ロマン・ロラン『最後の扉の敷居で』から 5     村 上 光 彦



 一九四一年十月八日、ルイ・ベルナール神父はロマン・ロランにこう知らせている。
 「二日前に《カトリシスム》についての本をお送りしました。いつぞやお話ししたことのある本です。ほかに奥様のために司祭叙任の覚え書きを添えました。聖職の意味がそこにはみごとに述べてあるからです」。
 デュシャトレ氏は注のなかに、ロランが十月九日に妹のマドレーヌに書き送った手紙を引用している。ロランはそのなかで、神父がこの覚え書きを送ってくれたことについて、こういう感想を書きつけている。「彼はいささか短兵急だと思うね! わたしはまだ剃髪するところまでは来ていない」。ロランは若い神父たちの誠意を評価しながらも、彼らが世俗の師範出身者と似た《教師》なのを感じて辟易気味だったらしい。
 資料二十五は、ロランがマドレーヌにあてて書き送った二通の手紙(十月十日に書かれたものと十月十四日に書かれたもの)からなる。前者からは、神父が送ってくれたアンリ・ド・リュバック(イエズス会士)の大著『カトリシスム』に感心したさまが読み取られる。ロランが言うには、そこにはテイヤール・ド・シャルダン・グループの思想が現れている。西暦紀元に入ってから数百年の、さらに中世の宗教思想をよく咀嚼した、《たいそう知的で学識豊かな》著作だと思ったのだ。ロランがとくに気に入ったのは、著者が《異教徒》にも心を開いて、中国人やインド人について敬意をこめて語っている点だった。それにしてもロランとしては、このカトリシスム論が高遠で壮麗な哲学だと認めはしても、こと信仰となると哲学とは次元が異なっているのを痛感しないではいられなかった。


  難関はただひとつ、哲学から信仰へ移ることにある。思うに、スピノザからライプニッツに移るのは、この二人のいずれかから聖トマス・アクイナスなりテイヤール・ド・シャルダンなりに移るのとは、ことがらがまるきり別なのだよ。その思想体系が興味深く、また妥当だとわかるためなら、これは結構なものなのだ。ところが、それを信ずべき真理だとするとなると、まるきり別の精神秩序が問題になってくるね。


   十月十四日付の手紙では、兄は妹にリュバックの本から受けた印象を次のように記している。「信仰は別として(信仰は深く、そして確固としている)、宗教的には、これ以上に広やかな寛容の精神は望みようがないよ。ーーほとんど全面的な理解と言ってもよい。自由思想もそのなかに席を得ている。まるで、自由思想まで〈神〉の計画のなかに入っていて、〈教会〉はそれを考慮に入れなくてはならないかのようだ。いわば《異教徒》などというものはもう存在せず、真面目な探求者しかいないかのようだ。そして彼らは軍隊内の別の部署に配置されていて、彼らの第一の義務は受けた命令を忠実に実行することにある、というわけさ。もちろん〈教会〉は、彼らより遠目が利くという特権を保持しているのだがね。しかし〈教会〉は、自分の優位を乱用したりはせず、彼らの仕事を利用するのだ。〈教会〉は、自分の過去の振る舞い方を否認している。あまりにしばしば否定的で攻撃的な仕方で振る舞ったから、というわけだ」。

 ロマン・ロランは十月十七日にルイ・ベルナール神父に礼状を書き(資料二十六)、この本のおかげでベルナール神父の考え方がいっそうよくわかってきた、と述べている。とくに、ド・リュバックが大胆にも従来のカテキズム(公教要理)の誤謬を指摘した部分に、ロランは心を動かされたのだ。ド・リュバックは、カテキズムが《だれかに敵対する》ものだったとして、光より影を投げかけるほうが多かった、と見ているからだ。ド・リュバックは自由思想についても、「それが公正なものであるなら、やはり〈神〉から発しているのである(もし〈神〉が存在するなら、すべてが〈神〉から発しており、そして〈神〉の目的に役立つから)」と考えている。ロランはこのことについて「信仰のある人たちは立場が有利ですね」という感想を漏らすが、すぐそのあとで彼のいつもの考えに戻ってゆく。


