奥日光道中記第弐話

■そこは冬

ガラガラのバスは、日光駅から約1時間20分のところにある湯元温泉へ向かった。あまりバスは好きではないので、1時間強のバス旅は嫌だったのだが、乗ると思いのほか早く到着した。景色が良かったからであろうか。

午前8時20分、バスを降りてまず感じたのは「寒い!」ということだ。山頂付近が寒いのは想像していたが、麓からこんなに寒いとは思わなかった。慌ててトイレに入り、着替えをした。長袖の下着、Tシャツ、ポロシャツ、ウインドブレーカーと着込んだ。

でも、まだ寒い。手が寒いのだ。「手袋持ってこなかったなぁ」と思ってウインドブレーカーをまさぐると、あった。手袋があった。減量中少しでも汗を出そうと手袋をはめて走っていたが、その手袋がウインドブレーカーのポケットに残っていたのだ。

だが、悲しいかな、片方だけだった(笑)

靴は、普段使っているスポーツシューズだった。冬山に登るわけでもなし、登山靴までは必要なかろう、と思ったのだ。

そうこうして登山の準備が出来上がった。ということで目指す白根山を観てみると、な、なにぃ、あの白いのは一体何なんだ? 山の頂上付近から白いものが線上に広がっている。まさかバリウムではあるまい(爆)。おそらくは雪であろう。おいおいもうすぐ6月だぞ! この時期、雪が積もっているという発想が、わしにはなかった。


ここはヒマラヤかよ!

だが、そこは8年間北星ジムでもまれた経験が生きる。何でもかんでも「マイペンライ、なんとかなるさ」で切り抜けてきた。すぐに気を取り直して、いざ日光白根山へと向かった。左手だけ手袋をはめて(笑)


■遭難注意

白根山登山にはいくつかのルートがある。通常は、菅沼というところや丸山というところから登るらしい。今では、丸山からゴンドラも出ており、一般人でも容易に山頂まで辿り着けるのだという。

だが、わしは一般人ではない。わしは、わしなのだ。自分が一般人であることを確認するために、日光くんだりまで来たのではない。きついコースを登らなくて、一体なんになるのだ……

そんな格好いいことを考えたわけではない。はっきり言って深く考えず、最も大変そうなルートを選んだ。それは外尾根ルートといった。湯元から前白根山というのを経由して、関東以北最高峰、標高2577mの奥白根山山頂を目指すのだ。山岳地図を見ると、そのコースには「雪崩多発地帯」とか「かなりの急斜面」「霧で迷う危険性あり」とおどろしい文字が並ぶ。だが、それらの注意書きをマジメに読んだのは、山から降りてきてからである(笑)。

外尾根ルートは、まずスキー場から始まる。麓にあるスキー場を登り、そこから山に入るのだ。スキー場の入り口には登山者向けへの看板があった。そこには

「遭難注意 引き返す勇気を持とう」

と書いてあった。わしは思った。

「何が勇気だ。俺は勇治だ」


■迷子

そして、スキー場を駆け上った。「まあ、準備体操みたいなものだ」と思ったらこれがきつい。ゴルフ場で走り込みキャンプを張るボクサーになった気で、ちょっと走ったりしてみたが、すぐにバテる。そして何よりきつかったのは、周りに人っ子一人いないことである。ここは登山ルートであると同時に、キャンプ場でもある。「おかしい。なにかおかしい」そうは思うのだが、すぐに「マイペンライ」と思えてしまう。わしもだんだん性格が玉城会長に近づいてきたようだ。

人がいないということは、道がわからないということでもある。地図とにらめっこしながらいくつもに分岐するスキー場を登っていく。そうしていよいよ山に入る地点まで来た。

「←白根山」

という看板はあるのだが、その方面に道はない。わしは途方に暮れた。



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