2005年4月度MCTツーリングレポート

2005年04月23日 第1版公開

日時

4月17日(日)

目的地

栃木県 大越路峠〜佐野ラーメン?

天候

晴れ!\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

  

一週間前からチェックしている週間予報、ツーリング当日に関しては雨の心配が全く無い予報ばかりなので楽観視していたら、前日の土曜日に少しだけだけど雨が降った。少しだけ不安になりながらも「ま、大丈夫だろう!」と、今回レインウェアは持っていかないことにする。これが無いだけでタンクバックの重量がグッと軽くなる。

AM4:00、5回セットした携帯アラームの最初の1回目が鳴り始めると同時に目を覚ました。この日は My Wife は起きてこないが、前夜が遅かったみたいなのでそのまま寝かせておいてあげる。新聞を取りがてら外をチェックすると、わずかながら星が瞬いている。少し雲がかかってはいるようだが大丈夫そうだ。念のため i-mode と YAHOO!の天気情報でもチェックするが、東京も目的地の栃木も「晴れ!」の予報しかない。問題なさそうだ。この日の予想最高気温は東京で21℃、栃木では24℃だ。暑くなりそうだ。

この頃は夜明けが早く、AM5:30過ぎで既に明るい トースト2枚の軽めの朝食をとり、新聞で主要な情報をチェックする。ゆっくり新聞を読んでいるといつの間にか時間が経っており、慌てて用足しと身支度を調える。
実は今回もウェアの選定に迷っていた。前月の様な悩みではないが、日中は間違いなく暑くなるので春秋用ジャケットに長袖シャツのみで行こうと思っていたが、その格好で外に出てみると少々ヒンヤリしている。ただ立っているだけでそんなだから、バイクに乗って風を受けると間違いなく寒くなってしまうだろう。少々迷ったが「暑かったら脱げばいいんだ」とセーターを一枚着込んでいくことにする。まだ寝ている My Wife に「行ってきます」と声を掛けてから外に出る。

KATANA のエンジンをスタートさせようとセルを回す。キュルッルッ、キュルッルッ、キュルッルッ。あ、あれぇ?エンジンが掛からないぞ!や、ヤバい!どうしよう!!まさか、こんな時にバッテリーがあがったのかぁ?
もう一度トライ。状況変わらず。一旦スイッチを切った後さらにもう一度トライ。状況変わらず。うーーん、どうしたものか?10秒ほどおいてから再トライ。セルの回る感触は変わらないが、今度はマフラーから少しだけだけどズボッ、ズボッと音がしだす。その後の何回かトライするも意外とバッテリーがあがってしまいそうな感じはなく、セルの回る感触はあまり変わらない。加えてよくよく観察すると、セルは回っているもののエンジンがクランキングしていない感じだ。これは、もしかして........?

ハッキリしたことはわからないのだが、これはバッテリーの問題ではなく、外気温とエンジンオイルの粘度が問題では?と思うようになった。この日の最低気温は約9℃。実は、今月初頭に車検とともに整備をお願いした際に、エンジンオイルも交換時期だったために一緒に交換してもらっていたのだ。その際、O川氏の「(3月から4月にかけてかなり暖かいし、)これから夏に向かっていくんだから、20W-50(硬めのオイル)だけでも大丈夫だと思いますよ」との提言を素直に聞き入れて、それまでなら 10W-40 と 20W-50 のブレンドするか単独で 10W-40 としていたものを、初めて通年を通して 20W-50 オンリーとしていたのだ。もしそうだとしたら、とにかくオイルの粘度を振り切ってクランクが回り始めてくれさえすればなんとかなるかもしれない。バッテリーが保つうちにエンジンよ、掛かってくれ〜!

必死の思いが通じたのか、5分後にようやくエンジンが掛かってくれた。ホッと一安心。エンジンオイルが硬いせいか暖気運転もエンジン回転が上がっていかないが、なんとか走れるだけの暖気ができた。一連の状況・症状から、私はエンジンオイル&気温犯人説を信じている。今後エンジンオイルを換える時は、どんなに勧められても20W-50 だけにするのはよそう。....(^^;

早めに暖気を始めようとしていたことが幸いし、、AM5:45には家を後にすることができた。

  

集合場所の Motor Cycle Shop Kiyomiya にはAM5:50に到着する。まだM.I 原氏、M木氏、O川氏しかいなかったので今回は4番手到着だ。ふと携帯を見ると、参加を予定しているY田氏から着信があった。伝言メモが残っているので聞いてみると、体調を崩したのでドタキャンします、という。仕事の都合で、クラブ員でありながら普段滅多に参加できないY田氏が今回は行けると聞いていたのでとても残念だ。

加えて同じく参加予定のO智氏も参加できなくなってしまった、という。こちらはバッテリーあがりで、ウンともスンともいってくれないらしい。最近のバイクはヘタに押し掛けすると余計なところが壊れてしまう可能性があるとかで、押し掛けもトライできないそうだ。

参加メンバー紹介

 

参加者

愛車

備考

O川氏 RF900R 今回のメイン幹事
M.I 原氏 SV400S  
U海氏 YZF-R1 GSX1300R ハヤブサから乗換
途中合流
  H詰氏 ZEPHYR750 改  
  N.T田氏 CB1300SF SPECIAL  
  N.T中氏 VRX Roadstar  
  T島氏 VTR 2004年3月以来の参加
RZ250 は改造中・途中合流
  M木氏 FORZA  
  O村女史 CAGIVA  RAPTOR 途中合流
  K井女史 CB400SF-HVS III 2004年10月以来の参加
  N野氏 ZEPHYR750 初参加
  H.I 藤氏 GSX-R1100 Tオートの社員さん
S枝 GSX1100S KATANA

