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昨年の九月、ブルゴーニュの小さな村ブレーヴにあるロランのお墓を訪ねました。
彼を紹介する本で、死後パンテオンで眠るという名誉より生まれ故郷の名もない墓地を選んだ、と書かれているのを読んだときから、いつかそこを訪ねてみたいと思っていました。
特に手入れされるでもない村はずれの共同墓地に、ROMAIN ROLLAND ET SA FEMME
MARIEと記さ れただけの長方形の墓石が横たわっていました。墓石を包むような緑の茂みのほかには、余分なものはなにもないお墓でした。
私がロランと出会ったのは二十代のとき、宮本百合子を通してでした。「アンネットの裡には、不羈な自由精神があって」ということばにひかれてです。これは一九二七年、『婦人公論』に「私の好きな小説の主人公」というテーマで書かれた短い文章です。百合子がロランに強く関心を寄せていたことは他の評論の中でもロランのことを「自分の遭遇した時代の種々さまざまな矛盾を、もっとも偽りない心で悩みつつ頑強に人類の幸福とより合理的な社会を求める熱誠を棄てなかった人」などの賛辞でひきあいに出していることでもわかりますが、「魅
せられたる魂」は翻訳が出版されるのを待って読んでいたようです。その時点では一・二部までを読んだだけだったのですが、「アンネットは自分の心がどのような生活を欲しているかをはっきり自覚し、そのために境遇の膳立てに逆らってでも、自己の生活方向、方法、内容を自力で決定しようとする女性なのです。」と紹介していま
す。
で、さっそく買ってきた「魅せられたる魂」でしたが、そのころの私は身辺の自由を求めてがむしゃらな生活に明け暮れていたものですから、アンネットは気にかかる存在だったのですが、ほとんど本棚の中にありました。
それからずいぶん長い時間がたって、自分の悪戦苦闘ぶりを振り返ることができるようになってきたころから、やっと私は彼女に近づき、親しくなり、いつかその声が自分の心に響いているような感じになりました。
あるとき、ヨーロッパの鉄道時刻表をめくっていて Vézelay の駅の名を見つけたときの嬉しかったこと。そしてその後、二度、三度と訪ねるたびに親しみを増すブルゴーニュです。
ブレーヴへは、ロマンの生地のクラムシーと晩年を過したヴュズレーを結ぶ道路を途中で南へ折れて行くのですが、車がなければちょっと難しい場所です。訪ねたのは秋晴れの月曜日の午後、タクシーを頼みました。案内を乞うつもりだった役所は閉まっていて(週に数日しか開いていないそうです)、その先は、親切な女性の運転手さんと二人、探し、探し行きますと、とうとう見つけ
た小さな標識の先に、確かに墓地はありました。
残念ながら私はロマン・ロラン全集を持っておりませんので図書館へ参ります。ロランの棚の前に立つと、高くて深いものをなにも掴めないまま暮らしている自分のことが恥ずかしいような……でもそんなとき第五巻のコラ・ブルニョンに目をやって、私はこれでもいいんだと励まされたり……です。今はロランの書いたものを手にするとき、なにか清列な幸福感みたいなもので身体が満たされるように思います。
(賛助会員)
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