GLN「鹿角篤志人脈」:相馬茂夫

鹿角 八幡平 松館 菅原神社春季例大祭参拝の記:はじめに

本殿へ参進
 
私と天神さん(菅原神社)
 私の父は松館の生まれだといっていた。その父に連れられて松館の天神さんを拝みに行った。 昭和のはじめ頃だ。 私が五ッか六ッ頃だったろう。小学校に入ってからは行ったような気がしない。 父に天神さんは学問の神さまだから拝めば頭が良くなるとか、勉強ができるようになるとか、 そんなことを言われたような気もするが、何んにも記憶に残っていない。 たゞ神社に行く参道の左側が深い堀(谷?)のようになっていて、 道路の脇から太い大きい松の木が斜めに堀におおいかぶさるように生えていて、カッコいゝなと思った。 その松の木の記憶だけだ。もう80年以上の前の話だ。 その松木も今はないようだ。どのあたりだか分からない。
 私は小学校に入った頃、クレヨンを買ってもらって画用紙に山の形をかいて、 後は松の木ばかりかいていた。それで、お前はバカ松だといわれた。 松の木が好きだったのかもしれない(木をかこうと思えば、松の木が一番かきやすかったと思うが)。
 
 昭和18年2月兵隊に行って、23年12月シベリア経由でやっと帰ってきたが、 その後時々拝みに行ってみたいと思ったり忘れたりしているうちにとうとう今日になってしまった。
 
 湯立ての行事も是非見たいと思っていた。権現舞も見たかった(見るという言葉は失礼かもしれないが)。 今年は幸い4月25日は外の仕事もなかったので是非行きたいと思って、 桜田宮司さんに電話したら9時までに私の家にくればいゝと大体の予定(時間)を教えてくれた。 朝早いし、バスのあんまりないようだが確かめようと思っていたら、 私の方の何かの集りであったか、鈴木朝俊さんの奥さんが送った上げるというのでお願いすることにした (当日は鈴木さん夫婦と岡本さん(尾去沢郵便局長をされた)の奥さんと私と4人参加することになった)。
 
 私は来年という年は期待できない歳(数えの90)になっているので、 一連行事の流れを写したいと思って、写さして下さいとお願いしたり、 だまって(それでも心の中ではジャマして申訳ないと思いながら)写したりした。

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