以上の13名だ(*印はMCTクラブ員)。体調不良や車体トラブルで2名の方が参加できなくなってしまったのは残念だ。

途中合流の人が3人いるので、この地に集合する人は計10人

O智氏が徒歩でやって来た。車体トラブルで参加できなくなったことを詫びつつ、メンバーを見送るために来てくれたのだ。最近の密閉式MFバッテリーは突然逝ってしまうので、前兆を見極めるのが難しい。前兆という意味では KATANA が積む開放型バッテリーの方が感じ取りやすい。それにしてもバッテリートラブルか!と焦った私が大丈夫で、O智氏もトラブっているとは思わなかった。

バッテリーあがりのためにやむなく参加できなくなってしまったO智氏。参加はできないが見送りに来てくれた

AM6:05になってもH.I 藤氏が来ない。しかしO川氏は「H.I 藤氏なら放っといていいから」と朝ミーティングを始める。朝ミーティングが終わってからようやくH.I 藤氏がやって来た。H.I 藤氏がバイクを降りる余裕を与えるまもなく、隊列はスタートする。AM6:10、O智氏のお見送りを受けながら Motor Cycle Shop Kiyomiya 前を出発する。今回私は隊列の中程に位置するようにする。

今回のルートは次のように予定している。

行き]Kiyomiya →(市道)→ 都道36号 → 埼玉県道36号 → 市場坂通り →(都県境の道)→(外
    環道の側道)→ R298東京外かく環状道路 →(川口市)→ R122 →(岩槻市)→ R16
    →〈八丁目東〉交差点 → 埼玉県道320号 →〈立野西〉交差点 → R4新4号バイパス
    (総和町)→(小山市)→〈下蒲生〉交差点 → R352壬生通(日光西街道)R293日光
    例幣使街道 →〈大門宿〉交差点 → 栃木県道15号 → 栃木県道32号 →〔大越路峠〕→
    293 →〈上町西〉交差点 → 栃木県道16号 → 道の駅【どまんなかたぬま】(昼食予定地) 

帰り道の駅【どまんなかたぬま】→ 栃木県道16号 → 栃木県道270号 → 栃木県道7号 →〈緑
    町〉交差点 → R354 →(邑楽町)→〈高林〉交差点 → R407妻沼バイパR140彩甲
    斐街道熊谷東松山道路(有料) → 埼玉県道47号 → 関越道・東松山 IC → 関越自動
    車道(有料) → 関越道・所沢 IC → R463浦和所沢バイパス →(市道)→ Kiyomiya

  

裏道からひばりヶ丘駅脇を抜けて埼玉県道36号へ。淡々と進み【市場坂通り】と都県境の道を経由して外環道の側道に出る。次の信号の所でU海氏、T島氏、O村女史が走りながら途中合流する。U海氏は後ろに、T島氏とO村女史は前に合流したようだ。ふと2台前を見ると見慣れないバイクが。今回 VTR の参加者なんていたっけなぁ?と思っていたら、いつもは RZ 乗りのT島氏だった。

後で休憩した時にT島氏に聞いたら、仕事先でひょんなことから手に入りそうだったので買っちゃった、とのこと。これでT島氏宅にはいったい何台のバイクがあるのだろう?自分のや奥さんのもいっぱいあり、部品取り車も含めると7〜8台くらいだろうか? なんせ「バイクを置くために一軒家を買った」ということらしいから、持っている台数はハンパではない。....(^^;

  

外環道の側道は、埼玉県道88号などを経由しながらR298【東京外かく環状道路】になる。ツーリングでもよく使うこの外環道の下道は、オービスが所々あるものの流れるペースは速い。80〜90 km/h で走っているバイクの隊列を、クルマ達は 100〜120 km/h くらいで抜いていく。他の単独走行バイクにも抜かれていく。自分も一人ならトバしていったかもしれないが、マスツーリングでそんなことをするわけにもいかない。それに80〜90 km/h で走れるならそこそこ速いし、それだけでも十分速度違反だ。

しばらく走って川口市になったあたりで、突然前方に警察官が大勢いるのが見えた。スピード取り締まりだ!その時隊列は 90 km/h くらいで走っていたが、クルマ達の後ろに付いていたこともあり、減速もせずに取り締まりを通過していく。警察官も何台もの隊列で走っているバイクを停めるのは危険だからか、停車を命じる素振りさえ見せなかった。隊列の先頭を走っていたO川氏も警官を見て相当焦ったらしいが、単独走行ではないこととクルマ達の後ろを走っていたこともあり「どうにかなるだろう」と思ったそうだ。

取り締まりを通過しながらふと横を見ると、先ほど私らの隊列を追い抜いていったスーパースポーツ系単独走行バイクが捕まっていた。やっぱり単独走行で飛ばすのは危ないのだ。

  

信号待ち中の隊列。M.I 原氏撮影 外環道の川口JCTの所で下道もR122と交差する。これを左折して、今度は東北道の側道であるR122に入っていく。R122は、東北道の防風壁のために日が当たらなくて路面が乾いていないところが多い。突然水しぶきを上げる前走車。せっかく拭いてきたヘルメットのシールドに水滴が付いてしまった。

信号待ちの時、M.I 原氏がデジカメを取り出して隊列を撮影している。ここではその画像を利用させていただいた。それまでのペースが速かったのでテンションが高いからか、はたまたまだ朝早いからか、みな元気だ。気温はまだ低いが。

