鹿友会誌(抄)
「第二十七冊」
 
△東京市役所の達三様   佐々木仁
 市役所に達三様が居るさうだ。と云ふことを聞いてる丈けで、突然私が市役所へ勤める ことになった。何しろ乱雑な位地に建物がある為めに、何処に達三様が居られることやら、 何課に居られることやら、私には見当がつかなかった。すると或るとき、監査課の關様が 一寸御話申し度いことがあるから、お暇でしたら御出で下さい、と給仕に使ひを寄越された。 それで達三様が監査課に居ることを知ったやうな次第だ。監査課と申すのは、市役所の 会計検査院であって、課長は助役が兼務で、達三様が殆んど課長代理を務めて居られたのです。
 役向きによって人を判断するわけじゃないが、謹直な厳正な達三様としては、実に適任者 だったらうと思ひます。殊に監査とか、会計検査とか云ふ仕事は、性質上他人の不快の念を 起させるものですが、達三様には、温厚と洒脱がある為めに、其辺の調和も非常によかった さうです。兼務として財務の仕事をされて居ったやうですが、予算編成のとき等は、仲々注意 深くて、監査様にはうっかり出来ない、と云はれて居ったそうです。
 
 前に私のところへ使ひに来た給仕が、八戸の者だとか云ふことでしたが、私が「どうだい 關様が」と云ひますと、「大辺深切で、とてもいゝ方です」と云って居ました。
 私達の衛生試験所の仕事と、監査課の仕事とは、共に市役所の仕事としては特殊な仕事なので、 業務上のことでは余り交渉がなかった為めに、東京市に於ける達三様に就ては、私は深くは 知らないのです。ですけれども、市長の仲々永続きしない程、面倒な市役所のことだから、 何彼と達三様に御相談出来ることゝ心強く思って居たのでしたが、誠に残念なことでした。

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