GLN鹿角のルーツあれこれ

残念石物語

ウ 愛宕公園の石段
 土庄町の「残念石(残石)」の一部が、青森県上北郡野辺地町(のへじまち)の町立愛宕(あたご)公園の石段などに用いられている。
 江戸時代が終わりになりかけた頃、花輪の佐庄こと佐藤庄六は「鹿角ないしは盛岡藩」の代表的な豪商であった。当時、尾去沢の御用銅は、野辺地の湊から北前船で大坂の湊へ運ばれていた。復路は銅山の稼行に必要な物資のほか、一般の商品なども船積みされていた。船積みの量が少ないときは、船体を安定させるために小豆島から掘り出された小豆島石(花崗岩質)を“重し“として積み込むことがあった。佐庄は、このような商取引にも関わっていたと伝えられている。
 野辺地湊に陸揚げされた残念石こと小豆島石は、いろいろと需要があったようであるが、その一部は、野辺地町内の道路の敷石(石畳)として用いられた。それらの敷石は、近年の道路改修にあたり掘り起こされ、現在は、野辺地町の中心部にある愛宕公園内遊歩道の敷石(石段)として再利用されているのである。
愛宕公園
愛宕公園の石段:所在地(→GeoHack)

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