岩槻まで来るとR16が姿を現す。信号の関係で、私の前で隊列が寸断された。信号待ちの際にR16の車の流れを見ているととても速い。こりゃなかなか追いつかないかな、と思いながら青信号とともに右折してR16へ。同時にスロットルをワイドオープン!100〜120 km/h くらいで追いかけていく。途中、そんなバイクの隊列をさらに上回るスピードで追い抜いていくクルマが。黒のソアラ(最終型)だ。バイクでもしないような抜かし方でトラックや他のクルマ達の間を縫って走って行く。こんなクルマと張り合ってもしょうがないので、ソアラには先に行ってもらう。

時折U海氏が迫ってきたり抜かしていったり、はたまたなかなか追いついてこなかったり、と節度のない走り方をしている。速いバイクに乗っているから、わざと車間を開けてからスロットルワイドオープンを楽しんでいるのかもしれないが、ちょっと節度がないよなぁ。

トバした甲斐あって?R4【日光街道】を越えたあたりの赤信号でM.I 原氏に追いついた。その先には前走車たちもいる。青信号とともにスタートして完全に隊列に復帰できた。そしてまもなくR4【新4号パイパス】を迎える。

R4【新4号バイパス】もハイスピードな道だ。天気もいい。気分よく走っていける。しかし景色の変化が乏しいので、地図をよく見ていないと今どこを走っているのかすぐにわからなくなってしまう。時たま遅いクルマに引っ掛かるが、信号待ちの際に前に出れば前はだいたいクリアだ。

このころから、私の3台前を走るN野氏の走りが気になった。隊列は千鳥で走っているのだが、右側にいたかと思うと左側にチェンジし、しばらくそのまま走った後にまた右側に、と意味もなく走行位置を変えていたのだ。その度にN野氏のすぐ後ろを走るO村女史がN野氏の反対側に移動している。千鳥走行では、自分の前のバイクが右にいたら自分は左に、左にいたら自分は右に、と交互に走るのが基本だ。O村女史は基本に忠実にその都度移動していたが、「何でこっちに寄ってくるのよ」とでも思っていただろうか?? 少なくとも私は気になった。今回N野氏は初参加なので特に何も言わなかったが、次回参加してくれることがあったら注意することにしよう。

  

隊列はどんどん進み、新利根川橋もあっさり通過する。時計を見るとAM7:30になろうとしていた。もうそろそろ朝ご飯タイムかな、と思える頃だ。R4【新4号バイパス】ではコンビニは数えるほどしかない。1つ逃すと次のコンビニがなかなか現れないのだ。R125も越えてまもなく県境、というところでようやくコンビニが出現した。間違いなくここで朝食タイムだろう。AM7:35、セブンイレブン【三和4号バイパス店】に到着する。

R4【新4号バイパス】での数少ないコンビニ。駐車場は広い メットを脱いで一息つき、途中合流の人達と改めて朝の挨拶を交わす。
青空が気持ちいいが、まだこの頃は空気が冷えている。まだここでは着込んでいるセーターを脱げないな。でも改めて、セーター着てきてよかった、ヨカッタ。
U海氏の新車・2005年式 YZF-R1 を囲んで O村女史の CAGIVA RAPTOR に跨るH詰氏。H詰氏が跨ると 1,000cc のバイクがまるで 125cc のようだ

すぐに出発するかと思いきや、なかなか号令が掛からない。速く走れる道だからという算段があるからか、ゆっくり目の休憩となった。「そろそろ行きますよ」の号令がかかったのはAM8:15を過ぎていた。やれやれ、やっと走れるか、と準備してO川氏がスタートするのを待っていると、O川氏がおもむろにM木氏のバイクのリアタイヤを覗き込んでいる。タイヤが異常に凹んでいたためで、手で押すと簡単に押せてしまう。よく見ると大きな異物が刺さっているではないか!こりゃ完全なパンクだ。さてどうしたものか?

どうしようにも、今いるコンビニでは何も対処できない。とりあえず最初に現れるGSで直せるか聞いてみることにすると決断し、AM8:20にコンビニをあとにする。

  

再びR4【新4号バイパス】にバイクを投じる。しかし今度はM木氏のタイヤを気遣ってあまりハイペースでは走って行かないように気をつけるが、やっぱりスロットルは自然と開いていってしまう。....(^^;  M木氏はヒヤヒヤだったかもしれないな。5分後、現れたGSで聞いてみるが、パンク修理はできない、とのつれない返事。仕方がないので、エアを目一杯入れておくだけの応急中の応急処置で済ましてすぐスタートする。

とりあえず当面の不安は解消?したので、当然のようにペースが上がる。刺さっている異物が抜けない限りは、半日くらいは何とか保つだろう。

すぐに栃木県に突入するが、相変わらずハイペースなままだ。何箇所かあるオービスも気にせず?通過していく。景色の変化に乏しいまま、R352に向かう側道が現れた。〔下蒲生〕交差点を左折してR352がスタートする。

R352【壬生通(日光西街道)】に入ると景色の変化が楽しめる。最初の頃はのどかな田園風景が広がっていたが、走り進むにつれて普通の街並みになっていく。さすがにR4ほどハイペースではないものの、ワリといい速度で進んでいける。

  

栃木県道2号との交差点〔壬生バイパス北〕で、私の前を走るM.I 原氏以降が信号で寸断された。先行車はどんどん小さくなっていく。まぁ、このペースで走って行ければすぐ追いつくだろう、と考えていたのだが、甘かった。