 しかし、信仰を持つこと、すべてはそこにかかっています。わたしが思うのに、どれほど立派な理由にも信仰を与えることはできません。そうした理由には、信仰を強めることしかできないのです。


   ロマン・ロランにとっての問題は、彼に信仰がなかったために、いかにもっともな説明を聞かされても、それは他人事に留まるという点にあったのだ。
 そのことはわきに置いて、彼はベルナール神父にド・リュバックの著作への賛辞を繰り返す。「その爽やかさ、その極度の洗練ぶりには心を打たれます。これはヘレニズム世界と東洋との純粋きわまる遺産でありまして、それが一新した魂の春によって生気をおびたのです」。
 この手紙の追伸に「家内は聖アウグスティヌスの『告白』を夢中になって読んでいます。感嘆の念をもって、彼を発見しているのです」とある。

 翌日(十月十八日)、ロマン・ロランはもうひとりの神父に近況を書き送る。「今年はわたしたちのばあい、粘り強く、また建設的な仕事をいっぱいいたしました。現在の世界の屈辱と悲しみとを忘れるためです。ベートーヴェンが語ったように、《ライヒ・イン・デア・ルーフト》[空中の王国。ベートーヴェンは「わたしの王国は空中に(イン・デア・ルーフト)ある」と書いた]は、時の支配者たちやその従僕どもには手を触れようがないのです。もっとも、それを表現するのが困難でなくなるなどとは言えないのです。しかし、なにごとも一時期かぎりです。ただし、それは永遠の外でのこと。あなたにしてもわたしにしても、永遠のなかに巣をこしらえてあります。おそらく、同じ巣ではありません。しかし、それぞれきっと同じ木にできているのです」。
 そのあとで、彼はド・リュバックの『カトリシスム』を読んでいるところだ、と告げている。「このひとは、該博かつ明晰なすぐれた普遍主義的精神です。西暦紀元初頭のギリシア人の教父たちや中世のカトリックの学匠たちの思索で養われた人です」と評価して、カトリック教会のなかで《この力強い霊的潮流》が続いているのを喜んでいる。ロランにとっては、それが確固たる信仰を保持しつつ狭隘さや不寛容と無縁なのが喜ばしかったのだ。ただし、ロランは知性によってそのすばらしさを理解することはできても、それをみずからの信仰とすることはできなかった。つぎに続く数行は、当時の彼の心境を真率に吐露したものだ。


 偉大なカトリックのキリスト教形而上学は、壮麗な精神の大聖堂です。あの数々の石 で築かれた大聖堂は、これをつつむ厳かな外衣ですが、わたしはそれらと等しく、こち らにも感嘆の念を抱くのです。ーーとはいえ、この信仰に寄せるわたしの尊敬と愛とは、信仰ではないのです。わたしには知性を与えられましたから、その境界を公正に認める ことができます。わたしがその境界を乗り越えるには、ペギーが語っている《可愛らし い希望》、つなり、詩人の夢、そして愛によるほかありません。この知性は、いまにも こう言い立てそうです。自分が〈神〉から受け取った命令は、この敷居の張り番をする ことなのだ、と。懐疑もまた、〈神〉から受け取ったものなのです(では、使徒の聖ト マスが見せた懐疑にたいして、キリストはいったいなぜあれほど寛大だったのでしょう か)。傲慢から生まれた懐疑もありますね。でも、それとは別に、へりくだりから生ま れた懐疑もあるのです。被造者としての精神ーーそれは虚弱ですーー神的ですーーみず からの虚弱さを知っていますーーしかも、みずからの神性をも知っていますーーが抱く 誇らしいへりくだりです。そのへりくだりがこう言うのです。ーー主よ、わたしは真理 を知りません。しかし御身は、真理に仕えるように、わたしをお作りになりました。わ たしは服従します。


     資料二十八は、ロマン・ロランが一九四一年十二月に書いた日記からの抜粋だ。医師でロランの友人であるピヨン博士が、十二月三日に二冊で約千ページという大作を持ってきてくれた。レオンス・ド・グランメーゾン神父著『イエス・キリスト、その人格、その使信、その証拠』(一九二八年、ボーシェーヌ社刊)という本だ。ロランが言うには、その著者は博学で、信者として可能なかぎり客観的に書かれている。ただ、証言にたいする科学的批判が欠けている、とある。

