聡さん)がいた。とてつもなく大きな壁だった。超えるとかいうよりも、比較すらできないくらい、遙かかなたの存在だった。

時が経ち、延藤さんが引退し、松浦さんが引退し、小林さんはジムを去ってしまった。われわれにとって、巨大すぎる壁のまま、北星三羽ガラスはいなくなってしまった。

数年後、松浦さんが現役カムバックしてきた。私と石毛はランカーにまで成長していた。「今のボクらは、三羽ガラスの域に達しているのだろうか?」とよく考えた。そういう意味では松浦さんのカムバックは、喜ぶべきことだった。だが実は、松浦さんは諸事情でジムに通えない場所に移り住んでおり、一緒に練習をすることはほとんどなくなっていた。

そして、NKBトーナメントが行われることになり、松浦さんは石毛と同じウエルター級でエントリーされた。石毛が1回戦、2回戦と勝ったとき、他の掲示板でこんな書き込みがあった。

「石毛と松浦がやったら、石毛が有利だろう」

先ほど言ったような事情で、近年松浦さんと一緒にスパーリングしたりする機会はなかった。だが、石毛と松浦さんなら「まだまだレベルが2つくらいは違うだろう」というのが、私の見方だった。その件について石毛に話したが、石毛も「ボクが有利ってことは絶対ないっすよ」と言っていた。

そして、松浦さんがトーナメントで木浪選手とあたることになった。木浪選手と石毛は何度かオーエンジャイで試合をしている。力関係は五分といったところか。木浪選手と松浦さんとの試合を観れば、松浦さんと石毛の差、そして私自身との差も計れる。何より松浦さんが勝てば、石毛との同門対決となる。同門対決の善し悪しはおいておいて、われわれの世代にとって非現実的な壁だった「北星三羽ガラス」が、急に目の
前に降りてきたのだ。

試合前の控え室。

松浦さんと私が二人きりになった。松浦さん自身は同門対決を嫌がってるという話は、以前伝え聞いていた。私が松浦さんの立場でも嫌だ。だから「勝ったら石毛とやるんですか?」と聞こうと思った。でも、「試合前の選手に終わった後のことを聞くのは失礼かな」と思って止めた。

セコンドには、会長と私、そして勝ったら次の対戦相手となる石毛がついた。なんか変な感じがした。ついでに楠本さんは遅刻して(笑)、1Rの途中からセコンドについた。

試合が始まった。

いつになく積極的に攻撃を仕掛ける木浪選手だが、松浦さんはジャブを中心に迎撃。完全に見切っている。1Rの時点で、技術的な差をまざまざと見せつけた。木浪選手と松浦さんとの差は、松浦さんと石毛の差、そして私との差である。それは愕然とするほどの差だった。「まだこんなに違うのかい!」。自分のジムの先輩が優位になるにつれ、ちょっと落ち込んでしまう、妙なセコンドだった。

2Rに入り、早くも松浦さんが仕留めにかかる。得意の右ストレートで、立て続けに2度のダウンを奪う。強すぎて言葉も出ない。

そして、もう完全に勝負は見えたと思った2R終了直前、木浪選手の乾坤一擲のバックブローが炸裂?なんと松浦さんはダウンを奪われてしまった。苦笑いしてきて立ってきた松浦さんだが、足元はおぼつかず、前歯(差し歯)も吹っ飛んでしまった。

形勢逆転か? 松浦さんはスタミナに不安がある。長引けば長引くほど、状況は悪くなる。ちょっと不穏な空気が流れる。

それでも、技術的な優位は3R以降も変わらない。3Rに1度、4Rに2度とダウンを奪う。ヒジで2カ所カットし、木浪選手の顔は血まみれだ。ダメージでふらふら、顔面は大流血。しかも、目の上が大きく腫れている。「レフェリー止めようよ!」と思うのだが、ときおり繰り出される木浪選手のハイキックで松浦さんがぐらついてしまうので、レフェリーとしても止められない。9割方松浦さんが攻めるのだが、勝負の行方はちっとも見えない。そんな希に見る試合が続いた。

ついに5Rまで来てしまった。両者、死力を振り絞る。ホントに「振り絞る」という言葉がぴったりの激戦。指で突っついても倒れてしまうのではないか、という状態の木浪選手も、前に出続けて攻撃する。何度も何度も立ってくる。天晴れだ。

勝負がついたのは5R終了前。木浪選手が、このラウンド3度目、この試合で8度目(!)のダウンをしたところで、試合は終わった。声に出ない激闘だった。

真っ先に会長がリングに上がり、松浦さんを抱きかかえた。松浦さんは笑顔で会長に何か語りかけていた。会長は頷いていた。続いてリングに上がった私にも、松浦さんは「野崎、ありがとう!」。セコンドの御礼としては、ちょっと感情的すぎる面もちだった。続けて「これで辞めるから」。「ご苦労さまです」としか思えなかった。

それから松浦さんは「次の対戦相手」の石毛にも「次、頑張れよ!」と声をかけた。キョトンとしている石毛。「辞めるんだって」と私がフォローを入れると、「え?」と茫然自失。「同門であろうと何であろうと、強い人に挑戦したい」それが石毛慎也。たった今、目の前で松浦さんの強さを見せつけられただけに、武者震いしていたはずだ。それが突然、「ご馳走」をとりあげられてしまった。「おまえ、そこまで落ち込むなよ!」と言いたくなるくらい、落ち込んでいた。

試合後の控え室、松浦さんは記者団に早々と引退の話を切りだした。生活面での苦しさに加え、左ヒザの状態がかなり悪いそうだ。この日もお灸の痕が、ヒザにくっきり残っていた。なんでも、子供がヒザにぶつかるだけで激痛が走る状態だったそうだ。もともとヒザは悪かった松浦さんだが、ヨーデーチャのローキックで完全にやられたそうだ。あれは凄かったからなぁ。。。

記者からは「時間が経ったらまたやりたくなるんじゃないか?」という質問が飛んだが、松浦さんはきっぱりと「今度はない」とのこと。34歳。さすがに、「また」はないだろう(!?)。

オーエンジャイ・マッチメーカーとしては、

「松浦信次引退記念興行inオーエンジャイ “幻の一戦”松浦信次対石毛慎也 ついに実現!」

そんなキャッチコピーが浮かんできてしまったのだが。。。。いずれにしても、お疲れさまでした!松浦さん!!


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