青信号とともにスタートするが、信号が変わる直前に右から右折してきたとっても遅いクルマに前を阻まれてしまった。その遅さときたら、50 km/h 制限の道を 50 km/h キッカリにしか走ってくれないのだ。加えてそのクルマと隊列の間にもう1台クルマが挟まっているために、むやみに追い越しを掛けるわけにもいかない。「こうしている間にも先行車達はどんどん前に行っているだろうな」との苛立ちばかり募り、わりかし開いている路肩から抜かしていきたい衝動に駆られる。しかし私の前を走るM.I 原氏は一向に抜かしていこうとはしない。「左から抜かしていこうよ〜!」と後ろで左右にバイクを振ってアピールしても、M.I 原氏はいたって“安全運転”を貫いている。

そんな中、私が左にバイクを振ってすぐ右に戻ろうとした時に、何を思ったのかU海氏が私のすぐ右にまで並んで来ていた。危ない!もうちょっと右に戻っていたら、ひょっとしてぶつかっていたかもしれない。それより少し前から、私が左右に車体を振って走っているのを後方で見ているのだから、左に降った後に右に戻ってくるのは十分予想できるはずだ。にもかかわらずむやみに並びかけてくるとは........。

2台前を走る遅いクルマはまだ前を塞いだままだ。さすがにすぐ前を走るクルマの人もイラついているようだ。遅いクルマを抜かすタイミングを計っている動きをしている。こういう時は、その後ろから抜かしていくのは得策ではない。すぐ前のクルマはそのまた前の遅いクルマしか見ていないから、後ろにいるバイクの隊列の動きまで見きれていない。視界に入っていないのだ。そんなときに無理に抜いていくと、クルマの余計な動きに巻き込まれて事故にならないとも限らない。ここはおとなしく、前のクルマが遅いクルマを抜かしていくのをジッと待つしかない。

  

長めの直線路になったところで、すぐ前のクルマが遅いクルマを抜かしにかかっていく。すぐ前のクルマはワンボックスのパワーのないクルマのためか、右車線に移ってから遅いクルマを完全に抜かすまでかなりの時間を要していた。遅いクルマは抜かされている最中も抜かされてからもズ〜ッと 50 km/h を死守?している。抜かしていったクルマが遥か遠くに行っても、M.I 原氏は動こうとしない。これにはさすがに私がしびれを切らしてしまった。遅いクルマが左の脇道に入ろうと左折し始めたところでスロットルをワイドオープン!M.I 原氏を抜いて前に出る。

勢いよく前に出たはいいが、後ろがなかなかついてこない。加えて前走車は全く見えない。遥か彼方だ。次に曲がるポイントはR293と合流した後に栃木県道15号へと左折することがわかっている。通常、隊列は右左折するポイントで後続がわからないといけないから、と右左折ポイントの手前で停車しているようにしている。ならば前走車達は栃木県道15号に曲がるポイントで停車して待っているに違いない。そう思い込みツーリングマップルを見ると、よりペースが速く走れそうなR293にすぐ出られそうな栃木県道3号があるではないか。よし、ここは追いつくためにショートカットしてしまおう。急遽栃木県道3号へと左折する。しかし、これがさらに前走車と合流するのを遅らせる原因になろうとは、この時は思いもしていなかった

栃木県道3号からR293【日光例幣使街道】に出て北上し、スピードをアップさせていく。まもなくR352が右後ろから接続してくる〔追分〕交差点を通過。この時、一抹の不安を感じたからか、R352の方を見遣りながら通過していく。見遣れたのは一瞬だったが、R352の方にはバイクの隊列は見つけられなかった。

さぁ追いつかにゃ!とペースアップするが、すぐに〔大門宿〕交差点に到達する。ここで赤信号で停まり、「栃木県道15号は左折!」の案内が出ていた。前をいくM.I 原氏は栃木県道15号の案内が目に入らなかったのか、ウインカーを出す気配がない。ホーンを鳴らして後ろから「左折だよ」と教える。それにしても左折するポイントで誰もいないのが気になった。曲がるポイントでは誰かしら待っているはずだが........? そんな不安を増長したのがU海氏のひと言。「さっき左折したところ(栃木県道3号)は直進だったんじゃない?」 う〜ん、なんかそんな気がしてきたぞ。とりあえず信号が青になったのでスタートし栃木県道15号へ左折していく。

  

左折後しばらく栃木県道15号は直線道路だ。けっこう先まで見渡せる。しかし先行車達の影も形も見えない。これはやはりU海氏の言うとおりで、先行車達を抜いてきてしまった可能性が大きい。信号を一つ越えたところで左に寄せて停める。携帯を見るとT島氏から5分前に着信があった。伝言メモも残っている。伝言に入っていたのはO川氏の声だった。

O川氏 「もしも〜し。ど〜こ行っちゃったでしょうねー。待ってますー。T島氏の携帯に電話くださ〜い」

聞いてすぐT島氏の携帯に電話すると、O川氏は私らを捜しに戻っていった、とのこと。もっとよく聞くと、先行車達はR293沿いで停まっている、という。R293にバイクはいなかったよなぁ?と怪訝に思いT島氏にもう一度確認する。

