GLN「鹿角篤志人脈」:相馬茂夫

鹿角の昔ばなし@:特集 八郎太郎三湖伝説 秋田の民話:八郎物語@

 八郎なら六尺に余る大男で、山の鬼たちもとっくりかえる(ひっくりかえる)ほどの力もちであったが、心はわらしのようにめごくて(かわいくて)、だれでも八郎の顔をみていれば、つい、にこっと笑ってしまうほどだった。
 その八郎が、仲間の三治、喜藤とつれだって山仕事にでかけた時のことである。
 その頃は、山にはいれば小屋をたてて、何日もかかって「まだはぎ」をしたものである。まだはぎとは級(しな)の木の皮をはぐことだが、昔はその皮で糸をとり、布や着物を作ったから、まだはぎといえば、人間のくらしの中でも大切な仕事の一つであった。
 
 さて、三人は力も自慢の若者であったから、峠をこえ、山をわたり、雲をふんで奥入瀬(おいらせ)の奥ふかくはいった。そして、昼も暗い谷川のほとりに小屋をかけて、さっそくまだはぎの仕事にかかった。
 ある日のこと、その日は八郎がめしたきの番にあたって、一人で水をくみに谷川へおりていった。見ると、水の底の小石をけりながら、岩魚(いわな)がうろこをびらびらさせて泳いでいる。八郎はうれしくなって川へとびこんで、水をはねちらして岩魚をおった。ほいほいと谷川をのぼり谷川をくだって時の流れるのも忘れていたが、どうしたわけか、とれた岩魚はたったの三びきであった。
 「あい、すかたね、すかたね。日もくれるで、まんず、これでばんげにするべ。」
 八郎はぶすぶすつぶやくと、小屋へもどって火をおこした。
 岩魚をやくと、いいにおいがあたりいっぱいにひろがって、八郎の腹の虫がぐうぐうとなきだした。はじめは大きな鼻をぺかぺか動かして、そのにおいを胸から腹へすいこんでいた八郎も、もう、とてもがまんができなくなった。
 「えい、三治も喜藤もおそいな。どれ、ひとつ味をみるべ。」
 八郎はやきたての岩魚を一ぴき、手にとるがはやいかぺろっとたいらげてしまった。
 ところがこの岩魚の味ときたら、八郎がいままでくったどの魚よりもうまい。腹の虫はいよいよぐぐうぐうとわめきだして八郎は頭をふったり、腹をおさえたり、しまいには足をばたばたさせてこらえていたが……
 「えい、どれ、また一つ。」
 「また一つ!」
と、とうとうのこりの二ひきもでろっとたいらげてしまった。
 「ああ、これでさっばとした。」
 八郎はやっと満足してして、しばらく赤くなった空をながめていたが、ふと、そこに仲間の顔が浮かんで……急に胸が焼けるようにあつくなってきた。
 「おれは悪いことをしたな。こら、とんでもないことをしてしまたな。」
 仲間のことを思うと、泣けそうになってきて、八郎はどんどと走って谷川へおりていったが、水の底はもう暗くて、一ぴきも見えなくなっていた。
 川の水は赤い空の色をうつして、ごぼごぼと音をたてて流れていたが、じっと見ているうちに、めろっと焔のようにもえだした。岩にあたって水しぶきをはねるところは、まるで火花のようだ。八郎のむねはいよいよあつくなって、のどはひりひりかわいてきて、死にそうに苦しくなった。
 思わず八郎は、がばっと谷川へかっぷして、ごっへ、ごっへ、とその水をのみだした。
 
 この時……。
 三治と喜藤が玉の汗をながしながら、まだの皮をかついで小屋へもどってきた。
 「あい、八郎がいねど。どこさいったべ。」
 「ほーい、八郎やーい。八郎よーっ。」
 二人が叫ぶと、谷川の方から、
 「かえったかあー」
と、牛のうなるような声が聞こえてきた。
 「ほう、おっかね声だな。」
 「あれ、八郎でねか。」
 二人はぶるっとして、それから谷川へおりてみると、うす暗がりの中で、二つの火の玉がぞろっとこっちをふりむいた。どうっーと風がおこって大きな影が立ちあがった。
 「あっ、竜だ!」
 三治も喜藤もどでんして(ぴっくりして)たじろいだ。
 「三治よう。喜藤よう。おれだ。八郎だ。」
 竜は赤い目から、急に雨のように涙をおとした。金のしずく銀のしずくになって涙がギナギナ光って土をぬらした。
 「おれはな、すこしでも水をのまねば死にそうに苦しくなる。おら、もう里へはかえれね。おれはよう、こんな姿になってしまってよう。」
 竜になった八郎のことばに、さすがは山でも名のしれた三治に喜藤だ。ずかずかとそばへ近よると、八郎をみあげて声をあらげて叫んだものだ。
 「八郎よ、気をおとすでね。いっしょに里さいぐべ。里さおりれば、また、もとの姿にもどるかもしれね。」
 「な、八郎。泣かねでよ。さ、いぐべ!」
 だが、八郎は首をふった。また、涙がギナギナ光って雨のようにこぽれおちた。
 「おら、だめだもの。おら、仲間をうらぎって岩魚をみんなたべてしまったもの。山のおきてにさからったばつで、おら、もとの姿にもどられね。三治よう、喜藤よう。かんにんしてくれ。おれの笠とけら(みの)をかたみにして二人で里さかえってくれ。。」
 八郎はそうして、もう滝のように涙をふらすと、にわかに風をおこして暗やみのむこうへとびさっていった。大木がばちばちとはじけてとんで、あとにはざんざぶりの雨がのこった。
 「八郎よーう。」
 「八郎やーい。」
 三治も喜藤もずぶぬれになって、涙をふりとばして八郎をよんでいたが、やがて、あきらめたのか、山のようなまだの皮をしょっかつぎ、とぼとぼと里の方へおりていくのだった。

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