Part9

2001.7.8
vs
ラートニミット・
キアットムアンカーン

「のんちゃん、次の試合決まったぞ」

と会長から言われたのが、2か月ほど前か。ライト級のランキングも閉塞状態で、別に誰とやりたいって気持ちも持てなくなってたころだ。だが、とりあえず

「誰っすか、相手?」
「タイ人だ」
「は? タ、タ、タイ人???」

まさに寝耳に水、びっくら仰天である。普通、自分のような立場の選手が、日本でタイ人とのマッチメークが組まれることなどまずない。しかも、在タイのタイ人である。

キックにそれほど詳しくない読者も多くいるので、説明しておこう。思想の違いはあるにせよ、この世界、タイを頂点のヒエラルキーになっている。「世界チャンピオン」などというものも存在するが、たいていタイ人抜きの無意味なチャンピオンであるのが現実だ。わしは別にムエタイをやりたいわけでは全然ない。だが、タイが一番強いのは明らかなんだから、そこを目指さないのは不純だ、と思っているのである。

キックの出世街道は次のとおりだ。日本チャンピオンになると、まずヨーロッパの選手と組まれたりする(最近のNJKFはタイ一本だが)。ヨーロッパにも強い選手はいるのだが、位置づけとしては、タイの中堅より「下」であるのがフツウ。そこをクリアーするとタイ路線に入るが、まずは在日のタイ人と組まれる。在日というとかっこいいが、要はタイでは一線を退いた選手だ。アラビアンみたいにトップコンディションをキープしている例外もあるが、たいていは既に練習などせず落ちる一方といった選手である。それを卒業すると、在タイのタイ人だ。しかも、タイ人といっても、同体重である場合は少なく、たいてい一階級、二階級下の選手を呼んで「ハンデ」つきでや
るのが通常だ。それから同体重の選手、現役ランカーへとステップアップしていく。

この手順を踏んで現役ランカーとの対戦まで辿り着いた選手など、ほとんどいない。近年では、鈴木秀明と武田幸三くらいじゃないか。小笠原選手は、体格が大きすぎるのでちょっと事情が違うと思うので外したがどうだろう?(別にその価値云々を問うているのではありません)

ま、とりあえず、名もない中堅ランカーの自分が、在タイの現役バリバリ19歳との試合が組まれるなど、ちょっと常識では考えられないのだ。そして、結果的に呼ばれたのは完璧に同体格(むしろ相手のほうがでかい)の選手だった。

この「現役で同体格」ってのは、重要である。ここをうやむやにしちゃうと、K−1戦士がサダウ・ゲッソンリットに勝っても「打倒ムエタイ」になっちゃうし、ノックウィーをバンナとやらすような「茶番」と一緒になってしまう。

だから、今回のマッチメーク。わかる人にはわかるが、わからない人にはその「無謀さ」はわからない。だから、その辺の「事情」をわかってもらおうと、何度か日記で書いた。だって、せっかくこんな凄い試合に勝っても、今までの試合と反応が同じじゃあねえ、やってられんから。

このマッチメークに一番敏感だったのは、玉城会長だ。自身、タイ人の強さは肌で知っているし、ちょうど松浦さんがヨーデーチャーにボコボコにされた直後であったことも大きかっただろう。やけに張り切ってしごいてくれた。ただ、しごくということに関しては、ファーキャウのほうが十枚も二十枚も上。試合4週間前にファーキャウが来て以降、ホントにいい練習ができた。過去最高と言ってもいいくらいのコンディション(試合数日前から鍼まみれになったが)で、試合に挑むことができた。

作戦ってのは別になかったが、玉城会長の「タイ人は序盤で足を殺さないと(つまりローキック)勝てないぞ」の言葉は同感。というか、タイ人対策の常識だろう。あとは、「バックブローはやってみよう」「ワイクー踊ってみるか」(笑)くらい。考えてもしょうがないし、練習ついてくので精一杯なので、それ以外は考えませんでした。