「今R293にいるの?間違いない?」
T島氏 「R293沿いで停まってますよ。」
「R352からR293に合流したんだね?間違いないね?」
T島氏 「R293です」
「何か近くに目印になるようなものある?」
T島氏 「いや〜、なんにもないですね」
「R293にいるんなら、栃木県道15号に左折するポイントがあったはずだけど、知ってる?」
T島氏 「わかりません。そんなところ無かったと思いますけど」
「R352からR293に合流したんなら、信号3個目あたりに栃木県道15号があるんだけど」
T島氏 「あ、じゃあ過ぎてしまったかもしれませんね」

とにかくT島氏らはR293沿いで停まっているのは間違いない、という。ならば曲がるポイントを見落として先に行っている可能性が大きい。そう思い、「じゃそのままそこにいてください。私の方がそちらを探しに行きますから」とT島氏に伝えて電話を切った。うまくすれば、戻ってきている“はず”のO川氏と行き会うかもしれない。今私の側にいるメンバーにはそのままそこで待っていてもらうことにし、私一人で“先行車達”を探しにUターンしていく。この時点でAM9:20になろうとしていた。

  

〔大門宿〕交差点を左折してR293をさらに北上していく私。しかしすぐに大きな遅いトラックに前を塞がれてしまう。トラックとは少し距離を置き、“R293沿いに停まっているはず”の先行車達を見落とさないよう注意深く走って行く。しかし一向に姿を現す気配がない。そうこうしているうちに交差点でR293は右折していき、直進はR121と変わってしまった。さすがにこんなところまで来てやしないだろう、と思い、Uターンして一旦停車。もう一度T島氏に電話してみようとメットを脱いで携帯を取り出したところ、ちょうどT島氏から着信して私の伝言メッセージが応答しているところだった。慌てて電話に出ると、T島氏が申し訳なさそうに言った。

T島氏 「すいません、R293じゃなくて、まだR352でした」
「え?まだR352だったの? それで今どこに?」
T島氏 「ちょうど上を東北道が走っている所です。今O川氏も戻ってきました」

なんだ、全然手前じゃないか!先行車達はまだR293に入ってもいなかったのだ。それじゃあ私がいくら北上しても巡り会うわけないよなぁ。



「わかりました。じゃ私もすぐ戻ります。そちらはR293に入ったら、曲がるのは3つ目くらいの信号 
 ですから」
T島氏 「わかりました」

さ、そうとわかったら急いで戻らねば。地図で見ると“先行車達”の方が栃木県道15号に近いように見える。私の方が後に着くようだろうなぁ、などと考えながらできるだけ飛ばして走る。

再び〔大門宿〕交差点から栃木県道15号に入り、メンバーのもとへ急ぐ。遠くに見えてきたバイク達。しかし台数が少ない。おや?........「(先行車達は)まだ来てないよ」 おっかしいなぁ。絶対“先行車達”の方が早く着くと思ったのに。それからもなかなかやってこない。私が戻ってから5分くらいが経過しようとしていたその時、ようやく遠くの方にバイクのヘッドライトが見え始めてきた。

O川氏を先頭に“先行車達”が到着する。すれ違いざま手を合わせて「スマン!」と謝る私。ようやくここで再合流できた。すぐさまメットを被って早速スタートする。この時点でAM9:50になっていた。

  

栃木県道15号はのどかな道だ。特に特徴があるわけではないが、どこかノンビリとした田舎のメインストリート、といった趣だ。淡々と走って行くと栃木県道32号の案内が出てくる。さぁ、本日数少ないタイヤの端を使えそうな道、大越路峠に向けて........って、おい!峠なんかないじゃないか! 栃木県道32号に入った途端に道幅が広くなり、トンネルを通過したと思ったらもう栃木県道199号が右から接続してくる地点まで来ていた。おーーい、どこに峠道があるんだよーー!!

心の叫びもむなしく、隊列は“広い普通の道”栃木県道32号を進んでいく。淡々と走っていくと再びR293【日光例幣使街道】に突き当たる。今度はこれを右折し、佐野市方面へと進んでいく。

それにしても、このまま進んだらえらい早い時間に佐野市内に入ってしまう。この時点でまだAM10:15なのだ。そのまま行くとAM10:45頃には昼食予定地である道の駅【どまんなかたぬま】に着いてしまう。いくらなんでも、まだ昼食には早すぎる。なのでどこか途中で休憩を入れるのでは........?と思っていたら、O川氏がコンビニに向けてウインカーを出している。とりあえずここで“時間調整休憩”だ。AM10:25、セーブオン【葛生北店】に到着。

「写真を撮るよ」というと、必ず一人はこうやって後ろでちょっかい出す人がいるんだよね....(^^; 「峠って、どこいっちゃったの?」バイクを降りた面々が口々に呟いている。やはり先ほどのトンネルは拍子抜けで、今回唯一の峠だったのに!と残念がるメンバー諸氏。ツーリングマップルではトンネルの表記が無く、「峠には見晴台がある」と書かれていたので、その見晴台で休憩し景色を見るのを楽しみにしていたのだ。持っているツーリングマップルが 2003 年4月版なのでもう古いのか?(^^; 時間が早いせいもあるが、まだまだみんな走り足りないくらい元気いっぱいだ

N.T中氏などが、「栃木県道32号に入る手前にもう一つ道ありましたね」と言っている。私は全く気づかなかったが、どうやらそれが今まであった道(栃木県道32号の旧道)らしかった。そっちに行けばよかったのか?とも思ったが、その道を見た人は「荒れてましたね」とも言っている。新たにトンネルが開通し広い道となったことでほとんどの車両が新しい道を通行するようになり、旧道を通る車両がほとんどいなくなってしまったのだろう。通るクルマがいなければ道は簡単に荒れてしまう。

