◆ガリラヤ=その特異性
いったい、この系列とは何であったか。当然のことながら、われわれの関心は、
パレスチナ周辺、とくにイエスの病気なおしの舞台となったガリラヤ地域に集中する。
すでに、イエス時代のパレスチナは、紀元前二世紀のアンティオコス四世による
エルサレムのヘレニズム化政策、および紀元前六四年以来のローマ支配をとおして、
想像以上に、ヘレニズム化=ローマ化の過程が進行していたとみて差しっかえない。
もっとも、そのことがただちに、ユダヤ教のヘレニズム化に直結したかというと、
それには疑問がある。
というのは、ユダヤ行政府の中心エルサレムには、ユダヤ教正統派を以って任ずるパリサイ派、
とりわけ熱心党のように、当初からヘレニズム化政策に反対の、
きわめて強固なユダヤ民族主義が存在していた事実があるからである。
しかし、エルサレムはともかく、ユダヤの辺境の地ガリラヤとなると話は別である。
ガリラヤとは、もともとガーリール(円・地域)というヘブル語が、
アラム語を経てギリシア語化されたもので、ユダヤ王国時代、ガリラヤ地域は、
すでにゲリール・ハッゴーイム(諸民族の地域)とよばれていた
(A・アルト『ガリラヤ問題』一九五三年)。
ガリラヤは、ユダヤ教とオリエント的 − ヘレニズム的宗教との混淆地帯であったのである。
こうした諸民族地域のガリラヤに、エルサレム的民族主義を想定することはむずかしい。
むしろガリラヤには、「ヘレニズムに通じ易い精神風土が育くまれていた可能性がある」
(荒井献「原始キリスト教の成立」岩波講座・世界歴史2)。
しかもガリラヤは、先に第二部で述べたように、
ヘレニズム世界の驚異の治癒神、エシュムン − アスクレピオス信仰の一拠点である
フェニキアの都市シドンと、きわめて接近している。
福音書によると、シドンは奇跡の起こりやすい町であったという
(マタイ一一・二一、ルカ四・二六、ルカ一〇・一三)。
福音書に関するもっとも新しい研究は、
エルサレムを中心とする原始キリスト教団にたいし、
このガリラヤ地域にもキリスト教徒の集団が存在していたこと、
前者が救い主メシヤ=キリスト伝承の担い手であったのにたいし、
後者は、イエスの奇跡物語伝承の担い手であったことを、疑い得ないものとしつつある。
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