リンゴといえば、もう一つ忘れられないのにマルメロがある。下タ沢には、リン
ゴの木はなかったが、マルメロの木は大ていの家にあった。私達はマルベといった。
花は白にうすいピンクを一寸さしたような、やさしい花で、香りは実ほどではない
が、いかにも馥郁(ふくいく)と香るといった感じで、私の好きな花でもある。今
私の家に14、5年になる木が1本あるが、花は咲き、実はできるが、小さいうちにシ
ナビて落ちてしまう。マルスイ(花輪市場、卸や、閉山後働きに行った)をやめる
ときに、農家の人から苗木3本もらったが、1本は死んでしまい、1本は札幌(千鶴
子の所)に分けてやったが、3~4年前から順調に実が成っているようだ。私のとこ
ろは、陽当りが悪いのか、風通しが悪いのか、肥料が足りないのか(やりもしない
が)、首をひねっている。
鹿角のあゆみによると、「マルメロとその缶詰は、鹿角の特産である。マルメロ は本郡が原産地であると思われる程、郡内至る所に栽培されていた。その熟した強 烈な芳香と甘味は、忘れ難いるふ里の味覚であった。 明治25年、花輪町舟場の関久兵衛が伊藤吉助を招いて、技術者としてマルメロの 缶詰製造を創始して以来、鹿角の特産として好評を得、その後花輪町Гイ田中商店、 浅利佐助商店、関安治商店や、宮川村産業組合において、郡内のマルメロを集めて 缶詰加工し、近県は勿論遠く京阪や北海道にまで移出した。」 それが、何が原因か何に押されたかわからないが(生では固くて渋くて、砂糖煮 でないと食えない、また外の果物より手数がかかるという面もある)、今では栽培 している人も少なくなり、缶詰を作っているのも花輪の田中商店だけかもしれない。 今少し見直されている感じもするが(農家の人が市日などに自家製の缶詰なとを出 していることもある)、鹿角ではリンゴのように専門に作っている人はいないよう で、花輪などに行っても、副次的にリンゴ畑の縁に植えられているのを見る程度で ある。 私もマルスイにいた頃、リンゴなどの販売に東京や関西方面に行っている人が、 向こうの人はマルメロといってもわからなくて、カリンといえばわかる、といって いたが、私達はカリンとマルメロでは、芳香が全然違うんだ、と力説するわけで、 カリンは、形は大きくて立派だが香りはうすい、それで私達は、カリンとマルメロ を区別するために、昔から鹿角にあったものということで、「昔マルメロ」といっ た。それがお互いに通じるようになって、出荷する人も、買う人も、市場の人も 「昔マルメロか」「昔マルメロだ」で取引きができるようになった。私も市場をや めてから14~5年になるので、今もそういっているかはわからない。 ところでマルメロはいつ頃鹿角に入ってきたか、鹿角市史をみても鹿角のあゆみ をみてもよくわからないが、果樹栽培に関する資料もろいろあると思うから、そう したものをさがしてみればわかるとは思う。 ともあれ日本原産ではないようなので、広辞苑をみたら「バラ科の落葉高木、中 央アジアの原産、普通砂糖漬として食用、セイヨウカリン(単にカリンとも)」と ある。カリンの項をみると「バラ科の落葉高木、中国原産。古く我国に渡来した。 果実は黄色となり芳香は強いが全体が木化して生食はできない。カラナシ、キボケ。 ②マルメロの別称。とあり面白いのは「カリン頭」として、「カリンの果実のよう なでこぼこ頭」とある。それで思い出したが、大館のトーサン(相馬与七郎)が、 あるお尚さんの頭を称して「フシからマルベ」といっていた。こんな辞典のことな ど知らなかったと思うが、今も、いい得て妙なり、とそのお尚さんの頭を思い出し ている。 さてここでまた30年前の百科事典に登上してもらうと、マルメロは「イランから トルキスタンに原産する落葉果樹。バラ科。ヨーロッパでは古くから栽培された果 樹で、すでにギリシャ・ローマ時代から栽培を見、イタリア、フランス南部、スペイ ン、ポルトガルが主産地である。中国へは中央アジアから10西紀頃渡来したといわ れ、日本へは1634年(寛永11年)に初めて長崎に渡来したといわれている。……略 ……マルメロの和名はポルトガル語の marmelo に由来する。日本では長野県、新潟 県および東北地方に主として栽培されている。長野県ではカリン(同名果物あり)、 山梨県ではデシュカン(同名果物あり)、新潟県ではカンタンと呼んでいる所もあ る。」という次第だが、そこで同じ辞典でカリンの項をみたら「ボケに似た大きな 楕円形の果実をむすび、枝にとげのない中国原産の落葉高木。バラ科。日本では盆 栽、庭園樹として栽植されている。……略……果実は長さ10~15cm、枝の先にぶら 下って黄色く熟する。肉はかすが多く食用にはあまり適しないが、かおりがよく、 果実酒のよい材料となる。中国では昔から薬用とし、衣類に香気をつけるため、そ の中に果実を入れ、また室内の飾として色と香気を楽しんでいる。材は床柱、家具、 さし物、こうもり傘の柄などに用いる。」というわけで、マルメロとカリン、どっ ちがどっちだか、わからなくなったが、大体事典などというものは、ああいえばこ ういうで、こんがらかるようにできているみたいだが(我々の頭では)、今の事典 はどんな説明をしているだろうか。 |