なお、この頃でもまだ着込んでいるセーターを脱ぐまでには至らなかった。青空で気温も上がってきているのだが、まだ「暑い!」というほどでもない。「ちょっと暖かくなってきたかな?」という程度だ。まぁ、さすがに昼食でラーメン食べる時には脱がないと暑いだろうけど。....(^^;

時間調整の休憩も、長すぎると飽きてくるものだ。やっぱりバイク乗りはバイクに乗ってナンボなのかなぁ?....f^^;
「そろそろ行かない?」とO川氏を促し、AM10:55にコンビニをあとにする。それでも30分は休憩した形だ。

  

再びR293【日光例幣使街道】を南下していく。ハイペースで進んでいくとすぐに栃木県道16号が姿を現す。これを左折して少し走ると、もう昼食予定地である道の駅【どまんなかたぬま】が見えてきた。先ほどのコンビニ休憩地からまだ20分しか走っていない。AM11:15、道の駅【どまんなかたぬま】に到着する。

道の駅の駐車場が満杯で停まれないため、やむなくその脇の歩道上に停めた 駐車場に入っていくものの、クルマが満杯でバイクすら停めるスペースが無い。仕方がないので駐車場から出て、道の駅の脇の道路沿いに停めておくことにした。それにしても、けっこう収容台数がありそうな駐車場なのに満杯だなんて、この道の駅はそんなに人気がある所なんだろうか? 建物周辺もそんなに混み合っているようには見えないのだが........?? 来ている人はどこへ?? 買ったばかりの VTR のメットホルダーがどうなっているのかわからないT島氏を囲んでメンバーが集まっている
常連・O村女史(左)とK井女史。つい先日発覚したことだが、K井女史はO川氏の次男が通っていた幼稚園の先生のお母さんだそうだ。この4月からO川氏の長女が同じ幼稚園に入園したので、この関係もあと3年続くことに 建物の中に入っていって、駐車場が混んでいるわけが何となくわかった。この日道の駅の建物内で、地元産業か何かの展示会みたいなものが開催されていたのだ。駐車場が混んでいたのはそのためだったのだ。展示会ばかりに人が集まっており、食堂の方はガラガラだ。私らの目的は展示会ではなく食事なので、迷わず食堂の方へ入っていく。

メニューでは特に「佐野ラーメン」とは謳っていないが、メニュー写真の感じでは佐野ラーメンなのだろう、迷わずラーメン系を選ぶ。私はチャーシューメンにした。

スープはあっさり系で麺は少し平べったい感じ(平打ち麺ほど平べったくない)だ。こってり系が好きな私であったが、あっさり系スープとチャーシューのバランスが良く、おいしくいただいた。

ラーメン系を食べると暑くなるもの。さすがにこの時には着込んでいるセーターを脱いだ。脱いだセーターをしまうためだけに空けておいたタンクバックのスペースに詰め込む。もうこの日はセーターのお世話になることはないだろう。

食事を食べ終わると、ラーメンなどのおみやげを買っている人もいる。その人達が戻ってくるのを待って集合写真を撮る。うまい具合に看板前のスペースが空いてくれた。

道の駅【どまんなかたぬま】の看板前にて。この日は雨の心配が全く無く、気持ちのいい青空が広がっている

この後どうするか?食事を終えたこの時点でまだPM0:00過ぎだ。このまま帰路に就いては帰り着くのが早すぎる。N.T中氏の薦めもあり、予定を変更してここから20分くらいで行ける【みかも山公園】という所に寄り道することにする。PM0:15、道の駅【どまんなかたぬま】をあとにする。

  

栃木県営【みかも山公園】駐車場上段部のエンド。この先から公園が始まる 栃木県道16号を南下しR50【佐野バイパス】へ。これを左折で東進し、東北道をくぐるとすぐに【みかも山公園】の駐車場入口が姿を現す。駐車場は二段になっており、バイクは奥の上の段に通される。ここでしばらく休憩だ。PM0:35、【栃木県営みかも山公園】に到着する。

「PM1:00までに戻ってきてくださいね」 O川氏がみんなに伝達している。思ったより時間がないな。

すぐ近くに公園の案内図がある。どれどれ........?公園内を歩いて回ろうとすると、軽く1時間以上はかかってしまいそうだ。なので今回はパス。ゴロッと横になれるスペースもなさそうなので、仕方なく入口脇にある売店でアイスを買い、そのまた脇で食べるのみとした。この後の睡魔との闘いに備えて少しは眠りたかったが、ここではそれができなかった。

ここで自宅に電話を入れてみるが留守電になっている。My Wife と娘はどこかに出掛けているようだ。My Wife の携帯に電話すると、近くのスーパーで買い物中だったらしい。あまり長話はできなかったが電話に出たがる娘と話ができて、こっちも気持ちをリフレッシュできた。

駐車場上段部に咲く桜。一番の見頃を過ぎた頃だろうが、まだしっかり楽しめた
【みかも山公園】の案内図。全部回ろうと思うと1時間以上かかりそうなので今回はパス O村女史とM.I 原氏の密会??現場。二人ともバイクの話が大好きなので会話も弾んだことだろう
H.I 藤氏(左)とH詰氏(右)。こちらの二人はバイクをイジるのが大好きなので、会話も当然?そっち方面ばかり 駐車場脇にある休憩スペース。まったっくバイク乗りは、どこでも寝っ転がるんだから....(^^;