なんかやけに当たったバックブロー。多くの人が「金沢対サッダムを観て?」(メチャ強いタイ人に日本人選手がバックブローで倒したのです)と聞いてきたけど、違います(というか、観てません)。うちのジムの千島がグローブ空手で優勝したときに、バックブローで倒して勝つのを観て「こういうのも当たるんだなぁ」と思い直したのがきっかけです。以後、オーエンジャイの試合では、必ず一度はバックブローを試してきました。公式戦で使ったのは今回の試合が初めてですが、けっして思いつきや偶然で出した技ではないのです。ま、特にタイ人はこういう技に不慣れなので、「積極的に出していこう」とは思っていました。

「ワイクー」は、昨年末のタイ王宮前興行帰国後から、オーエンジャイでも踊るように努めました。どうせタイに行ったら踊らなきゃならんし、タイ人の長いワイクー待ってるの暇だし(笑)。ただ、公式の試合ではフツウのワイクーはやりたくないし、「いいアイデアないかなぁ」と探したのですが思いつきませんでした。なので、延藤さんが立嶋戦でやった「槍突き」パフォーマンスを拝借しました。ま、「広報就任祝い」も兼ねてってことで(笑)。その辺、気づいた人は何人いたんだろう? 当の延藤さんはニタニタしてた(ビデオ確認済み)。

でも、今回、タイ人のワイクー短かったっすよねえ?? 事務局が端折らせたのかなあ? 自分が踊り終わってからしばらく時間あるつもりでいたので、ちょっと慌てました。四方になんか腕をグルグル回すやつも、二方向省略しました。一人で踊るのは恥ずかしかったので(笑)

さて、試合前。自分でも驚くほど落ち着いていました。花道では、ファーキャウにまたアヤシイ液体飲まされました。そしてファーキャウは楠本さんのバンテージ巻きへ。会長がセコンドについてくれました。これは実は特別なことです。会長は連盟の興行部長も兼ねているため、本来はセコンドにつけないのです。でも、「今回だけはワガママ言わせてもらう!」とセコンドについてくれたのです。会長がどれだけこの試合の価値を理解してたか(というか、俺が心配なだけ?)がわかると思います。

試合自体のことは、ビデオを観た上で「セコンド記」のところであわせて書きます(準備中)。

感想を一言で言えば、善戦で満足してしまって、本当に勝つための執念が足りなかったのだと思います。

そして、試合後、シャワー室に入るとそこにはラートちゃんが。近くにタイ語ペラペラ、キーマオ中村がいたので、通訳に拉致。

「へい、ラート! きょうはご苦労!」
「おお、ブラザー! とっても疲れたべよ。左のパンチが効いただべさ。足も痛い」
「そうかそうか。キミは普段バンコクで試合してるのか?」
「うんにゃ。ラジャとかルンピニーでやってるだべよ」

との会話を交わした。シャワー室を出ると、ラートちゃんの元ジムメイト・佐々木功輔選手と遭遇。

「野崎くん、よく頑張ったよ〜」
「どうせ、俺は相手にならないと思ってたんでしょ」
「ヘヘヘ(苦笑)。でも、よく頑張ったよ」
「彼はどんくらいのレベルの選手なんですか?」
「う〜ん、ファイトマネーは5000バーツくらいかなあ(超一流は10万バーツ)。あんまり大したことないけど、TVマッチもちょくちょく出ているみたいだね」

と相変わらずの辛口。。。すると、そこへラートちゃんがカメラをぶらさげて登場。「一緒に写真を撮りたい」んだそうだ。「ハハハ、魂をぶつけあった相手として認めてくれたわけだね。いいヤツじゃねえか」。ついでなんで、わしも控え室にデジカメ取りに帰ってパチリ。しかし、その後客席の女の子に「日本の女の子と一緒に写真を撮りたい」とねだっていたことが判明。興行後の食事の際にも、女の子にデレデレだったとか。ちくしょ〜、ただのお調子ものだったかい。

ラートちゃんがジャパニーズガールにデレデレしているちょうどその頃、「負け犬北星軍団」は、雄ばかり10人ほど、冴えない反省会。やはり、勝負事は勝たないとダメですな。ふぅ。(完)


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