 資料二十九は、ルイ・ベルナール神父が十二月二十一日にロランに書き送った手紙だ。神父はロラン夫人からの手紙で、ド・グランメーゾン神父の『イエス・キリスト』についてのロランの感想を知り、彼に向かって《証言批判》の問題を取り上げたのだ。神父は言う。「ごく現実的な意味において、キリスト教を合理的に立証することはできません。それというのも、まさしく信仰は理性の彼岸にあるからです。それは悟性(カント的な意味における、現象相互を結びつける能力)を超えた愛なのです」。

 資料三十一はロランがポール・クローデルに書き送った手紙の抜粋だ。彼はそのなかでド・リュバック神父の『カトリシスム』のことを《みごとな著作》と呼び、《わたしの好きな本》と書いている


  あなたにこの本の話をしたいものです! それが染み通っているのに、わたしの精神はいつも最後の扉の敷居際で止まってしまうのです。人間のかの崇高な価値が人となった〈神〉に変化するというのが、わたしの言う最後の扉です。でもわたしは、それらの価値を、〈存在〉についての《大洋的な》そして非人格的な概念よりも、はるかに高いところに据えます。ーー(そう言えば、あなたに喜んでもらえるでしょう)。


  クローデルにこのように書き送ったとき、ロマン・ロランは彼自身もクローデルもリセの生徒だったころを想起していたにちがいない。二人とも地方出身者で、同じようにパリの浮薄な雰囲気に悩まされていた。ロランはというと、郷土で愛する母と共有していた父祖伝来の信仰を失ってしまったのだった。彼は二度の失敗ののちに進学した〈ユルム街の僧院〉(エコール・ノルマル・シュペリユールーーパリ高等師範学校)の学窓にあって、あの懐かしい〈神〉に代わるものとして、必死の思いで〈存在〉の概念を編み出すにいたった。しかし、彼がようやくしがみついたブイは、かつての人格神ではありえなかったのだ。
 その多難な模索は、やがて高師在学中に、『真であるがゆえにわたしは信じる』(みすず書房版第三期ロマン・ロラン全集第十九巻に蛯原徳夫訳により収録)と題された論文となって結実した。ぼくは先にこの連載の第一回(『ユニテ』第二十七号)で、その思索の一端を記した。詳しくはロラン全集から読み取っていただこう。たとえば高師在学中の日記『ユルム街の僧院』(蛯原徳夫・波多野茂弥訳)のそこかしこに、その努力の跡を見いだすことができる。一八八七年四月の日記に「わたしは感じる。ゆえにそれが存在する( Je sens, donc Il est)」という語句が二度出て来る。その信念に達したのは四月十一日のことだったという。あとのほうの断章の末尾に近く、個々の存在が死んだのちの状態が記述されている。「われわれのすべてが個人的な自我である。われわれは絶えず生成してゆく至上で自由な絶対的『自我』である」。このとき若き日のロランは、個人的な自我が至上の絶対的自我と一致すると考えていたのだろう。ぼくとしては、当時の彼が古代インドの《梵我一如》を思わせる思想に到達していたような気がしてならない。
 《〈存在〉についての《大洋的な》そして非人格的な概念》という表現にも注釈が必要だろう。だれにでも起こるわけではないが、格別のきっかけもなく、ある一瞬に日常の生活が突如として破られたように、それまで経験したこともないような膨大な幸福感に包まれる人がいるらしい。ロランのばあいは、少年時代にスピノザの『エチカ』に読みふけっているうちにその感情が激発したのだ。この大洋体験については、『内面の旅路』(片山敏彦訳)の以下のくだりによって推察することができる。「酔い心地が、熱い葡萄酒の流れのように私をつらぬいて流れた!ーー私の獄舎の門が開かれた」とあるから、修行の極限に立つ宗教家の神秘体験もかくやと思われるほどだ。


  思いがけなかった広大な地平の拡がり! 私の夢の最も無我夢中の飛躍も、とてもこれには及ばなかったのだ。私の身体と私の精神ばかりではなく私の全宇宙が《拡がり》と《思想》との無限な海に浴しており、どんな帆船も周航しきれないだろう《拡がり》と《思想》との海、かずかずの海。しかし、私は聴くーー測り得ぬ広大さの中に、別のかずかずの海、別の未知のいくたの海、無数の、想像も及ばない《属性》が無限に在るそのどよめきを私は聴く。そしてその全部が《実在の大洋》の中に含まれている。