M木氏のリアタイヤの様子をうかがう。気持ちエアが抜けているようだが、まだまだ走行は十分可能なくらい空気圧がある。ひとまず安心する。しかしよく考えると、朝方に抜けていた時にエアを充填してから約5時間経過してまだあまり抜けていない。ということは、朝方ペコペコまで抜けていた時点ではかなりの時間が経っていたことになる。ひょっとすると前日には既に異物が刺さっていたのかもしれない。

PM1:00になると、散っていたメンバーがぞろぞろと集まってきた。O川氏から「出て最初にあるGSで給油&M木氏のパンク修理をします」と話があった。次のGSでもパンク修理をしてくれるかわからなかったが、用意のいい長距離ライダー・M.I 原氏がパンク修理セットを持っていたので、スタンドでエアさえ借りれれば修理可能だ。身支度を調え、PM1:10に【みかも山公園】をあとにする。

  

R50に右折で出るとすぐ左にGSがある。早速ここにすべり込んだので、スタートから所要時間わずか1分だ。

M木氏のリアタイヤ・パンク修理痕。M木氏はM.I 原氏に感謝だろう 全車給油後、M木氏のパンク修理が完了するのを待つ。チューブレスのパンク修理は、修理セットさえあれば本当に楽だ。

それにしても最近のGSはどこもパンク修理していないのだろうか?それともパンク修理できる技術(“技術”と言うほど難しいこともないのだが........)が無いのだろうか?

給油を終え、スタンドの脇でM木氏のパンク修理が終わるのを待つメンバー達

O川氏の手によってあっという間に修理は完了だ。さぁエアを入れて........って、エアチェッカーの口金がバルブの口に合わない。クルマ用のエアチェッカーだと長い鋼製の柄になっていて、狭いバイクのタイヤホイールにはうまくあてがえないのだ。スタンドの人に頼んで別のを用意してもらい、無事エアの注入を完了できた。PM1:30、最小限のロスタイムでGSをあとにできた。

  

GSを出てしばらくはR50を西に走る。予定とルートが変わっているので、どこでR354に出るのかと思いながら走っていると、突然隊列が左折していく。はじめはどこを通っているのかツーリングマップルで追えなかったが、あとからその道は栃木県道148号だったことがわかった。その道を経由して一旦R122に出てさらに西に進み、栃木県道152号で再び南へ。そして〔篠塚〕交差点を右折してようやくR354に出た。

このころ、私は睡魔に襲われつつあった。負けてしまうことはないものの、先ほどの【みかも山公園】でまったく横になれなかったのが今になって睡魔として現れているのだ。ほんの5分でもいいから、どこかで横になっていればよかったな。

睡魔と闘うため、信号待ちの時に斜め後ろにいたH詰氏にジェスチャーで「バイクチェンジしない?」と持ちかけるが、H詰氏は背中と肩に痛みがあり、KATANA の前傾姿勢に耐えられないという。N.T田氏にも持ちかけるが、こちらは KATANA に乗る自信そのものが無い、という。チェンジしても平気なO川氏は遥か前だ。仕方ない。今回は自力で睡魔を追っ払う努力をしよう。....(^^;

R354はわりかしあっという間に通過してしまい、あまり印象に残っていない。〔高林〕交差点を左折してR407【妻沼バイパス】に入っていく。すぐにある〔刀水橋〕を渡るともう埼玉県だ。こんな調子で走って行くと、とても早い時間に帰り着いてしまうのではないだろうか? まして今回は高速も利用する。前月と正反対に、“距離のワリにえらく早く帰るツーリング”になりそうな予感がこの時点からしていた。

 

私・S枝 N野氏(右)、H詰氏(左) R407を走って行くと2本のR17を越えることになる。1本目のR17(熊谷バイパス)の方はすぐ通過できたが、2本目のR17(中山道)の方は少々混んだ。時間が早いので、無理にすり抜けていくこともない。素直にクルマ達の後ろについて流れるのを待っていると、M.I 原氏がデジカメを取り出してメンバーを撮影して回っていた。
U海氏(右)、N.T田氏(左) O川氏(左)、N.T中氏(右) T島氏(左)、K井女史(右)、M木氏(左後) 「もう一枚」「もう一枚」と信号が変わるタイミングを見ながら撮影してくれ、この5枚を撮ることができたM.I 原氏。快く写真を提供していただいて感謝、感謝。

2本のR17を越えるとR140になる。上越新幹線のガード下をくぐると熊谷東松山道路の入口が見えてくる。ツーリングマップルではまだ有料道路の表記になっているが、実際には既に無料化されていた。無料で高速並みに飛ばせる道なので、みんな喜んでスロットルを開けていく。

【武蔵丘陵森林公園】の南入口を越えたあたりから道は埼玉県道47号となるが、道幅がそのままなため流れるペースもそのままだ。そのまま直進で関越道・東松山 ICに直結する。

通行券を受け取って一旦停まる。ここで関越道のどのSA・PAに停まろうか、と協議する。所沢 ICで下りる予定なのでその直前の三芳PAでいいんじゃないか、と提案するが、それより手前の鶴ヶ島JCTから圏央道で帰る人がいる、という。ならばすぐ先だが、高坂SAで停まろう、ということにする。そこまではフリーで、と言った途端、U海氏ら飛ばしたい人たちが一目散にスタートしていく。私も遅れじと?続いてスタートしていく。

東松山 ICから高坂SAまでは 5 km くらいしかないので、飛ばしていくとあっという間に着いてしまう。PM3:00ちょうどに高坂SAに到着した。

「鶴ヶ島JCTから圏央道で帰る人と、このまま練馬まで行く人がいるので、一旦ここでお疲れ様、ということにします」とO川氏 気づけば、たった1時間半でM木氏のパンク修理したGSから高坂SAまで来れてしまった。やっぱり速い今日の走り。

