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ロマン・ロラン『最後の扉の敷居で』から 5 | 村 上 光 彦 |
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一九四一年十月八日、ルイ・ベルナール神父はロマン・ロランにこう知らせている。 |
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難関はただひとつ、哲学から信仰へ移ることにある。思うに、スピノザからライプニッツに移るのは、この二人のいずれかから聖トマス・アクイナスなりテイヤール・ド・シャルダンなりに移るのとは、ことがらがまるきり別なのだよ。その思想体系が興味深く、また妥当だとわかるためなら、これは結構なものなのだ。ところが、それを信ずべき真理だとするとなると、まるきり別の精神秩序が問題になってくるね。 |
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十月十四日付の手紙では、兄は妹にリュバックの本から受けた印象を次のように記している。「信仰は別として(信仰は深く、そして確固としている)、宗教的には、これ以上に広やかな寛容の精神は望みようがないよ。ーーほとんど全面的な理解と言ってもよい。自由思想もそのなかに席を得ている。まるで、自由思想まで〈神〉の計画のなかに入っていて、〈教会〉はそれを考慮に入れなくてはならないかのようだ。いわば《異教徒》などというものはもう存在せず、真面目な探求者しかいないかのようだ。そして彼らは軍隊内の別の部署に配置されていて、彼らの第一の義務は受けた命令を忠実に実行することにある、というわけさ。もちろん〈教会〉は、彼らより遠目が利くという特権を保持しているのだがね。しかし〈教会〉は、自分の優位を乱用したりはせず、彼らの仕事を利用するのだ。〈教会〉は、自分の過去の振る舞い方を否認している。あまりにしばしば否定的で攻撃的な仕方で振る舞ったから、というわけだ」。 |
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しかし、信仰を持つこと、すべてはそこにかかっています。わたしが思うのに、どれほど立派な理由にも信仰を与えることはできません。そうした理由には、信仰を強めることしかできないのです。 |
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ロマン・ロランにとっての問題は、彼に信仰がなかったために、いかにもっともな説明を聞かされても、それは他人事に留まるという点にあったのだ。 |
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偉大なカトリックのキリスト教形而上学は、壮麗な精神の大聖堂です。あの数々の石 で築かれた大聖堂は、これをつつむ厳かな外衣ですが、わたしはそれらと等しく、こち らにも感嘆の念を抱くのです。ーーとはいえ、この信仰に寄せるわたしの尊敬と愛とは、信仰ではないのです。わたしには知性を与えられましたから、その境界を公正に認める ことができます。わたしがその境界を乗り越えるには、ペギーが語っている《可愛らし い希望》、つなり、詩人の夢、そして愛によるほかありません。この知性は、いまにも こう言い立てそうです。自分が〈神〉から受け取った命令は、この敷居の張り番をする ことなのだ、と。懐疑もまた、〈神〉から受け取ったものなのです(では、使徒の聖ト マスが見せた懐疑にたいして、キリストはいったいなぜあれほど寛大だったのでしょう か)。傲慢から生まれた懐疑もありますね。でも、それとは別に、へりくだりから生ま れた懐疑もあるのです。被造者としての精神ーーそれは虚弱ですーー神的ですーーみず からの虚弱さを知っていますーーしかも、みずからの神性をも知っていますーーが抱く 誇らしいへりくだりです。そのへりくだりがこう言うのです。ーー主よ、わたしは真理 を知りません。しかし御身は、真理に仕えるように、わたしをお作りになりました。わ たしは服従します。 |
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資料二十八は、ロマン・ロランが一九四一年十二月に書いた日記からの抜粋だ。医師でロランの友人であるピヨン博士が、十二月三日に二冊で約千ページという大作を持ってきてくれた。レオンス・ド・グランメーゾン神父著『イエス・キリスト、その人格、その使信、その証拠』(一九二八年、ボーシェーヌ社刊)という本だ。ロランが言うには、その著者は博学で、信者として可能なかぎり客観的に書かれている。ただ、証言にたいする科学的批判が欠けている、とある。 |
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あなたにこの本の話をしたいものです! それが染み通っているのに、わたしの精神はいつも最後の扉の敷居際で止まってしまうのです。人間のかの崇高な価値が人となった〈神〉に変化するというのが、わたしの言う最後の扉です。でもわたしは、それらの価値を、〈存在〉についての《大洋的な》そして非人格的な概念よりも、はるかに高いところに据えます。ーー(そう言えば、あなたに喜んでもらえるでしょう)。 |
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クローデルにこのように書き送ったとき、ロマン・ロランは彼自身もクローデルもリセの生徒だったころを想起していたにちがいない。二人とも地方出身者で、同じようにパリの浮薄な雰囲気に悩まされていた。ロランはというと、郷土で愛する母と共有していた父祖伝来の信仰を失ってしまったのだった。彼は二度の失敗ののちに進学した〈ユルム街の僧院〉(エコール・ノルマル・シュペリユールーーパリ高等師範学校)の学窓にあって、あの懐かしい〈神〉に代わるものとして、必死の思いで〈存在〉の概念を編み出すにいたった。しかし、彼がようやくしがみついたブイは、かつての人格神ではありえなかったのだ。 |
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思いがけなかった広大な地平の拡がり! 私の夢の最も無我夢中の飛躍も、とてもこれには及ばなかったのだ。私の身体と私の精神ばかりではなく私の全宇宙が《拡がり》と《思想》との無限な海に浴しており、どんな帆船も周航しきれないだろう《拡がり》と《思想》との海、かずかずの海。しかし、私は聴くーー測り得ぬ広大さの中に、別のかずかずの海、別の未知のいくたの海、無数の、想像も及ばない《属性》が無限に在るそのどよめきを私は聴く。そしてその全部が《実在の大洋》の中に含まれている。 |
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しかし、それがいかに強烈な体験だったにせよ、ロランがそのとき体感したのは人格神ではなかった。これまで見てきたように、ヴェズレーでのロマン・ロランは、神父たちと面談し、文通し、またクローデルとはともに「主の祈り」を唱えるようになっていた。この時期の彼にとって、青年時代の非人格的な〈存在〉はすでに過去のものとなっていたらしい。 |
| (成蹊大学名誉教授・仏文学) |