   しかし、それがいかに強烈な体験だったにせよ、ロランがそのとき体感したのは人格神ではなかった。これまで見てきたように、ヴェズレーでのロマン・ロランは、神父たちと面談し、文通し、またクローデルとはともに「主の祈り」を唱えるようになっていた。この時期の彼にとって、青年時代の非人格的な〈存在〉はすでに過去のものとなっていたらしい。

  *    *    *

 デュシャトレ氏の編集した『最後の扉の敷居際で』を初めて読んだとき、ぼくはアンリ・ド・リュバックの『カトリシスム』を読んでおく必要があると思った。戦前に発行された本がはたして入手可能だろうかと気にしながら、十年ほど前のことだが発注してみた。すると、なんとその本が届いたのだ。第七版(一九八三年刊)で、著作権の記載は《Les Editions du Cerf, 1938》となっている。ただし、第七版そのものが何度か増刷されている可能性もある。ロランの読者にとっても参考になることだから、いつか機会があったら詳しく紹介したい。ここでは、とりあえず目次を一覧していただく。

序論
第一部
 第一章 教理
唯一の姿/罪と贖い/聖パウロと聖ヨハネ/新しい人間
 第二章 教会
  カトリカ/霊によるイスラエル/マーテル・エクレシア/教会と神秘体/ふたたび見  いだされた統一
第三章 秘蹟
洗礼と悔い改め/聖体の秘蹟/神秘体における交わり/統一の犠牲/古い典礼
第四章 永遠の生命
天上の都市/幻視を待ちながら/オリゲネスから聖ベルナールへ/キリストの希望
第二部
 第五章 キリスト教と歴史
  脱出の教理/時間の役割/世界の諸時代/イスラエルとマズダ教/預言者たち
 第六章 聖書記述の解釈
  歴史と霊/旧約と新約/教会のかたち/詩編と福音/放物線/教会と魂
 第七章 教会による救い
  問題の提示/贖いと啓示/《異教徒》の役割/教会に入る義務/キリスト者の責任
 第八章 教会に予定されたこと
  化肉の遅れ/神的教育学/秋と春/Spes non confundit
第九章 カトリシスム
大地の果実/応用/Circumdala varietate/カトリシスム
第三部
 第十章 現在の状況
ルナンの誤解/神学と論争/教会、聖体の秘蹟/再生
第十一章 人格と社会
人格の玄義/区別するために統一する/生きている石で築いた都市/人間の啓示/カトリシスムと神秘的生活
 第十二章 超越
統一に向かって/全人主義/永遠の臨在/社会的行動とカトリシスム

Mysterium crucis

参考文(五十五編)

 版型は本邦の四六版に相当する。序論が十四ページ、本文が三百二十四ページ、参考文が八十五ページ、目次が六ページ。総ページ数は約四百三十ページという大著だ。

 ロマン・ロランの心と向き合うとき、その根底をなす父祖以来の信仰を抜きにしては考えようがない。彼はその晩年にヴェズレーを最後のすみかとして選んだ。この卜居にしても、その丘の頂に立つバジリックのもとで得られる安心に惹かれてのことではなかったろうか。彼がとうとう最後の扉の敷居際で留まりつづけたのはーーイエス・キリストが神の子でありながら人間でもあったと信じきれなかったのはーーひとえに彼があくまでも誠実な思索者だったからにほかならない。ひと思いに敷居を踏み越えれば、彼は懐かしい母の膝下に憩うことができたのだ。
 できれば復帰したかったカトリックの信仰とはどういうものだったのか。その端切れだけでも拾いあげるとしよう。ぼく自身が信者から見れば異教徒のひとりなのだから、ド・リュバックの著書から「異教徒の《役割》」を論じた箇所を何行か紹介する。