だいたいが水分補給のみで済ましながら休憩している。休憩しながら自宅に電話を入れ、今回は思いのほか早く帰られそうな旨を伝えておく。すると My Wife はこれから実家に行ってくる、という。家に帰り着くのは私の方が早くなるかもしれないな。

時間が早いので今回は途中離脱する人もなく全員 Kiyomiya のお店までゴールできるか?と淡い期待を抱いたが、やはり圏央道で帰る人と練馬に住む人たちが途中離脱して帰る、という。ここでU海氏、O村女史、K井女史、T島氏、M木氏、N野氏の6名がお別れだ。

初参加のN野氏をはじめ、6名の方が途中離脱する
スタートしていくM.I 原氏 スタートしていくO村女史。今回はここでお別れだ

ふとまわりを見渡し、H.I 藤氏がいないことに気づく。O川氏も探しているが、姿が見えない。確かに高坂SAに入ってきたのは見ているのに、バイクも見あたらない。O川氏は「いいです、H.I 藤氏は(放っといて)。自由人ですから」........自由人でも、もし先に帰るんなら誰かに断ってから行くはずだよなぁ。どこ行っちゃったんだろ?

本隊はこのまま所沢 ICで下りるのだが、そこまではフリー走行で行くことにした。料金を払ったらその先のスペースで合流することを申し合わせ、PM3:35に高坂SAをあとにする。H.I 藤氏の行方が知れないまま。....(^^;

  

一番最後に高坂SAをあとにし、前を追いかけて疾走していると、少し走った先で上に坂戸市の市道がある下の路肩にH.I 藤氏のバイクを発見!私は一番右車線を走っていたのでH.I 藤氏にアピールできなかったが、私のすぐ直前をO川氏が通過していったから、ツーリングメンバーを認識してもらえただろうか? それにしても、なんでこんな所で休んでいたんだろう?

その後も前を行くクルマ達をかわしながら調子よく走っていくと結構あっという間に所沢 ICに到達する。あいにく出口の数百m手前から出口渋滞が始まっていたが、そこはバイクのいいところ。クルマ達をかわして料金ゲートに到達する。料金を支払いその先のスペースにバイクを停めると、先に着いていた人たちと合流できた。

料金所ゲートの関係で最後に到着したM.I 原氏。他の人たちもかなり飛ばしたのか、着くのが早かったようだ 早速H.I 藤氏に話を聞くと、どうやら高坂SAで休憩中にガソリンを入れておこうとGSに向かったらしい。GSは出口付近にあるため、ガソリンを入れてから再びメンバーのもとに戻るにはある程度SA内を逆走しなければならず、それをイヤがってそのままSAから出てしまったらしかった。「GSに行くよ」と誰にも告げていなかったため、先ほどの「H.I 藤氏行方不明事件」となったようだ。ま、無事に再合流できたので良しとしよう。

O川氏はお店に電話し、清宮社長に早く帰れそうな旨を連絡していた。

ここから先は“勝手知ったるいつもの道”だ。30分もあればお店まで到達してしまうだろう。すぐさまスタートする。

  

R463【浦和所沢バイパス】から2つ目の信号を左折し【オリンピック道路】に入り、さらに市道を通って東京都に入る。クネクネと市道を通れば、あれよあれよという間に東久留米市に突入だ。

本隊はPM4:25、Motor Cycle Shop Kiyomiya に到着した。前回とは打って変わって“距離のワリに早く帰れたツーリング”となった。

この日のお店は定休日なのだが、社長が暇つぶし?にピットだけを開けていた。開けていたら開けていたで、中古車が1台売れたそうだ。

Motor Cycle Shop Kiyomiya に到着!まだとっても明るいゾ 「暑い、暑い」と早速ジャケットを脱ぐO川氏。この日、栃木では24℃、東京でも21℃なので、厚手のジャケットだと汗びっしょりだろう
UターンしていくH.I 藤氏 後ろを振り返り安全確認........N.T田氏 走り去るM.I 原氏 社長が用意してくれていた飲み物とお茶菓子でツーリング談義の後、PM5:15に解散となった。まだ明るいのでもうひとっ走りできそうな感覚がある。

私もM.I 原氏がお店をあとにした直後、帰路に就いた。いつものようにGSで給油しようと行きつけのセルフスタンドに向かうと、スタンドの手前でどこかで見たバイクが前にいる。N.T田氏だった。N.T田氏も給油に来たのだが、N.T田氏の家は反対方向なので、こんな所でまた会うとは思わなかった。お互い給油後改めてお別れし、私は、PM5:35に帰宅した。

  

今回は夕方の渋滞を避けるためとにかく早め、早めの走りをした結果、思いもよらないほど早く帰り着いてしまうこととなった。感覚的にはあと1時間遅く着くくらいでちょうどいいのだが、そうすると天気のいい日曜の夕方の渋滞で思うようには走れなかったに違いない。たまにはこういう余裕のあるツーリングもいいもんだ、と感じた。

今回の走行は私のカタナで297.8km、使用したガソリンは16.51L、なので燃費は18.03km/Lだった。途中で他のメンバーを探しに出掛けたこともあり、他のメンバーよりは少しだけ距離を走ったことになる。ハイペース区間が多いのである程度好燃費は期待できたが、ジェットの番手を上げてもイジる前と同レベルの燃費確保にはただただ嬉しい限りだ。

(終)