鹿友会誌(抄)
「第三十六冊」
 
△野人ぶり 奈良野人朗
 辛うじて貧農二年に鍼灸しました。本年こそは優等生になって見せやうと大に馬力を 掛け、野良仕事に精を出しました。
  専念に耕やして土の人となり
  耕すや偶々時鐘耳に入る
 
 六月中旬までは、総ての農作物は順調に進みました。通りがゞりの百姓達が『おドウ さん(或は旦那さん)に負ゲダンスナー』とか『かう出来たら面白ガベエンシ』など、 お世辞を言はれ、独り悦に入り、有頂天になって働きました。兎角野人ぶりが過ぎたせ いか、不幸六月下旬から七月一杯は病床の人となりました。
  病床の無聊に渡る青田風
 
 八月初から二タまわり湯瀬温泉で湯治をし、身体の具合も大分快方に向ひました。
  浴衣着て肌ざわりよし温泉の里
 其月の十七日、花輪町長福寺に於て山紫忌(小田島十四樓さんの御令弟故禮七 さんの一周忌)を修する事になりました。野生は病後の痩せこけた不景気面して出席し ました。其際久々でお帰省中の小田島十四樓様にお会ひしました。軈て句作三昧境に入 り後、披講がありました。山紫さんの金魚の句は、辞世句となられしとかや承は るまゝ、
  山紫忌や去年の金魚の句も恋し
 
 病後不元気なので、鹿友会夏季大会に出席する事の出来なかったのが至極遺憾でした。
 何も彼もほうり放なしで、手入れ不充分の為め僅かに、陸稲、馬鈴薯、南瓜を覗く其 他の作物は殆んど全滅に近く、徒らに雑草類の跳梁に任せました。折角の意気込も、何 処へやら滅茶苦茶となり、遂い落第の憂き目を見ました。
  病むあとのひしと身にしむ秋の風
 現今は丈夫な身体となり、毎日の野良行です。
  秋晴や一人野に出て畑仕事
 
 来年出直して、年寄りの冷や水と笑はれぬやう年相当な野人ぶりを発揮しやうかと思 ってゐます。目下国家非常時の声高き折柄、天麩羅俳句を織り混ぜ、愚にもつかぬ手前 味噌ばかり並べ誠に申訳ありません。
 擱筆するに当り、会員諸賢の御健康と御多幸を祈ります。(八・一一・二〇記)

[次へ進む]  [バック]  [前画面へ戻る]