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13 からめ節金山踊り

二、からめ節金山踊りの再興
 
 このように、作業唄にその淵源をもつからめ節金山踊りは、明治時代以
来の生産様式の変化にともない、いつしか労働と直結していた時代の目的
を失ってきた。
 祝宴の唄として、宴席ないしはお座敷などで演じられるようになると、
ますます作業唄としての性格が失われてきたのである。
 また、ザルを扱う所作も、お座敷などで演じられる「どじょうすくい」
のそれと混同してみられるようになったのもいなめないであろう。
 作業唄としての性格が失われると、作業現場である尾去沢鉱山ではそれ
を歌う機会も少なくなってくることは必然的である。
 
さて、第二次世界大戦ともあいまって、途絶えつつあったからめ節金山踊
りは、戦後の昭和二十一年にこれを保存伝承していかなければならないと
いう活動が始まった。当時尾去沢鉱山の従業員であった松尾繁治を代表と
する有志によって保存伝承がはかられ、翌二十二年の両社山神社の祭典の
際に、神前にその成果を発表した。
 その後、鉱山資源の枯渇など移りゆく時代の趨勢により、尾去沢鉱山は
閉山のやむなきの状態となったので、鉱山により生活を支えてきた従業員
たちも他に職を求め、郷土を去る者が続いた。このため、からめ節金山踊
りも伝承者が数少なくなり、次第に衰微の一途をたどっていき、その存続
も危ぶまれる状態になってきた。
 
 そこで昭和五十九年、地元尾去沢地区の文化財保存会を中心に「尾去沢
からめ節保存会」を発足させて、保存伝承に努めてきている。現在、毎月
一回尾去沢公民館ホールにおいて、児童生徒を始め市民に対して後継者育
成活動を行っている。

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