 「[……]人類はひとつである。われわれの原初の本性からして、またさらにいっそうわれわれの共通の運命によって、われわれは同じひとつの身体の手足である。ところで、手足は身体の生命によって生きる。もし身体そのものがどうしても救われないのであれば、いったいどうして手足にとって救いがあろうか。しかし、この身体にとってのーー人類にとってのーー救いとはキリストの形を受け取ることに存する。そしてそのことは、カトリック〈教会〉を介してのほかはありえない。それというのも、カトリック〈教会〉なるものは、キリストの〈啓示〉を伝える使者として、ただひとつ公認された存在だからではないのか。もろもろの福音の美徳の実践が世界中に広まってゆくのは、この〈教会〉によってではないのか。すべての人間の霊的統一ーー彼らがこれに参加するかぎりにおいてのことだがーーを実現する責務を負うているのは、この〈教会〉ではないのか。この〈教会〉はこのようにして、キリストの目に見えない身体として、最終的救いと同一化する。また目に見える、そして歴史的な身体として、この救いのための摂理による手段なのである。「この〈教会〉においてのみ、人類は作り直され、創造しなおされる」[アウグスティヌス『書簡集』]。
 キリスト教の外側にあっても、人類はおそらく例外的にであれば、あるいくつかの霊的頂にまで向上することができる。ーーそして大慈大悲の〈神〉を讃えるために、それらの頂を探索することは、われわれにとっての義務なのである。ところが、この義務はおそらくあまりにしばしばないがしろにされてきた。異教徒にたいするキリスト教徒の憐れみは、けっして侮蔑から発するものではなく、ときとして称賛から生まれることもあるのである。しかし、彼らは至高の〈絶頂〉には到達していない。それどころか、どこかもっと中心を外れた高峰を絶頂と思い違ったりして、それだけそこから離れてしまう危険さえある。そのことを思い知った宣教師が大勢いる。[……]キリストのまねびと異なる宗教的《考案》にはすべて、なにかしら本質的なものが欠けている。たとえば仏教の慈悲にはなにかしらが欠けている。それはキリスト教の愛徳ではないからである。ヒンドゥー教のもっとも偉大な神秘家の霊性にさえ、なにかしらが欠けている。それは〈十字架の聖ヨハネ〉の霊性ではないからである……。それでいて、いま挙げたのは格別のばあいである。つまり、キリスト教の外側にあっても、すべてがかならず腐敗してしまうわけではない。それどころではない。いわゆる堕落の法則なるものがあって、人類の宗教的発達のうち、ひとりきりに放置されたと思われる発達すべてを、この法則によって説明しようとした人々がいる。ところが、事実をいろいろ調べてみると、そんな堕落の法則に裏打ちがあるわけではない。すべてが腐敗するわけではないのである。しかし、幼稚の域に留まっていない宗教でも、かならず逸脱の危険を冒すこととなる。非常に高いところまで向上したものでも、しまいには力を失って失墜してしまう。人類のあらゆる欲求、人類のあらゆる努力は、自分ではそうと知らないままに唯一の〈終点〉に向かおうとする。その〈終点〉とは、キリストのなかにあって〈神〉に抱きしめられることなのである。しかし、キリスト教の外側にあっては、なにひとつその〈終点〉には行きつかない。したがって、それらの努力のなかでもっともみごとな、またもっとも力強い努力でさえ、キリスト教の補佐を絶対に必要とするのであり、そうでないと永遠という果実を実らせることができない。そしてキリスト教の助けがないうちは、たとえ長らく充実した外見を保っていたところで、それらの努力のすえに、人類のなかに〈空虚〉が深く掘られていかざるをえない。そしてその〈空虚〉のなかから、唯一の〈充実〉を願う叫びが立ちのぼることとなる。そして人類は、みずからの隷従をいっそう強く見せつけられることとなる。そして人類は、その隷従の底から、おのれの〈解放者〉に向けて両腕を差し上げることだろう」。

 この一文を読むと、ド・リュバックが非キリスト教文化に一応の理解を見せようとしているのが理解できる。だがぼくのような非キリスト教徒から見ると、その一応の理解そのものに、善良な野蛮人を上から見下ろす優越者の態度が目について仕方ない。ロマン・ロランもまた、ド・リュバックのそうした態度に気がついてはいるのだが、ぼくほど過敏な反応を示してはいない。人は自分の育った精神風土に、想像以上に強力に影響されるもののようだ。

 (成蹊大学名誉教授・仏文学)